第25話 秘密

○ 田所仁志・浅川みちる 初日14時


 あの女は絶対にいじっている。

 コンビニの前でスマホを素早い指さばきで操作している若い女を見て、田所は確信した。鼻がどうにも不自然だ。お金がなく、技術の乏しい激安クリニックで施術を受けたのかもしれない。


「あの、すみません」


 田所は自分に出せる目一杯の優しい声で話しかけた。

 女が田所に視線を向ける。


「ちょっとよろしいでしょうか」

「なに?」


 女がぶっきらぼうに言う。


「わたくし、今ですね、整形美人を探しておりまして、お姉さんがとっても美人だなあと思いましてね。……えーっと、それでですね、お姉さん、ひょっとして整形とかしてらっしゃいますでしょうか?」


 田所が言うと、女の眉間にぐっとシワが寄った。


「何言ってんだよおっさん」

「あ、いや、すみません。お姉さんがとっても美人で、それはもう間違いないんですけど、もしどこか整形をしていたら、教えてほしいなあと……」

「はあ? 失礼なこと言ってんじゃねえよ。頭おかしいんじゃないの」


 女はブチ切れて行ってしまった。


「なんだよ、性格ブスが」


 去って行く女の背中に言葉を叩きつけるように吐き捨てた。


【現金100万円】をクリアしたあと、次に田所・みちるペアが選んだのはグリーンカードだった。

 レッドカードをクリアして一千万円を獲得したが、やはりチマチマやっているだけでは最終的に負けてしまうだろうと思い、みちるにグリーンカードを選ぶことを提案した。みちるはあっさりと「いいよ」と言った。


【整形美人】

※顔を三箇所以上整形していること


 お題を目にした時は、難易度が高いのかそうでもないのか、よくわからなかった。

 しかし実際に探してみると、一向に見つからない。

 三箇所以上という注釈が付いているのがやっかいだった。目を二重にしただけ、という程度の整形ではダメだということだから。


 JR新宿駅近辺でかなりの人数に声をかけたが、整形している女はいなかった。いや、整形したことを認めなかっただけで、実際に整形している女はいたはずだ。見ず知らずの人間に声をかけられて「はい、整形してます」などとバカ正直に答えるメリットはないのだから、当然と言えば当然だ。


「ここが韓国ならよかったのにねえ」


 みちるが相変わらず緊張感のない声で言う。


「なんでだよ」

「韓国って整形大国じゃん?」

「だから?」

「韓国の人って整形したことを隠さないんだって。術後のダウンタイム中に顔にガーゼとかテープとか貼ってある状態で外出するのも当たり前なんだってさ。だから韓国だったら簡単に整形してる人を見つけられるなあって」

「ばか。ここは日本だ」

「わかってるよ。面白味のないツッコミしないでよ」


 みちるとの会話は毎度この調子だ。

 まともに取り合っていると疲れるだけだ。


「整形してそうな女子って言ったら誰だよ。キャバ嬢とかか?」

「まあ、そういう人もいるだろうね。でも、お店まだ開いてないんじゃない?」

「じゃ、メイド喫茶のメイドとか」

「特に整形してるイメージはないけどね」

「やってるコもいるだろ」

「だとしても、仕事中に一緒に来てくれる人なんていないでしょ」


 せっかく出した案を立て続けに否定された田所は、大きな舌打ちをした。

 睨むようにみちるを見て、


「じゃあどうすりゃいいってんだよっ」

「イライラしないでよ」

「してねえよ」

「してるじゃん」

「お前ものほほんとしてないで、なんかアイデア出せよ」

「のほほんとなんてしてないもん」


 みちるが頬を膨らませる。

 三十を過ぎた女のリアクションとしては痛いが、普段はそれも可愛く思える。だが、今はただただ腹立たしいだけだ。


「あのさ……」


 上目遣いでジッと田所を見つめたまま沈黙する。


「なんだよ」

「えーっと……実は、私ね、整形してるんだ」

「あ? なんつった?」

「だから、私、整形してるの」

「……整形? マジで言ってんのか?」

「うん……」

「本当にしてんのか?」

「してる」


 上目遣いのまま、小さく頷く。


「……嘘だろ。おいおい、ちょっと待ってくれよ。なんだよそれ。聞いてないぞ俺は」

「うん。言ってなかったからね」

「言ってなかったからね、じゃねえよ。クソっ」

「クソって……」

「どこをいじったんだよ」

「えーっと、目と鼻と口を、ちょこちょこっと」

「ガッツリじゃねえかよ」


 いまどき整形くらい普通のことだとわかってはいるが、自分の彼女となると否定的な気持ちになってしまう。


「なんで今まで隠してたんだよ」

「ごめん。べつに言わなくてもいいかと思って」


 確かに、言う必要はない。実際に言われたら返答に困るかもしれない。だが、それでも言ってほしかった。隠し事をされるのは我慢ならない。


「メイクをした後にスッピンの写真見せて『これがメイク前の顔だよ』なんてわざわざ言わないでしょ。それと同じだよね」

「メイクと整形はぜんぜん違うだろうが。ヘリクツ言ってんじゃねえよ」

「怒んないでよ……私だって、自分を変えようと思って必死だったんだから」


 どんな悩みを抱えていたのかは知らないが、何事にも全力でぶつかり、根性で乗り切ってきた田所には、整形に頼って安易に自分を変えようとする人間の心理が理解できない。


「整形だったら、別れるの?」

「そんなことねえよ」

「じゃ、いいじゃない」


 みちるがさらりと言う。こうもあっさりと言われると、整形した事実を隠していた程度のことで腹を立てている自分が、価値観の古い頑固な中年のように思えて、情けない気持ちになる。


「つうか、今さらそんなことはどうでもいい。問題は今日のことだ。それならそれでもっと早く言えよ。無駄に整形してる奴探しちまったじゃねえかよ」

「それは……ごめん。仁志くん整形してるコのこと嫌いなのかなって勝手に思ってたの……だから、できればバレたくないなって……」

「お前な、人生がかかってる勝負なんだぞ。そんな小さいことにこだわってんじゃねえよ」

「わかったから、怒んないでってば」


 みちるが田所の胸を拳で軽く叩く。

 怒るに決まってるだろうが、と心の中で毒づく。一分一秒を争うUKCにおいて、貴重な時間と体力を無駄に使ってしまったことがどれほど大きな影響を持つのかを、みちるは何もわかっていない。

 田所はこめかみをおさえた。みちるへのいら立ちと、うだるような暑さのせいもあって、ジンジンと痛む。


「とにかく、行くぞ」

「どこへ?」


 マルタに決まってんだろ、という言葉を飲み込む。言うだけ無駄だ。

 田所は大きなため息をついて歩き出した。「まってよ~」と言いながら、みちるがひょこひょひょこついてくる。

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