第16話 監視

「え……カリポ……」


 UKCにおいて参加者を連行する役割を担う男たち、それがカリモノポリス……通称カリポ。


「なんで、カリポが……」


 何が起こっているのか理解できず、口を半開きにしたまま、早足で迫って来る男たちに釘付けになる。カリポの二人は大股で近づいて来ると、久保たちの前で立ち止まった。男は二人とも身長百八十センチを超えており、片方は目が異常に細く、もう片方は何かの薬でバキバキにキマっているかのように瞳孔が開いている。

 目の細いカリポが、くるくるに丸まったポスターのようなものを突き出し、それをゆっくりと広げた。

 薄っぺらいが重量感のあるそれが何かわからず、目を凝らして見ていると、突然そこに誰かが姿を現した。


「どうも、リッキーです! 久保さん谷岡さん。いやぁ、なんとも残念です」


 リッキーが肩を落とし、大袈裟にうなだれる。

 ポスターのようなそれはモニターだったようだ。


「なんであんたが……どういうことだよ」

「結論から言いましょう。久保さん谷岡さん、あなた方は失格です!」


 リッキーが二人を指差しながら叫んだ。


「失格? 失格って、なんでだよ……」


 谷口が声を震わせながら言う。額から大量の汗が流れている。


「おやおや、白々しいですねえ。不正をしたからですよ。そこにいる方は、あなたたちがネット上で知り合って協力を依頼した方じゃないですか」


 久保が釜茂に顔を向け、またすぐにモニター画面に戻す。


「な、なんのことだよ」

「おやおや、まだとぼけるおつもりですか。では私から説明しましょう。そこのシゲと呼ばれている方は、UKCへの出場が決まってからネット上で見つけた協力者です。お金のためならなんでもやります的な掲示板で発見した、ハンドルネーム・コンタさんです。優勝したら獲得賞金を分けると言って協力を持ちかけたんですよね。

 本番ではコンタさんがテレビ中継で久保さんたちのお題を確認し、それを急いで用意する。久保さんたちはコンタさんがお題を用意できた頃合いを見計らって部屋を訪れ、それを借りるというわけです」


 久保の顔面から汗が噴き出してきた。

 リッキーの言う通りだった。釜茂という名前やシゲというニックネームは架空のものだ。実際にはコンタの本名も知らないし、会ったのは今日が初めてだ。あらかじめ教えてもらっていた住所を本番当日にいきなり訪ねて来たのだった。

 新宿で通行人に声をかけていたのも、コンタがお題のモノを用意するための時間稼ぎだった。もちろん声をかけて奇跡的に借りられたら、それはそれでラッキーだ。


「我々はコンタさんに見張りをつけていました。アパートを出て卓球専門店へ行き、ラケットを購入したのを、ちゃーんと確認しましたよ」


 見張っていただと……そんなバカな。


「コンタさん以外にも複数人依頼してますよね。もしコンタさんがお題のモノを用意できていなかった場合は、ほかの協力者のところへ行く予定だった。そうして何人も協力者を用意しておいて、お題を選ぶたびに、その方たちのところへ行って借りる。そういう魂胆ですよね?」


 久保は呼吸が苦しくなるのを感じた。

 知り合いに協力してもらえば確かにバレる可能性が高いかもしれないが、実際に会ったこともなく、大会直前にネット上で知り合っただけの関係ならバレる可能性はかなり低いだろうと考えた。

 本番では協力者すべてを友人や知人という設定にすると不自然なため、たまたま尋ねた一般宅というテイで借りる、というのも考えていた。

 しかし……すべてがバレている。


「それにしても、友達を装う演技が何ともまた白々しくて見ていられませんでしたよ。久保さん、あなた谷岡さん以外に友達なんて一人もいないじゃないですか。ハハハ」


 うるさい。俺をバカにするな……俺を笑うな!


「我々はUKC出場者のありとあらゆる不審な動きをチェックしているのですよ。大会が始まる前からね。我々を騙そうとしても絶対に無理なのです」


 出場が決まってからずっと監視されていたということか? すべての行動が……。

 久保の膝がぷるぷると震えだした。


「ああ……」


 谷岡が言葉にならない声を出す。


「不正をすると一発アウトです。ということで、久保・谷岡ペアはここで消滅となります!」


 リッキーが叫ぶと、ドーンという雷が落ちたような爆音が響き、久保は思わず「ひっ」と声を出した。

 リッキーの姿がモニター画面から消えると、目の細い男が再びくるくると丸めて、懐へ仕舞った。


「では、連行します」


 冷めた目つきで久保を見下ろしながら、目の細い男が言った。


「いやだ、いやだいやだいやだぁぁ」


 久保は数歩後ずさると、身体をサッと反転させて手すりに手をかけた。

 飛び降りて逃げてやる。連行なんてされてたまるか!

 必死の形相で片足を手すりに引っかけたが、その瞬間、腕にハメていた装具から「ビー!」という警告音のようなものが鳴ったかと思うと、全身を強烈な電流が駆け巡った。


「だはっ」


 久保は白目をむいてその場に倒れ込んだ。


「腕輪の存在を忘れていたようですね」


 冷めた口調で目の細い男が言う。


 横倒しになってピクピク痙攣している久保を見た谷岡は、膝から崩れ落ち、失禁した。

 瞳孔が開いているもう一人のカリポが倒れている久保を肩に担ぎ上げ、固まっている谷岡の首根っこを鷲掴みにすると、引きずるようにして連れて行く。


 目の前で起こる出来事を驚愕の表情でただ見ていたコンタが、ハッと我に返る。

 慌ててドアを閉めようとしたが、目の細い男がドアノブを素早く掴んだ。


「協力者も同罪です」


 冷たい声で言う。


「ただし、協力者の強制労働期間は十年となります」


 ドアの隙間から細い目を覗かせ、コンタの目を射抜く。


「い、イヤだ……俺は頼まれただけなんだよ!」と喚きながらドアを閉めようとするが、目の細い男は力づくでドアをこじ開けた。

 コンタは奥へ逃げようとしたが、足がもつれてバランスを崩し、そのまま尻餅をついた。

 男は土足で部屋に上がり込むと、腰のホルダーから特殊警棒を抜き出し、コンタの頭めがけて躊躇なく振り下ろした。



 スタジオマルタでは、久保・谷岡ペアの劇的な幕切れに、笑う者、涙を流す者、口を半開きにして唖然とする者など、反応はさまざまだった。


「久保・谷岡ペア、非常に残念です。ここ何年かはこのような不正はなかったんですが、久々におバカさんが現れてしまいました。くぅ~」


 リッキーが泣く素振りを見せた。お馴染みのパフォーマンスに客席がドッと沸く。


「UKCでは徹底した監視システムがありますので、不正は絶対にバレます。お題に出そうなモノをあらかじめ自宅に用意していたり、お題のモノを持った友人が偶然を装って通りがかったり、公衆トイレなどにスマホを隠しておいたりなどなど、あらゆる不正はすべてバレます。良い子のカリモラーは絶対にマネしないように!」


 そう言うと、カメラに向かって両腕でバッテンマークを作り、ちょこんと首を傾げた。このチャーミングさがお年寄りから子供まで人気を集めている秘訣だ。


「さあ、続いて中継を繋ぐのはどのペアでしょうか。おっと、その前にコマーシャル」

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