第15話 ザコの夢
○ 久保武弘・谷岡雅史 初日13時
宮城県で生まれ育った久保武弘は、あまりの人の多さに目が回りそうだった。
何だってこんなに人がいるんだ。東京の何に憧れて集まってくるというのか、さっぱりわからない。
久保武弘、二十六歳。これ以上削ぎ落とす贅肉は1グラムもないのではと思わせるほどガリガリに痩せていて、表情にはわずかな覇気も感じられない。久保は定職に就いておらず、職を探す努力もしていない。それ以前に、働く気がまったくない。
高校卒業後もずっと実家暮らしで、引きこもり状態を続けているというていたらく。二つ下の妹には害虫扱いされており、もう五年も口をきいていない。妹は去年結婚したが、結婚式には当然のように呼んでもらえなかった。
久保には、叶えたい夢はおろか、ちょっとした目標すらもない。頭の中にあるのは、「とにかく働きたくない」「楽して生きたい」ただそれだけだった。そのために必要な大金を手に入れようと、UKCへの出場を決めた。
パートナーの谷岡雅史は、小学校から高校まで同じ学校に通った幼馴染だ。実家が近所ということもあり、子供の頃から仲が良く、唯一の親友と呼べる存在だった。
谷岡はむさくるしい髭面の巨漢だ。身長は百六十三センチしかないが、体重は百二十キロほどある。立ちっぱなしは膝に負担がかかってしんどいにもかかわらず、人と喋る必要がないからという理由で工場に勤めている。
身体は大きいが気は小さく、デカいくせにモジモジしているため「デカモジ」と呼ばれ、小学生の頃からクラスメイトによくからかわれていた。高校時代は特に酷く、女子のほとんどから嫌われ、バカにされ通しの三年間を送った。
工場勤務をこなしながらも、谷岡はひそかに夢を追いかけている。それは自らの会社を興すこと。空いた時間のすべてをゲームに捧げているほどゲーム好きな谷岡は、アプリゲームを開発する会社を立ち上げて、大ヒットゲームを世に送り出すことを夢見ているのだ。
今まで自分をバカにした奴らを見返してやりたい。羨ましがらせてやりたい。ゲーム会社の社長となり、大ヒットゲームを生み出せば、その願いも叶う。
しかし工場勤務では会社を立ち上げる資金を貯めるのは難しかった。そんな時、久保から一緒にUKCへ出ないかと誘われ、悩みに悩んだが、ほかに大金を得るチャンスはないだろうと思い、最終的に承諾したのだった。
二人はなるべくリスクを取らないよう、ゴールド、シルバー、グリーンのカードは避け、レッドカードのお題だけをクリアしまくるという作戦を立てた。過去多くの参加者が選んだ、UKCのセオリーとも言える作戦だ。
そんな二人に与えられた最初のお題は、【卓球のラケット】だった。
かれこれ一時間以上、新宿の街で人の波に揉まれながら声をかけるチャンスを伺っているが、実際に声をかけたのは二人だけだった。その二人も、立ち止まることすらなく、チラリと久保たちに視線を向けると、「わっ、キモい奴が話しかけてきた。やだやだやだ」みたいな顔をして、とっとと歩き去って行った。
そうしているうちに二時間が経過した。
その時、ふいに久保が言った。
「あ、そう言えば、東京にいるシゲが趣味で卓球やってるって言ってたな」
「シゲって?
「そうそう。卓球部だった釜茂のシゲちゃん。今、東京で働いててさ、こっち来てから趣味で卓球を再開したって言ってた」
「そうだったんだ。なら早く言ってくれよ」
「ごめんごめん。忘れてた。隣の中野ってとこに住んでるから、行ってみよう」
「場所はわかるの?」
「何年か前に一度遊びに行ったことあるから」
二人は電車に乗り、シゲこと釜茂の住むアパートへ向かった。
中央線快速で約四分、中野駅で降り、歩いて数分。静かな住宅街にシゲの住むアパートはひっそりと佇んでいた。古びてはいるが味わい深い二階建てのアパートだった。二人は趣を感じさせるややくたびれた階段を上って行った。
久保は三つ並んでいる部屋の真ん中のドアをノックする。
数秒後に、静かにドアが開いた。
「よ、よう、シゲ」
顔を見せた天然パーマの男に、久保が片手を挙げてラフな挨拶をする。
「お、おう、久保。どうしたんだよ急に。びっくりした」
「いきなり悪い。いや、実はさ、俺今、UKCに出ててさ」
「えっ、マジかよ。ぜんぜん知らなかった」
「おう、それでさ、お題が卓球のラケットなんだけど、シゲって確か卓球やってたよね」
釜茂が「うん、やってるよ」と返したその時、階段を駆け上がって来るカンカンカンという音が響いた。久保が階段のほうへ顔を向けると、二人の男が姿を現した。男たちは警察官とよく似た格好をしているが、その制服の色は真っ黒だった。
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