第27話 移動
○ 柿谷博・柿谷くるみ 初日18時30分
くるみと博がKARIMOの画面を覗き込んでいる。
赤いカードがめくれて、
【六法全書(最新版)】
お題が現れた。
「六法全書?」
博が見たままを口に出す。
くるみと博は【球速140キロ以上出せる人】というグリーンカードのお題を無事にクリアし、最初にクリアした分と合わせて、現在六千万円を獲得している。余裕ができたというわけではないが、初日のパフォーマンスとしては上出来ではないかとくるみは思った。
だからといって、これで初日を終えるわけにはいかない。少しでも獲得賞金を上乗せしておかなければ、明日からの勝負が不利になってしまうかもしれないからだ。
とはいえ、再びグリーンカードを選択するのもリスクが高い。
現在、時刻は午後六時半。時間帯が深くなるにつれ、誰かを探したりどこかを尋ねたりすることが難しくなってくるからだ。
そのような理由により、二人が選んだのはレッドカードだった。
「書籍関係は図書館で借りるのが定石よ」
「六法全書って、図書館にあるのかな」
「あるでしょ。たぶん」
西武新宿線の電車に乗り、二人は練馬区の上石神井へと向かった。上石神井はくるみが借りているマンションがある場所だった。もし書籍関係のお題が出た場合は、最寄りの図書館で借りることは事前に考えていたことだった。
くるみは事前にUKCの攻略法をネットで調べていた。有益な情報はほとんどなかったが、図書館の利用カードを携帯することは、UKCにおいて常識とされていた。くるみは利用カードを持っていなかったため、居住地の練馬区と、誰でも発行可能な国立国会図書館の利用カードを作っておいた。この程度の準備はルール違反にはならないことも確認済みだ。
上石神井駅で電車を降りる。図書館までは歩いて十五分程度の距離だが、体力も時間も無駄にはできないため、駅前で客待ちしているタクシーに乗り込んだ。「関町図書館」と行き先を告げると、運転手はあまりの近距離に露骨にがっかりしたようなトーンで「はい」と返事をした。
「図書館って、この時間開いてる?」
博が口を開いた。
「平日は八時まで開いてる」
関町図書館に到着し、運転手に待っているように伝えると、二人は入り口に向かって歩いていった。
「あれ? 閉まってるんじゃない?」
博が声を上げる。
まさかと思い近づいてみると、特別館内整理期間により五日間休館する旨を知らせる張り紙があった。
「そんな……」
くるみが口元を歪める。何でこんな時にかぎって開いてないのよ。心の中で思わず毒づいてしまう。
う~んと唸りながら、博が自動ドアの前に立ち、
「開かないね」
「あたりまえじゃない」
怒鳴りたい気持ちをおさえて、冷静に言う。
ひと呼吸置いてから、次にどう動くべきかを考える。やることはひとつしかない。
「どうする?」
「行くよ」
「行く?」
待たせてあるタクシーに再び乗り込む。
「石神井図書館に行ってください」
運転手は「はいはい」と軽い調子で返事をした。少し機嫌が良くなったようだ。
「別の図書館に行くの?」
博が聞いてくる。
「うん」
くるみは図書館の利用カードを作った時に、練馬区にあるほかの図書館の場所も確認していた。くるみのマンションの近くには関町図書館以外にもうひとつ、石神井図書館があった。関町図書館からタクシーで十五分ほどで行ける距離のため、今から向かっても閉館までには到着できる。
「そこは開いてるのかな?」
「え?」
「その図書館も特別なんちゃら期間ってことはないのかな」
くるみは顔が青ざめていくのを感じた。その可能性はある。もしそうだとしたら、次にどんな手を打てばいいのか……。
「もしそこが休館中ってのがわかってたら、今からほかの図書館へ行ったほうがいいけど、わかんないもんねえ」
当たり前のことをわざわざ言わないでくれ、とくるみは思う。スマホで検索できない以上、今それを知るすべはないのだから。
それに、ほかの図書館へ行くと言うけれど、上石神井図書館が関町図書館と同じ理由で休館中だった場合、ほかの練馬区の図書館もすべて同じ理由により休館という可能性があるのではないだろうか。
くるみは窓の外に視線をやり、小さく息を吐いた。こんなことを考えていても仕方がない。とりあえず行ってみるしかないのだ。
「誰かに調べてもらうのはルール違反だもんね。てことは運転手さんのスマホで調べてもらうのもダメかあ」
博が一人でぶつぶつと言っている。博なりにアイデアを出そうとしているのだろうが、昔からひらめき力を発揮するところなど見たことがなく、まったく期待はできない。
くるみは目を閉じ、図書館が開館中であることを祈った。
「ここでいいかな?」
運転手が言った。到着したようだ。くるみはまだ目を閉じていた。開けるのが怖かった。
「お、開いてるみたいだよ」
博の声で目を開け、自分の目で確認する。明かりがついていた。間違いなく開いている。
運転手に礼を言って、タクシーを降りた。車を停めておく場所がないため待たせておくわけにはいかず、そのままタクシーは走り去っていった。
二人は駆け足で入り口へ向かい、自動ドアを通って建物の中へ入った。
くるみは総合カウンターへ素早く駆け寄り、若い女性スタッフに尋ねた。
「すみません。六法全書ってありますか?」
「六法全書? 少々お待ちください」
女性スタッフは手元のパソコンを操作し、
「ご案内します」
と言って、それが置かれている場所まで連れていってくれた。
こちらです、と示されたそこには、確かに六法全書があった。今回のお題は最新版との指定があるため、昨年出版されたものを棚から抜き出した。
六法全書はとんでもなく分厚い本で、ズシリと重量感があった。
「うっかり足の指にでも落としたら、指がもげてしまうかもね」
博の軽口は無視して、くるみはそれをカウンターへ持っていった。
先程の若い女性スタッフの前にドン、と置いて、
「これ借ります」
利用カードを差し出した。
「あ、すみません。こちらの資料は貸出し不可なんです」
申し訳なさそうな顔で言う。
「え? どういうことですか?」
「最新版の六法全書は館内での閲覧のみとなっておりまして、貸し出しはできないんです」
「なんで……なんでですか?」
くるみは食い下がった。
「そういう決まりですので、申し訳ありません。最新版でなければ貸出し可能ですが?」
「……もう、いいです」
くるみは肩を落としながら表へ出た。
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