第40話 狂気

○ 片山緑 2日目13時


 博とくるみが【おはぎ】を探し求めて右往左往していた頃、緑は府中市にあるボートレース場にいた。

【ダイヤモンドの指輪】のお題をクリアできず、一億円と引き換えに連行を回避したため、緑の獲得賞金額は一千万円となってしまった。

 現実を受け入れるまでしばらく呆然としていた緑だったが、絶対にトップに返り咲いてみせる! と己に気合を注入し、KARIMOを手にすると躊躇することなくシルバーカードを選んだ。

 与えられたお題は【現金500万円】だった。


 UKCへの参加理由が借金返済である緑が五百万を持っているはずもなく、貸してくれる親戚や友人もいないため、ギャンブルで稼ぐしかない、との結論に至ったのは自然のなりゆきだった。

 これまでギャンブルは嫌というほどやってきた。多額の借金ができ、人生を大いに狂わされた元凶ではあるが、今日だけはギャンブルが自分を助けてくれる。希望の扉を開いてくれる。不思議だが、緑は心からそう信じることができた。


 そして、全財産の三十万円をおろして、ボートレース場へとやってきたのだった。ギャンブルの中でも、緑はボートレースが最も好きだった。起きている間中ずっとボートレースのことを考えているというような時期もあったほど、どっぷりとのめり込んだギャンブルだ。


「あああっ くそっ」


 緑は舟券を足元に叩きつけた。

 オッズ100倍以上の二連単を2点、それぞれ五万円分買っていたが、かすりもしなかった。二連単は1着と2着を順番通りに当てる買い方で、的中確率は1/30。ボートレースで大金を得るためには三連単を狙うのがセオリーだが、二連単でもオッズは100倍を超える組み合わせはある。三連単より二連単のほうが当てやすいので二連単を買うことにしたわけだが、とはいっても、オッズが100倍を超えているのであれば的中させることが難しいことに変わりはない。それでも緑はより当てやすいというイメージにより二連単を狙うことにしたのだった。

 1レースにつき2点を購入し、3レースに分けて勝負する。3レースに分けるのはいっぺんに賭けるのが怖いからだ。一度外れてもまだ2レースあるという安心感があるのとないのとでは、精神的な負担がまったく違う。


 選手が誰であるとかボートレース場の特徴がどうとか、そんな予想材料をこねくり回すことも不要だ。とにかくオッズだけにこだわって運命を託す。これで一度でも的中すれば、五百万円が手に入るのだ。

 このやり方が最善なのかどうか、緑にはわからなかった。もっと賢い買い方があるのかもしれないが、今の緑は冷静に考えることができなかった。


 先程のレースから三十分後、同じ買い方をして臨んだ第4レースも、結果は同じだった。


「なんで、なんでなのよ! くそくそくそっ」


 大声でわめきながら舟券を丸めて地面に叩きつけ、思いっ切り踏みつけた。

 前に座っているおじさんが振り返って緑を睨んできた。


「何見てんのよ!」


 緑のあまりの剣幕に驚いて、おじさんは席を立ってどこかへ行ってしまった。

 あとひとレース。次こそ当ててみせる。絶対に当ててみせる。

 緑は崖っぷちに追い込まれて身が千切れそうなほどのストレスを感じているが、同時にギャンブルがもたらす激烈なスリルと興奮も味わっていた。

 今はUKCという人生のギャンブルの真っ最中。そのギャンブルの中でさらに自分の運命を決めるボートレースに挑んでいる。UKCとボートレースのかけ算。

 これぞ究極のギャンブルだ。誰も味わうことができない最高のギャンブル。ギャンブルの中のギャンブル。


 ああ、痺れる。全身がビリビリと痺れちゃう。

 緑は興奮で身をたぎらせ、ラストレースに向けて投票カードを記入する。


「当てる当てる当てる当てる当てる」


 マークシートを塗りつぶしながら、無意識に緑の口から呪文のように言葉がこぼれ出る。

 自動券売機で発券された舟券を握りしめて、緑は戦場へと舞い戻った。

 座席に座ると、すぐに運命の第5レースが始まった。


「いけいけいけー! ぶっちぎれー!」


 緑は思わず立ち上がって、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。


「おい見えねえよ。座れよ!」


 後ろの席の客から怒気をはらんだ声が飛んでくるが、緑の耳には入ってこなかった。

 拳を突き上げ、髪を振り乱しながら、緑は叫び続けた。

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