第30話 UKCバー
午後十時。駅前の食堂で夕食を済ませたくるみと博は、新宿のホテルにチェックインした。
タダで泊まれるならなるべくいいホテルに泊まろうと博は言ったが、歩くのがしんどいから近場のホテルがいい、とくるみが言ったため、食堂のすぐそばにあった、ごく一般的なホテルに泊まることになった。
「おお広いね。なかなかいい部屋じゃないか」
博が部屋の広さに感嘆する。
出場者特権で無料となるのは一部屋のみのため、お金を一円も出さずに泊まるなら二人が同じ部屋で泊まることになる。とはいえ、狭い部屋に父親と二人きりというのでは息が詰まるので、できるだけ広い部屋を指定したのだ。
博が部屋のあちこちを見て回っている間に、くるみはトイレに入った。二台のうち一台のDBがトイレの中に入ってくる。DBは不正防止のためにトイレ中も入浴中も、おかまいなしに撮影する。事前に送られてきた注意事項には、その際は最大限プライバシーに配慮した撮り方をすると書かれていたが、DBがそのように撮っているかどうかは疑わしい。
トイレや入浴シーンを放送することはないが、運営の人間は監視しているという。非常に不快ではあるが、人生をかけた競技に参加しているプレッシャーに比べると、実にどうでもいいことのように思える。
「ほかのペアって、今何してるんだろうね」
博はそう言いながら、リモコンでテレビの電源を入れた。
UKCにチャンネルを合わせると、マスコットキャラクターのカリモンがセクシーな衣装を着たダンサーを従えて歌っていた。
この時間帯はほとんどのペアがホテルで休んでいるはずで、そうなると中継するものがないため、このようなエンタメショーなど行って時間を繋いでいるのかもしれない。
「途中経過って、KARIMOでも確認できるんだよね?」
博の言葉でハッとする。
他ペアの状況チェックをすっかり忘れていた。くるみはKARIMOを取り出し、はやる気持ちを抑えながら操作した。
画面に示された全ペアの獲得賞金や消滅状況を確認していると、くるみより先に横から覗き込んでいた博が声を上げた。
「おお、二位だよ、二位」
そうだね、とくるみは冷静な声で言ったが、内心では安堵と興奮が渦巻いていた。
「一位のペアは一億円だって。すごいね」
強烈なキャラクターで存在感を示していたあのおばさんのペアだ。口だけでなく実際に結果を出しているところはさすがというほかない。
とはいえ、自分たちもレッド×2とグリーン×1で七千万円。決して悪くはない。頑張り次第では明日中に追いつき追い越すことも可能だ。
「いやあ、素晴らしいパフォーマンスでした。皆さん、カリモンに大きな拍手を!」
テレビからリッキーの大きな声と観客のまばらな拍手が聞こえてくる。
長時間ハイテンションで喋りっぱなしのはずなのに、この男は何でこんなにも元気なのだろうか。
「さあ、それでは、ここで中継を繋いでみたいと思います。現場の大宮さ~ん!」
リッキーが呼びかけると、マイクを持った女性レポーターの姿が映し出された。
「はい。大宮です。私は今、品川にあるUKCバーに来ています。こちらは、サッカーバーや野球バーのようにですね、UKCファンが集まって、お酒を飲みながらUKCを楽しむ場所となっています」
レポーターが店の中に入る。薄暗い店内では大勢の客がテレビを観ながら盛り上がっている。カウンター席にいる坊主頭の男にレポーターがマイクを向け、
「こんにちは」
「はいはい」
「お兄さんは賭けてるんですか?」
「賭けてるよ。UKCはギャンブルとしても最高だよね。これほど興奮するギャンブルはほかにはないよ」
「どのペアに賭けてるんですか?」
「ヤンキーペアだよ。あいつらの優勝に八十万ブチ込んだよ」
「けっこういきましたねえ」
「相棒が脱落しちゃったけど、今残ってる奴は根性あるから、やってくれると思うよ」
次にレポーターはその隣に座っているひげ面の男にマイクを向けた。
特大のビールジョッキを片手に、かなり酔っぱらっているようだ。
「こんにちは」
「おう」
「どうですか、今年のUKCは?」
「まずまずだな」
「あなたも賭けてるんですか?」
「当たり前だろ」
「どのペアにどういう賭け方を?」
「消滅三連単だよ」
「消滅するペアを一番目から三番目まで順番通りに当てるやつですね。当てるのは難しいけどリターンが大きいという」
「ガリガリニートとひげ面デブのペア、親子ペア、姉妹ペアの順番だよ。ニートとデブのペアはみごと最初に消滅してくれたよ。へへ」
「おお、いい感じじゃないですか」
ひげ面男は半分ほど残っているビールを一気に飲み干し、カメラを指さした。
「これ、競技に参加してる奴らも観てんのか?」
「どうでしょうね。どこかのテレビで観ている方もいるかもしれませんが」
「おい、親子ペア。観てるかコラ。次はあんたらだよ。さっさと失敗して消滅してくれや。頼んだぜ。もし俺の期待を裏切りやがったら、ぶっ殺してやるからな」
男はそう言うと豪快に笑った。女性レポーターは顔を引きつらせながら、そっとその場を離れた。
画面を凝視していたくるみは、リモコンを素早く手に取ると、テレビの電源を切った。
「いろんな人がいるんだね……はは」
博が女性レポーターと同じように顔を引きつらせながら、無理に笑おうとする。
UKCは実際に競技に参加している人間以外にも、賭けることで間接的に参加している人間もいる。思っている以上に多くの人間の欲望や夢がUKCには絡みついているようだ。そう考えた瞬間、巨大な鉛の塊のようなどす黒いプレッシャーが両肩にのしかかってきたような気がして、くるみは思わず立ち上がった。
バスルームに向かい、バスタブに熱い湯を張った。それから一時間以上、何も考えず、肩まで浸かり、ただじっとそこにいた。
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