第24話 癒し

「金崎・岩瀬ペア、おかえりなさーい」


 スタジオへ足を踏み入れた瞬間、リッキーの甲高い声が耳に突き刺さってきた。


「さあさあ、どうぞこちらへ」


 客席からは歓声とブーイングが飛んでくる。

 三人がステージ中央に向かって歩いているわずかな間にブーイングが歓声を上回り、スタジオ全体を覆っていく。

 いつの間にこんなに嫌われたんだ。まあそのほうがやる気は出るがな。


「いやはやなんと言いますか、お二人の根性は大したもんですね」


 タイチたちが入ってきた瞬間からリッキーはしゃべり続けているが、まったく頭に入ってこない。

 無駄にテンションが高いMC、バカ騒ぎするだけの観客、明るすぎる照明、すべてが不快だ。


「ふみさんはよくこんな怖そうな人たちについてきましたね? 怪しいとは思わなかった?」

「……もう、全部どうでもよかったんで」

「ええ。お察しします」


 リッキーが神妙な顔で頷く。何を察したというんだ。お前みたいな男に人の気持ちなんかわかるわけがない。


「お二人が今回選んだのはシルバーカードでした。お題は【悲しみにくれる人】です。該当する人物として連れて来たのはこちらのふみさん、ということでよろしいですか?」

「当たり前だろ」

「わかりました。ではさっそく判定させていただきます」


 タイチはそこでハッとする。人探しに必死でそのことを考える余裕はなかったが、人間の悲しみなんてどうやって判定するつもりだ。精神科医が出てきて診断でもするのだろうか。

 パチンとリッキーが指を鳴らすと、白スーツのスタッフがキャスター付きの台の上に乗せた四角い物体を運んできた。一メートル四方の大きさで、真っ黒いボディ。巨大な電子レンジのようだ。


「こちらの機械はヴォルバP3と言います。人間の感情を数値化する機械でして、簡単に言うと、脳波、声、表情、心拍などさまざまなデータを収集し、どのような感情をどの程度抱いているのかをズバリ数値として示してくれる機械です」

「ほんとにそんなもんでわかんのかよ」


 タイチが言おうとしたことを、たくみが先に口にした。


「先生、その点どうでしょうか」


 いつの間に現れたのか、白衣を着た七三分けの男がいた。


「似たようなものはこれまでもありましたが、このヴォルバP3はあらゆる分野の世界的権威が開発に携わり、何十年もかけて誕生した最新のテクノロジーです。万にひとつの間違いもありません」


 先生と呼ばれた男はそう言うと、ニコリと微笑んだ。


「では先生、よろしくお願いします」

 

 白衣の男はふみの両腕に血圧計のカフのようなものを巻きつけ、楕円型のヘルメットのようなものを頭に被せた。それぞれはコードで黒い機械と繋がっている。


「こちらにレンズがあるので、ここを見ていてください」


 白衣の男はヴォルバP3をガチャガチャといじくると、


「では、私と少し会話をしましょう。まず、名前と年齢を教えてください」

「……石丸ふみ。十四歳」

「今朝は何を食べましたか」

「何も、食べてないです」


 声のデータを取るためなのか、白衣の男とふみの会話がしばらく続いた。

 十分ほど経って男は「ありがとうございます」と言って、またヴォルバP3をガチャガチャと操作した。


「はい。オッケーです。あとはボタンを押すだけで結果が出ます。78%を超えると【悲しみにくれる人】となります」


 78%? 何がどうなって分析結果が出るのかよくわからないが、とにかくそのラインを超えればクリアということか。 


「皆さんお待たせしました。例によってこちらのスクリーンに注目してください。判定結果が表示されます。果たして78%を超えているのでしょうか」


 スタジオの証明が薄暗くなり、客席が静まり返った。

 タイチは呼吸をするのも忘れ、スクリーンを睨みつける。

 ババン! という大きな音とともに、そこに出た結果は66%だった。


「なっ……」


 タイチは言葉を失った。

 結果が表示された途端、観客たちが爆発した。喜びなのか驚きなのか、誰もが何かを叫んでいる。

 リッキーも何か喋っているが、周りがうるさすぎて聞こえない。


「おい、どういうことだよ、ふざけんなよ」


 タイチの声が震える。


「こんなもんインチキだろ。こんな機械で感情が正確にわかるわけねえだろうが!」

「いえ、ヴォルバP3の判定に間違いはありません」


 白衣の男が背筋をピンと伸ばし、自信満々に言った。

 その憎たらしい顔面に頭突きでもくれてやろうか。


『シッカクシャヲ、キメテクダサイ』


 どこからか無機質な声が聞こえてきた。

 タイチはポケットからKARIMOを取り出す。


『サンプンイナイニ、シッカクシャヲ、キメテクダサイ』


 KARIMOの画面には、二人の名前と残り時間が表示されている。


「お題クリアはなりませんでしたので、失格者を選んでください。三分以内にどちらかの名前を押さなければお二人とも失格となるので気をつけてくださいね!」


 根拠のない自信を後ろ盾に、圧倒的に強気な気持ちを持って突っ走ってきたタイチは、失敗することなど考えてはいなかった。急に突きつけられた現実が、信じられなかった。


「タイチ……」


 たくみの顔面は血の気が引いて真っ白だ。

 ミッションに失敗した時にどちらを失格者とするかをなぜ事前に決めていなかったのか。自信がありすぎて一番肝心なところが見えていなかった。アホすぎて話にならない。タイチは自分をぶん殴ってやりたいと思った。

 残り時間が二分を切った。


「俺の名前を押してくれ」


 たくみが言った。


「情けねえけど、俺が残っても優勝なんて絶対に無理だ。お前には圧倒的な根性と度胸がある。以外に頭もいいしな。……だから、お前が残ったほうがいい」

「でもよ……」

「それに、優勝したら、一億円払えばパートナーの強制労働は取り消しにできるんだろ。だったらそれで俺を復活させてくれよ」


 たくみに言われて思い出した。優勝したペアは、一億円を払えば連行されたパートナーの強制労働を取り消すことができる、という特別ルールが適用される。

 優勝した時点で獲得賞金が数億円あれば、一億くらい払っても問題はない。

 タイチは金髪の頭をかきむしり、その判断が正しいかどうか考えようとしたが、残り時間があとわずかという中で、うまく考えがまとまるはずもなかった。


「わかった。優勝して、絶対にお前を解放してやる」


 力強い声で言った。


「おう。頼んだぜ」


 たくみの目に、涙がにじんでいる。

 タイチはKARIMOの画面に目をやる。残り時間は二十秒。

 唇を強く噛み、たくみの名前をタップした。


『シッカクシャハ、イワセタクミニケッテイシマシタ』


 音声が流れてすぐ、連行人である二人のカリポが現れた。

 百八十センチ以上はあろうかという二人の大きな男に両脇を抱えられ、たくみが連れて行かれる。

 抵抗することも、途中で振り返ることもなく、たくみは静かにその姿を消した。


「おい、お前、悲しみに沈んでたんじゃねえのかよ。嘘だったのかよ」


 タイチがふみに詰め寄る。


「嘘じゃないよ」


 ふみは首を振った。


「だったらなんでこんな結果になったんだよ」

「金崎さん、落ち着いてください」

「うるせえ!」


 ここで暴れても得することは何もないことはわかっているが、何かに怒りをぶつけないと気がすまない。ヴォルバP3に蹴りでもくれてやろうか。


「私、リッキーさんのファンなんです」


 ふみが小さな声で言った。


「え? 私のファン?」

「はい。小学生の頃からずっと。UKCも欠かさず観てます」

「ほぉ~。そうだったんですか」

「おばあちゃんがリッキーさんの大ファンで、その影響で私もファンになったんです」

「ええっ。そうでしたか。いやいや、それはありがとうございます」

「昔はよくおばあちゃんと一緒に観てたんです」


 そこでふみはタイチのほうに顔を向けた。


「この人たちから誘われた時、リッキーさんに会えるって思って……だからついていったんです。そしたら、本当に本物のリッキーさんに会えて……もう感激です」

「嬉しいですねえ」


 リッキーは胸に手を当て、オーバーリアクションで喜びを表現する。


「なるほど、なんとなくわかってきました。金崎さんが声をかけた時は、ふみさんはおそらく悲しみにくれる人だったのでしょう。しかし、大好きなリッキーに会ったことでふみさんの心にハッピーが注入され、悲しみが少し癒えた結果、ふみさんは悲しみにくれる人と言えるほどではなくなった、ということでしょうか」


 そう言って、白衣の男に視線を向けた。


「そういうことでしょうね」


 微笑を浮かべながら白衣の男が頷く。


「ふざけんなよ。そんなバカなことがあってたまるかよ。こんな奴のファンだなんておかしいだろうが」


 リッキーを指さしてタイチが吠える。


「ちょーっとちょっと、それは心外ですよ、くぅ~」

「うるせえよ。何がくぅだこのやろう」


 ふみに視線を戻し、


「じゃあ、俺たちのことも最初からUKCの競技者だってわかってたのか?」

「ううん。それは知らなかった。今回はおばあちゃんのことがあってそれどころじゃなくて、まだ放送は観れてなかったから」


 頭がこんがらがってきた。ふみは俺たちを騙したのか? いや違う。ふみは純粋にただリッキーに会いたかっただけだ。リッキーに会えば悲しみが癒えて俺たちのミッションが失敗する可能性があることなど考えていなかったに違いない。


「じゃあ、あとでサインをさしあげましょうか。おばあ様の名前を入れて」

「ありがとうございます」


 ふみが穏やかな笑みを浮かべ、頭を下げる。今ふみの感情を測定したら50%を切るのではないだろうかとタイチは思った。

 これ以上ここにいたら、誰かを殴るかヴォルバP3を蹴り壊すか、どちらかやってしまうだろう。

 タイチは「お前ら全員クソだ」と小さな声で吐き捨て、スタジオを出ていった。

 エレベーターに乗り込むと、両手で自分の頬を強く張った。

 これから俺がやるべきことはシンプルだ。優勝して億万長者になると同時に一億払ってたくみを連れ戻す。ただそれだけだ。何が何でも、やるしかない。

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