第29話 途中経過

 たくみが連行されて一人になったタイチは、気を取り直してすぐに次のお題に挑戦した。選んだのはレッドカードで、出されたお題は【Aカップ以下の女性(トップとアンダーの差10cm以下)】というものだった。

 トップとアンダーの差が10cm以下ってどういう意味だよ。ふざけたお題を出しやがってと腹が立ったが、とにかく胸の小さい女に声をかけまくった。恥ずかしさはあったが、そんなことは言っていられない。


 探し始めてわずか一時間ほどで、ノリのいい若い女が「テレビに映れるってことでしょ? ぜんぜんいいよ」と言ってくれたおかげで、あっさりとお題をクリアした。

 スタジオで測った結果、女のサイズはAAだった。Aカップ以下のサイズがあることを知って驚きつつ、建物の外に出てすぐに「助かったぜ」と形だけの礼を言って、女と別れた。


 その後、バイクに乗ってホテルへ向かった。新宿にある高級ホテルをあらかじめ調べていたタイチは、『ザ・グランド・プレミアム東京』に泊まると決めていた。誰もが知っている高級ホテルだ。

 ホテルに到着し、重厚なガラス張りのドアを抜け、フロントへ向かった。


「いらっしゃいませ」


 フロントスタッフの女が愛想良く対応する。


「UKCの出場者なんだけど、タダで泊まれるんだよな」

「はい。UKCの出場者様に支給されている端末のKARIMOカリモをご提示いただければ、どのお部屋でも無料でご案内させていただきます」


 タイチはポケットからKARIMOを取り出し、ほらよ、と差し出した。


「ありがとうございます。では、お部屋をお選びください」


 タブレット端末の画面を見せられながら、さまざまなタイプの部屋の説明を受けた。タイチは最も料金の高い三十八階のプレミアムスイートに決めた。

 エレベーターに乗り込んで三十八階で降りると、いかにも高級住宅街に住んでいる風なマダム然とした女がすれ違いざまにぎょっとした表情でタイチに視線をよこしてきた。お前はこのホテルに泊まれるような人間じゃないだろ、とその目が語っていた。タイチが睨んでやると、女は慌てて視線をそらした。


「こちらでございます。どうぞ」


 ホテルマンに促されて部屋の中に入ると、タイチが想像していた以上に広々とした空間が広がっていた。設置されているソファやテーブルが圧倒的な高級品であることが、無知なタイチにもはっきりとわかった。

 大きな窓からは新宿の夜景が一望できる。本来ならたくみと一緒にこの景色を見ているはずだった。二人でこの夢のような空間を味わうことができたら、どんなに楽しかっただろう。


 ルームサービスで夕食を注文すると、大型テレビの電源を入れ、ソファに腰を下ろした。

 テレビのチャンネルをUKCに合わせると、小太りの中年女と気弱そうな中年男が映し出された。女のほうは、新宿マルタのエントランスや控室でタイチと小ぜり合った奴だ。

 二人は電車に乗っていたが、男のほうはカラフルなデザインの大きな板を持っている。どうやらサーフボードのようだ。混み合っている車内でひときわ目立っているが、それを持つ男は絶望的に居心地が悪そうな顔をしている。

 サーフボードがお題として出たのだろうが、そんなものどこから借りてきやがったんだ。

 女が男に対して何やら言い、男が顔を歪ませたところで画面がスタジオのリッキーに切り替わった。


「はい。片山ペアのここまでのハイライトを観ていただきましたが、いやいや、緑さんは相変わらずパワフルですねえ。どういう幼少期を過ごせばあのようになるのか、実に興味深いところです」


 リッキーが感心したような表情で首をひねっている。


「片岡ペアは先程のサーフボードのお題をクリアして五千万円をゲット。その後すぐにレッドカードを選択して、現在それにチャレンジ中です。いやあ、貪欲ですねえ。素晴らしい攻めの姿勢です!」


 五千万ゲットだと? サーフボードはグリーンカードのお題だったのか。ふざけんなよ。こっちはたくみを失ったっつうのに、あんな連中が簡単に五千万を手に入れるなんて、認めねえぞ俺は。


「さあ、九時になりましたので、途中経過を発表したいと思います」


 タイチはその言葉に、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 これでほかのペアの獲得賞金がわかる。もし現時点で最下位だったとしたら……そんな不安が頭をよぎる。夫婦ペアは五千万をゲットしているからタイチより上なのは間違いない。それ以外のペアも夫婦ペアのような状況であれば、タイチが最下位という可能性は十分にある。


「では、発表します。現在の各ペアの獲得賞金はこちらです!」


1.片山大輔・片山緑――1億円

2.柿谷博・柿谷くるみ――7,000万円

3.金崎タイチ――2,000万円

4.門脇リコ・門脇ミコ――1,200万円

5.田所仁志・浅川みちる――1,000万円

●久保武弘・谷岡雅史(ペア消滅)


「片岡ペアは夫婦として見事なチームワークを発揮し、現在トップです。しかも、今レッドカードのお題にチャレンジ中ですので、それをクリアすれば一億一千万円となります。これだけのお金があれば借金を返済しても大きくプラスになるでしょう。しかもまだ初日。このままのペースでいけば、かなりの獲得賞金となりそうです!」


「一億だと?」


 タイチは思わず声を出した。グリーンカードを二つもクリアしたということか。バカな……何なんだこいつらは。自分が最下位ではなかったことには安心したが、夫婦ペアだけでなく、二位の親子ペアとの差も大きく開いてしまっている。

 タイチは冷蔵庫から缶ビールを取り出した。体調を万全に保つために競技期間中はアルコールを控えようと思っていたが、飲まずにはいられない。


 夫婦ペアや親子ペアに勝つためには、レッドやブラウンをチマチマとクリアしても意味はない。明日はもう一度シルバーに挑戦してみるか? いや、それはリスクが高すぎる。次失敗したらペア消滅となって完全に終わってしまう。だが、ある程度のリスクを取っていかないと、トップに立つのは難しい……。

 タイチはビールを一気に飲み干した。空になった缶を握り潰し、壁にかけられている絵画に思いきり投げつけた。

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