第26話 悪あがき

「オープニングでも言いましたが、田所さんはなんとなんと、強制労働から戻ってきてすぐに再びUKCに応募した、実にクレイジーな方なのです! そして二度目のUKC挑戦は、田所さんが史上初めてなのです!」


 音が割れるほどの大きな声量でリッキーががなると、客席から盛大な拍手が起こった。立ち上がって何やら叫んでいる男までいる。


「今回、田所・浅川ペアが選んだカードはグリーン。お題は【整形美人】です。該当する人物として選んだのは、こちらの浅川さんということでよろしいでしょうか」

「はい」


 田所が答える。


「いやいやまさか、プレーヤーの浅川さん自身が整形していたとは、驚きましたよ」


 リッキーがみちるの顔をまじまじと眺める。イヤらしい目つきだ。みちるはなぜか照れたような笑みを浮かべている。


「では、浅川さんが本当に整形しているのか、確認させていただきます」


 リッキーが指を鳴らすと、白いスーツのスタッフが出てきた。どうやって確認するんだ? と疑問に思っていると、そのままみちるをスタジオから連れ出した。


「別室に判定する機械がありますので、そちらにお連れしています。十五分ほどかかりますので、それまで、田所・浅川ペアのここまでの奮闘ぶりを振り返ってみましょう」


 目の前にあるモニター画面に映像が流れ出した。最初のお題【現金100万円】にチャレンジしている時の田所とみちるの様子だった。

 二人の会話がはっきりと聞こえる。以前参加した時はホテルでテレビ中継を観たが、あの時はこれほど鮮明には聞こえなかった。二十年の間に昆虫型カメラも相当進化したようだ。

 映像は整形美人を探して駆けずり回っている場面に切り替わった。コンビニの前で若い女に暴言を吐かれたシーンが流れ、客席から笑い声が起こった。

 映像が終わると、リッキーがあれこれと質問をしてきた。どうでもいいような簡単なことを聞かれ、田所は真剣に考えることもなく、頭に浮かんだことをただ口に出して適当にあしらった。


「今連絡が入りました。浅川さんの確認作業が終わったようです」


 その言葉を聞いて、田所は緊張で身体が硬くなっていくのを感じた。

 みちるは目と鼻と口をいじったと言っていたが……。田所は急に胸騒ぎを覚えた。

 みちるが嘘をついていなければ、何も問題はないはずだ……。

 少ししてみちるがスタジオに戻ってきた。さすがにやや緊張したような表情をしている。

 白スーツのスタッフが、折りたたまれたカードをリッキーに手渡した。おそらくそれに結果が書かれているのだろう。リッキーはカードを開き、目をカッと見開く。


「さあ、それでは、浅川さんが整形しているか否か、結果を発表しましょう。この結果は、まだ浅川さんも知らされておりません」


 デュロロロロロ~ンという、ドラムロールをアレンジしたような音が流れ出す。

 ドドン! と鳴って音が止まる。


「クリアぁぁぁぁ!」


 リッキーがのけ反りながら叫んだ。


「浅川さんは間違いなく三箇所以上、整形しておりました!」


 田所は「っしゃ!」と言って拳を突き上げた。

 ナイス。偉いぞみちる。お前をパートナーに選んで本当によかった。周りに人がいなければ、抱きしめてやるところだ。


「それでは続いて、美人かどうかを判定しましょう」


 爽やかな笑顔でリッキーが言った。


「……ん? なんて?」

「もうひとつの条件である美人かどうかを判定するということです」

「おい、待てよ。整形してるんだからいいだろ」

「いやいや、整形しただけではダメですよ。整形した上で美人な方でないと」


 整形した奴のことを整形美人というんじゃないのか? だからとりあえず整形していれば条件はクリアだと思っていた。


「仁志くん、そりゃそうだよ。何を驚いてんの?」


 みちるに言われ、顔が赤くなっていくのを感じた。勘違いしていたのは俺だけなのか。


「美人かどうかの判断は、視聴者投票で行います。美人か美人じゃないかを、リモコンのXボタンで投票してください!」


 視聴者投票だと? そんなやり方で決めるなんて、ありえねえ。


「こればっかりは機械で判定するのは難しいですからねえ。テレビの前の皆さんの判断に委ねます」


 田所の心を見透かしたようにリッキーが言った。


「ではでは、投票スタート!」


 チンチロリロリロリンリンリンと、リズミカルな音楽がしばらく流れたあと、カンカンカンカンカンと鐘の音が鳴った。


「さあそれでは、さっそく結果を見てみましょう。ど~ぞ~!」


 スクリーンに【美人】と【美人じゃない】の文字が出て、それぞれの横棒グラフが伸びていく。デッドヒートになるかと思われたのは最初の一瞬だけで、すぐさま決着がついた。


美人・8547人

美人じゃない・3万3256人


「あーっと、美人じゃないが上回ってしまったぁぁ~。ざんねぇぇぇん!」


 スタジオ中にリッキーの声が響き渡った。


「ちょ、ちょっと待てよ。おかしいだろ!」

「そうよ、おかしいって!」


 田所とみちるは抗議の声をあげる。


「どうしました?」

「どう見ても美人だろうが! よく見ろよ!」


 確かにめちゃくちゃ美人というほどではないが、平均ラインより上なのは間違いないはずだ。


「申し上げにくいのですが、私の目から見ても美人とは言い難いですね……。中の中くらいかと」

「中の中……ふざけんじゃねえぞ! もう一回やってくれよ。な、おい!」


 田所はリッキーの真っ赤なタキシードをしがみつくように掴んで、必死に訴えた。

 みちるは泣きそうな顔でおろおろしている。


「それはできません。投票は一回だけです。ということで、田所・浅川ペア、今回のお題、クリアならずぅぅぅ!」


 リッキーがまた叫んだ。


「なんでだよ……」


 田所が肩を震わせる。

『シッカクシャヲ、キメテクダサイ』と、感情のない機械的な声が聞こえてきた。

 みちるが緑色の小さなショルダーバッグからKARIMOを取り出す。


『サンプンイナイニ、シッカクシャヲ、キメテクダサイ』


 田所はKARIMOの画面を覗き込んだ。田所とみちるの名前、そして残り時間が表示されている。


「そういえば、一千万円払ったら一回は見逃してもらえるってルールがあったよね?」


 みちるが田所に顔を向ける。


「一千万じゃねえよ。それは一億だ」


 事前に送られてきたルールはすべて頭に叩き込んであるから間違いない。


「そうです。一億円払えば、各ペア一回だけ連行を逃れられます」

「一億……」

「今は一千万しかないから、それは無理だ」

「じゃあ、どうするのよ、仁志くん」


 真っ直ぐに見つめられてそう言われた瞬間、強制労働時代の記憶が蘇った。死ぬより辛い日々。もう一度あの地獄を耐え抜く自信はない。連行されてすぐに自死部屋に入り、自ら命を絶ってしまうだろう。


「さあ、失格者をどちらにするか決めてください。時間がないですよ」


 笑っているのか困っているのかわからないような表情で、リッキーが二人を急かす。

 田所は頭をかきむしった。どうすればいい?

 いや、考えるまでもない。それは自分の中では決めていたことだ。

 みちるが残ったところで優勝できるとは思えない。俺が残るのが最善策だ。

 田所はみちるの肩を掴み、


「みちる、お前が行ってくれ。な、いいだろ?」

「え、でも……」

「俺は一回、二十年食らってんだよ。もうあんなところへは戻りたくない。お前は二十年経ってもまだ五十二歳じゃないか。人生まだまだやり直しがきく」

「けっこう無茶苦茶なこと言いますね」


 リッキーが口をはさむ。


「私も強制労働なんてイヤだし……」

「俺が優勝して大金を手に入れて、お前が戻ってくるまで待っててやるから」

「待ってる? 本当ですか? そんな人には見えないですけどねえ」

「うるせえよ!」

「そもそも優勝した場合、一億円払えばパートナーの強制労働の取り消しができるんですよ?」

「んなことは知ってんだよ!」

「知ってるのになんでそうするって言わないんですか? え? まさか? うわわわ、賞金を独り占めしたいということですか? だから優勝してもパートナーを見捨てると?」


 リッキーの言う通りだった。せっかく優勝したのに一億も払うなんて、そんなもったいないことできるわけがない。


「黙ってろ! お前には関係ねえよ!」


 リッキーを一喝すると、田所はみちるの顔にくっつくかと思うほど自分の顔を近づけた。


「な、お前が行ってくれよ」

「仁志くんひどいよ……最低だよ」


 最低でけっこうだ。誰に何と言われようと俺が残る。


「だいたいお前が一人で残って優勝できると思うか?」

「やってみないとわかんないよ」

「わかるんだよ、そんなことはやらなくてもわかるんだよ」

「なんでそんなこと言うの。ほんっとに最低!」

「うるせえよ! だいたいお前が美人じゃなかったせいでこうなったんだろうが!」

「あーっと、とんでもないクズ発言が飛び出しました!」


 リッキーが田所を指さしながら、信じられないという顔をする。

 客席からは大ブーイングが起こり、誰かが投げたお茶のペットボトルが田所の足元に飛んできた。


「あと一分! 時間切れになると両者失格となりますよ!」

「だったら、ジャンケンで決めない?」


 みちるが言った。


「浅川さんからジャンケンの提案です。公平性を考えるとこれ以上のものはありません」


 もう時間がない。これ以上ウダウダやっていて両者失格にでもなったら最悪だ。


「わかったよ。やってやるよ」

「では私がコールしましょう。いきますよ。ジャーン、ケーン、ポン!」


 いきなり勝負が始まり、田所は何も考えられないまま反射的に手を突き出した。

 田所はグー、みちるはパーだった。


「うっ………」


 何でだよ……こんなバカなことがあってたまるか……。


「浅川さんの、勝ちぃぃぃ!」

「ま、待てよ。ジャンケンつったら三回勝負だろうが!」

「おーっと、これは往生際が悪い! 男としてカッコ悪いぞ!」

「三回勝負だよ、三回! な!」


 恐ろしい形相の田所が、三本の指を立ててみちるに向かって突き出す。


「う、うん……」


 引きつった表情のみちるが頷く。


「なんて強引な人なのでしょう。では、二本目です。ジャン、ケン、ポン!」


 田所はみちるを突き殺すかのような勢いでチョキを出した。

 対してみちるは、弱々しく握られてはいるが、誰がどう見てもその拳の形は〝グー〟だった。


「決まったぁぁ! 浅川さんの二連勝で、正真正銘、浅川さんの勝ちぃぃ!」


 田所は大きく目を見開き、チョキの形をした指を見つめたまま、両ひざから崩れ落ちた。


「仁志くん……」

「浅川さん、あと二十秒しかありませんよ!」


 リッキーの声でハッとして、みちるはKARIMOの画面に目をやる。


「仁志くん、ごめんね」


 小さい声でそう言うと、田所の名前をタップした。


『シッカクシャハ、タドコロヒトシニケッテイシマシタ』


 音声が流れると同時に、連行人のカリポが現れた。

 上背のある二人のカリポに両脇を抱えられて立ち上がらされる。

 その瞬間、田所は「離せ!」と言って腕を振りほどこうとした。


「ちょーっと田所さん、暴れないでください」


 田所は力づくで振りほどけないと判断すると、頭を大きく振ってカリポの横っ面に頭突きをくらわせた。


「おーっとっと、これはいけません!」

「あんなところに戻ってたまるかよ!」


 そう叫んで逃げ出そうとした瞬間、「ぐわぁ」と声を上げ、前のめりに倒れた。


「腕輪の電流でやられるのがわかっていながら、なぜ抵抗するのでしょうねえ。毎回不思議に思いますが、人間追いつめられると理性が効かなくなるのでしょうね」


 田所は両手両足をそれぞれカリポに持たれて、そのまま連行されていく。

 みちるはショックを受けた様子で、その光景をただ茫然と見ていた。


「さあ、田所さんが失格となり、浅川さん一人となってしまいましたが、まだ勝負は始まったばかり! ここからのさらなる頑張りに期待してますよ!」

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