第34話 挑発
○ 門脇リコ・門脇ミコ 2日目10時
「クリアぁぁぁぁぁ!」
喉がはち切れんばかりにリッキーが叫ぶ。
「これで門脇ペア、またまた三百万円をゲットしました」
二日目がスタートし、リコとミコの姉妹ペアがまず選んだのは、ブラウンカードだった。出されたお題は【傘】。天気は快晴のため傘を手に持っている人はいなかったが、手当たり次第に声をかけていたら折り畳み傘を持っているおじさんに当たった。
最初はおじさんも渋っていたが、ミコが猫なで声で可愛くおねだりした途端にやけ顔になって「しょうがないなあ、もう」と言いながら貸してくれたのだった。ミコは傘を借りた後、真顔になって「おじさんってほんとにチョロいんだから」と毒づいた。
リコとミコの姉妹ペアは、初日からここまでずっとブラウンカードだけで稼いできた。【ターミネーター2のDVD】【海水】【パーカー】【パスポート】、そして【傘】。海水を取りに行った時以外は新宿からは出ていない。大勢の人で賑わう新宿はブラウンカードのお題をクリアするにはうってつけの場所だ。
ここまでやってきて、自分たちが若い女性ペアで良かったとリコはしみじみと感じている。貸してくれとお願いされた男性はデレデレしながら嬉しそうに貸してくれるからだ。パーカーもパスポートも傘も、すべて男性から借りた。
パスポートはレッドにしては難易度がやや高いのではないかと思ったが、新宿には外国人観光客が多く、目についた外国人に次々と声をかけていったら陽気なアメリカ人男性があっさりと貸してくれた。ミコがお色気たっぷりにおねだりしたのも功を奏した。若い女性のお色気に弱いのは万国共通ということだ。
二人はスタジオを後にして、休憩を取るために駅前のファストフード店に入った。
熱々のチョコパイをかじりながら、ミコが口を開く。
「次もブラウンでいく?」
「うん。まだそれでいい思う」
「ブラウンのお題って失敗する気がしないよね。次々とクリアできるから気持ちいいし」
「まあ、そうかもね」
ミコは椅子にもたれかかり、アイスカフェオレに口をつけた。
「でもまだ千五百万円かあ」
不満げにミコが呟く。
昨日の途中経過では四位だった。ひとペア消滅したから下から二番目。トップのペアとは大きく差が開いている。それでも今、リスクを犯して難易度の高いカードを選ぶのは得策ではない。
今朝もラッキーカードなるものがKARIMOに届いたが、もちろんパスした。二択に運命を託すなんてできるはずがない。
二人は十五分ほど休憩してから店を出た。通行の邪魔にならない場所に移動し、KARIMOを取り出す。ブラウンカードを選択すると、お題が表示された。
【自転車(電動自転車可)】
「自転車か。いかにもブラウンって感じだね」
「うん」
「乗ってる人捕まえて交渉する?」
辺りを見回しながらミコが聞く。
「ここらへんって人は多いけど、自転車に乗ってる人はあんまりいないよ」
「そうなの? じゃあ、どうすんのよ?」
「レンタル自転車が最も効率的だと思う」
「レンタル自転車? なるほど。確かに」
「行こう」
そう言うと、リコは歩き出した。
「どこ行くの?」
「レンタルサイクルの自転車置き場。こういうこともあるかと思って、事前に会員登録しといたの」
「へえ、やるねえ、お姉ちゃん」
図書館やレンタルビデオ、レンタルサイクルなど、レンタルサービスの会員登録を事前に済ませておくことは、UKCにおいて基本中の基本だ。
「ねえねえ」
急に声をかけられ、リコは驚きのあまりきゃっと声を出してしまった。
「UKCに出てるコでしょ?」
Tシャツに短パン姿の中年男性がニヤけ顔で聞いてくる。
「……はい」
リコが答える。
「応援してるんだよ君たちのこと。まさか会えるなんてビックリだよ。今って、なんのお題が出てるの?」
「自転車です」
「自転車か。俺持ってるよ。家すぐそこだから、持ってきてあげようか」
「いや、けっこうです。そういうのは禁止されてるんで」
「そういうのって?」
「誰かから借りる場合、こちらから声をかけた人からじゃないと借りられないんで」
「あれ、そうなの? そうだっけ?」
「はい。お気持ちだけで」
「ペナルティ受けちゃうってこと?」
視線をミコのほうに向けると、怒ったような表情で離れたところから手招きをしている。
「ごめんなさい、急ぐので」
男から離れてミコのもとに向かう。
「あんなのいちいち相手にしなくていいから」
「そうだね。ごめん」
リコは気持ちを引き締め直し、再び目的の場所へ向けて歩き出す。
新宿区役所本庁舎に隣接するように設置されているサイクルポートには、青い電動自転車がズラリと並んでいた。
リコは財布からSuicaを取り出す。
「普通はスマホを使って鍵を開けるんだけど、事前にSuicaを登録しておけばSuicaをタッチするだけで利用できるの」
「へえ。そうなんだ」
Suicaを自転車の操作パネルにかざすとピピッと音が鳴り、鍵が解錠された。利用するのは初めてなのでやや不安もあったが、問題なく解錠できてホッとした。
「乗っていい? 電動自転車って乗ったことないんだよね」
リコの返事を待たず、ミコが自転車にまたがる。
「先に行っとくね」
そう言うと、そのまま走り去って行った。自分がそうしたいと思ったことは周りの意見を聞くことなくすぐに実行に移す。そんなミコの性格は子供の頃から変わっていない。
今来た道を引き返しながら新宿マルタの前まで歩いて行くと、ふてくされたような表情のミコがいた。
「人が多すぎて進めなかった……」
「降りて押してきたの?」
「そう」
「大変だったね」
わずかな距離だから大変だとは思わないが、とりあえずそう言っておく。
「行こっか」
リコはそう言って自転車を押して新宿マルタの裏口に回る。事前に運営から送られてきた注意事項に、大きな荷物を運ぶ際は搬入用エレベーターを使用するように書いてあったからだ。
エレベーターに乗り込んだ瞬間、リコの頭に陽気なMCの顔が浮かんできた。スタジオのある七階に近づくにつれてなぜかその顔が大きくなっていく。あまりの不快さに、リコは頭を強く振ってその存在を残らず消し飛ばした。
リッキーのいるスタジオに借りてきたモノを持ち込み、リッキーがそれを確認。そして「クリアぁぁぁぁ!」と叫ぶ。
これまでに何度も経験した流れが、再び繰り返された。
「門脇ペア、自転車というお題を見事クリアしました。こちらもまたまたブラウンカードということで、現在の獲得賞金額は千八百万円です」
観客席からまばらな拍手が起こる。いい調子だよー! という男性の声も飛んできた。
「昨日の途中経過の時点で四位でしたが、このままブラウンカードだけに挑戦し続けて大丈夫ですか? あと丸二日、四十八時間しかありませんけど」
リッキーに言われ、急に焦りが込み上げてきた。四十八時間……あっという間に経過する時間だ。
「今もまだ四位なの?」
ミコが聞いた。
「さあ、どうでしょうねえ」
「なんで教えてくれないのよ」
「夜九時からの途中経過の発表でお知らせすることになってますから」
「ケチ」
ミコはリッキーを睨みつけながら大きな舌打ちをした。
「とりあえず、今のペースで大丈夫だと思います」
リコが答えた。
「そうですか。うーん」
リッキーはまだ何か聞きたそうにしていたが、これ以上絡むのは鬱陶しい。リッキーが口を開く前にミコの腕を取り、さっさとスタジオを出ていこうとした。
「待って、お姉ちゃん」
ミコがリコの手を振り払う。
「ブラウン以外のカードに挑戦してやろうよ」
「え? 何言ってんの?」
ミコがリッキーを指さしながら、
「あんたさ、私たちがブラウンカードばっかり選んでるのをバカにしてるんでしょ。だから挑発してきたんでしょ」
「いえいえいえ、挑発だなんて、そんなつもりはありませんよ」
リッキーが大きく手を振って否定する。
「グリーンとかシルバーに挑戦する勇気がないチキン姉妹だって言いたいんでしょ」
さっきミコが質問した時のリッキーの態度が気に障ったのか? それで怒っているのだとしたらあまりにも子供じみている。
「ちょっと、落ち着いてよ」
「お姉ちゃん、リッキーの言い方にはムカついたけど、確かに重要なことかもしれない」
「何が?」
「このままやってても勝てるかどうかわからないってことよ。リッキーが言ったように残り二日間しかないのよ。その間にほかのペアが脱落して私たちが優勝する展開になると思う?」
「どこかで勝負をかけなきゃいけないとは思うけど、それは次の途中経過の結果次第で……」
「それじゃ遅くない? 絶対に遅いよ。ブラウンカードをクリアし続けながらほかのペアの脱落を期待するなんて作戦がそもそも間違いだったのよ。今リスクを取ってでも勝負をかけないと、グリーン以上のカードをクリアしとかないと、優勝なんてできないよ」
ミコは射抜くような目をリコに向けながら早口で言った。
リコはミコから視線を逸らし、宙を睨んだ。リッキーの言葉で焦りを感じたのはリコも同じだ。確かに今大きな勝負に出ないと勝者になる夢は遠ざかる一方かもしれない。
「本当にいいのね?」
リコが聞くと、ミコは大きく首を縦に振った。
「……わかった」
リコも頷く。
「おーっと、門脇ペア、ブラウン作戦をやめるということでしょうか」
リッキーが珍しく低いトーンで言う。どんな喋り方をしてもウザさは変わらないが。
「じゃ、KARIMO出して」
「ここで選ぶの?」
「こいつに見せつけてやらないと」
ミコがノールックでリッキーを指さす。
「こいつじゃなくてリッキーですよ」
リコはバッグからKARIMOを取り出し、ミコに渡した。
「グリーンでいい? シルバー?」
ミコが確認してくる。
「グリーンでいいんじゃない?」
「だね」
ミコが同意する。
「なんとここで門脇ペア、グリーンに挑戦するようです! 思いきった決断です! 吉と出るか凶と出るか、注目です!」
リッキーの声がまったく聞こえていないかのように、ミコはKARIMOを凝視したまま微動だにしない。
「じゃ、押すよ」
「うん」
かなり緊張しているのか、ミコの指が微かに震えているように見える。一度息を軽く吐き出してから、画面に指をゆっくりと近づけていく。指が画面に触れると、グリーンカードがくるりとめくれ、お題が現れた。
【20代女性の下着(ショーツ)】
お題を見た瞬間、リコはハッと息をのんだ。
「なんと、二十代女性の下着というお題が出ました!」
背後からKARIMOを覗き込んでいたリッキーが叫んだ。客席からおお~という野太い声が上がる。
「これは、なんとも……どうする門脇ペア」
思いもしなかったお題に、二人は困惑する。
「ショーツってことは、ブラではダメってことよね……」
ミコが言う。
「そうね」
リコが答えると、ミコは何か言いたげな視線をリコに向けてくる。
わかっている。お題を見た瞬間からひとつの行動が頭に浮かんでいた。
ここで自分がやるべきことは、ひとつしかない。
リコは覚悟を決め、スカートの中に手を入れた。
リッキーが大きく目を見開く。
リコはそのまま穿いているショーツを剝ぎ取るように脱いだ。
「おおっと、自らの下着を脱いだぁぁぁ!」
客席から異常なほどの歓声が上がる。立ち上がって手を叩いてる男も多数いる。
リコは脱いだショーツを白い台の上に叩きつけるように置いた。
「では、確認させていただきます」
リッキーがショーツに顔を近づけ、じっくりと観察する。
一体何を確認するというのか。たった今目の前で脱いだというのに。
まさか匂いを嗅いでいるんじゃないよね? 何でもいいから早くしてよ!
リコの焦りや恥ずかしさなどお構いなしに、リッキーはさまざまな角度からショーツを観察し、うんうんと頷いた後、口を開いた。
「はい、これはまぎれもなく本物のショーツです」
何を当たり前のことを。バカなのかこの男は。
「そしてリコさんは二十歳ですからギリギリ二十代です。ということで、クリアぁぁぁ!」
リッキーが叫ぶのに合わせて、観客たちもクリアぁぁぁと叫んでいる。気持ち悪い一体感だ。
「グリーンカードをあっという間にクリアしてしまいました。いやぁ、これはラッキーでしたね?」
目を輝かせながらリッキーがマイクを向けてくる。
リコは台の上にあるショーツをひったくるように取ってから、
「ラッキーも実力のうちよ」
吐き捨てるように言ってやった。
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