第13話 モラルゼロ
○ 金崎タイチ・岩瀬たくみ 初日12時
ギリギリまで短くなった煙草を、足元に叩きつけるように投げ捨て、靴の裏で踏みつけた。
「ふぅ。生き返ったぜ。ったくよ、マルタ内の全部が禁煙っておかしいだろ」
タイチは煙草をうまいと感じているわけではないが、中学生の頃から吸い続けているため、喫煙が生活の中で完全に習慣化されてしまっている。新宿マルタから表に飛び出したあと、立て続けに二本吸い、立て続けにポイ捨てしたのだった。
パートナーのたくみは煙草を吸わないため、タイチが吸い終わるのをただジッと待っているだけだ。煙草は吸わないが大のビール好きで、高校に入学した頃から親の目を盗んでビールを飲んでいたたくみは、今でも毎日欠かさない。昨日はUKCを前に興奮して寝られず浴びるほど飲んでしまい、二日酔いで頭がぼうっとしている。
「で、どうするよ」
タイチが聞いた。
「どうすっかね」
「おいおい、俺が煙草吸ってる間に何か考えとけよ」
「お前が吸いながら考えてたんじゃねえのかよ」
「なんだよそれ。しょうがねえなまったく」
二人に課されたお題は【体重100㎏以上の人】だった。
レッドカードがめくれてお題が示された瞬間タイチは、楽勝だな、と思った。しかし、クリアしたところで一千万円しか獲得できない。ほかのペアもレッドかブラウンを選択していたため、大きな差はつけられない。
特に問題なのは、タイチと揉めた中年女のペアだ。あいつらはグリーンカードを選んでいたが、あれをクリアされるといきなり差が大きく開いてしまうことになる。
チキンのたくみに説得されてレッドにしたが、やはりゴールドかシルバーにしておくべきだったかもしれない、とタイチは思った。だが、クリアできずにいきなり一人が連行なんてことになったら、それこそシャレにならない……。
タイチとたくみが出会ったのは十五歳の頃。二人が通っていたのは、埼玉県の片田舎にある、自分の名前さえ書ければ入れると揶揄されていた底辺学校だった。
タイチは持ち前の気の短さをいかんなく発揮し、喧嘩三昧の日々を送っていた。高校二年の夏休みの最中に、商店街で他校の不良と喧嘩をして二人を病院送りにしたことにより退学となった。
たくみは高校を無事に卒業したものの、人生に何の目標もなくダラダラと怠惰な日々を過ごしていた。一応アルバイトをやってはみるが、頭が悪すぎてすぐクビになるため長く続いたことがなかった。最後にやったガソリンスタンドのアルバイトでは、ガソリンを盗んで売りさばいたことがバレて、クビはおろか逮捕されてしまった。
タイチが退学してからも二人の腐れ縁は続いていたが、二十歳を過ぎたばかりだというのに共に人生がどん詰まり、明日どころか今日さえも見えないような状況に、二人は身も心も爆発寸前だった。
そんな二人が出した結論が、強盗だった。とにかく金が欲しかった。金さえ手に入れば人生を逆転できると思った。
銀行強盗は成功するイメージが湧かず、コンビニ強盗やタクシー強盗はリスクの割に実入りが少ない。二人は最終的に宝石店に押し入ることを決めた。うまくすれば数千万、いや数億はいけるかもしれない。
さいたま市内の宝石店に目をつけ、入念に下調べをして当日を迎えた。目出し帽とショーケースを叩き壊すバットをバッグに入れ、今まさに自宅を出ようとしたその時、タイチのスマートフォンが鳴った。
UKCの当選を知らせる電話だった。イタ電かと思い「なめてんのかてめえコラ」と凄んだが、よく話を聞いてみると、本物のUKCスタッフであり、当選も間違いないということがわかった。
タイチは小学生の頃からUKCのファンで毎年欠かさず観てはいたが、自分が出たいと思ったことはなかった。優勝できずに強制労働二十年などという事態になったら人生が終わるからだ。
だが、ここにきて人生がどん詰まり、自分みたいなバカなアウトローが一発逆転で大金持ちになるチャンスはUKC以外にないと考え、たくみを誘って応募したのだった。
しかし現実のことで頭がいっぱいで、応募したことなどすっかり忘れていた。
まさか本当に当選するとは……。
今思うと、強盗を実行しなくて本当によかった。宝石強盗に成功したとしても、その後宝石をうまくさばけなければまったく意味がなく、宝石を流すルートなど知らない二人の計画がうまくいくわけがなかった。
やっと俺にも運が向いてきた。
このチャンス、絶対ものにしてやる。
「そんで、どうすんだよ」
たくみが聞く。
「まあ慌てんなよ。百キロの奴見つけるなんて、そんな難しくねえだろ」
「そうか? お前、誰か心当たりあんのか?」
「ツレに一人、デカいのがいるにはいる。おそらく百キロは超えてる」
「じゃあ、そいつで決まりだな」
「だけどスマホがないんじゃ連絡が取れない」
「家は?」
「知らん」
「働いてるところは?」
「ゲーセンでバイトしてるっつってたけど、どこのゲーセンかは知らねえ」
「なんだよそれ。ほんとにツレかよ」
「ツレなんてそんなもんだろ。お前はどうなんだよ。知り合いにいねえのかよ」
「柔道やってたいとこが百二十キロくらいある巨漢なんだけど……北海道にいる」
「チッ、ダメじゃねえか」
「とりあえず、百キロ以上ありそうなデブを見つけたら手当たり次第に声かけてみるか。これだけ人がいりゃすぐ見つかるだろ」
歌舞伎町はとにかく人が多い。あらゆる特徴を持つ人間が目の前を歩いている。デブだろうがガリガリだろうが金魚すくいのようにホイホイと捕まえてやる。
そんなことを考えているうちにも、タイチの目の前を肉付きの良い女が通り過ぎようとしていた。
「ちょ、あんた」
タイチが女を呼び止めた。
「ん? なに?」
女は立ち止まり、怪訝な表情をタイチに向ける。
「あんた、体重何キロ?」
単刀直入に聞く。
「はぁ?」
「ひょっとして、百キロあるんじゃね?」
タイチの言葉に、女の顔つきが険しくなる。
「なあ、あるよな、どうなんだよ」
「……何言ってんのよあんた。私は九十三キロしかないわよ!」
女は激怒し、タイチの頬を平手打ちした。
「あぐっ」
女は大きな尻を揺らしながら去って行った。
「何やってんだよバカ」
「あのやろ……ひっぱきやがった」
張られた左頬をおさえながら、タイチは振り返って女が去って行ったほうを睨みつける。人ごみに紛れ、女の姿はすでに見えなくなっていた。
「よく殴り返さなかったな」
「一応女だからな。クソっ」
それから二人は道路を挟んで両サイドに分かれ、大きな体躯の人間を見つけては声をかけた。しかし、立ち止まってまともに話を聞いてくれる者はほとんどいなかった。
たくみは一旦タイチと合流しようと、横断歩道を渡ってタイチを探した。
タイチはすぐに見つかったが、チンピラのような身なりをした身体の大きな強面の男と一触即発状態となっていた。
「おうコラ、なめてっとぶっ殺すぞ」
「やってみろよボケ。おら、こいよクソ野郎」
たくみが割って入り、「行くぞ」と言って強引にタイチを連れて行く。
「どうやったらあんなとこで喧嘩になんだよ」
「あの野郎、絶対百キロ以上あるのにないって言い張りやがって。クソが」
「それでしつこく食い下がったのか。まったくしょうがねえなお前は」
「ほかの奴らもまともに話を聞こうともしねえしよ」
「俺らのガラが悪すぎるんだよ。見た目も話し方も」
タイチは煙草を取り出し火をつけた。
「相撲部屋とかねえのかよ、このへん」
「こんなごみごみしたとこに、そんなもんねえだろ」
「このへんになくても都内にはいっぱいあんだろ」
タイチはそう言うと、くわえ煙草のまま目の前を通り過ぎようとした通行人を呼び止めた。
「なあ兄ちゃん。このへんに相撲部屋ってある? このへんじゃなくてもここから一番近い相撲部屋ってどこよ」
「え……いや、知らないですけど」
「なんで知らねえんだよ」
「こ、交番で聞けばいいんじゃないですか。そこの東口の前にありますよ」
男が指をさしたほうに視線をやった隙に、逃げるように男は去って行った。
「交番かよ。おまわりは苦手なんだよな」
タイチが顔をしかめる。高校時代、何度お世話になったことか。
「でも確かに、交番で聞くのが手っ取り早いぜ」
「チッ、しょうがねえか」
「でもよ、交番で聞くのはルール的に大丈夫なのか?」
たくみが疑問を口にする。
「人に聞くだけなら問題ない。ネットで検索してもらったらアウトだけどな」
毎年欠かさずUKCの中継を観ているタイチはルールにも詳しい。参加者が交番を訪ねるのはもはやお馴染みと言っていいシーンだが、UKCが地方都市で開催された時は、交番があまりないため参加者は苦労するのだった。
気は乗らなかったが、二人は交番に行き、相撲部屋の場所を訪ねた。新宿に相撲部屋はなく、その多くは両国国技館のある墨田区に部屋をかまえているとのことだった。
「わざわざ行くのもめんどくせぇな」
「つうか冷静に考るとよ、いきなり俺らみたいなもんが乗り込んで一緒に来いって頼んでもよ、稽古を中断して来てくれるとは思えねえよ」
「だな」
二人はあっさりと力士を連れて来る計画を断念した。
タイチが煙草を投げ捨てた。と同時に、ある考えがひらめいた。
「学校に行きゃいいんじゃねえか? 柔道部か相撲部の奴つかまえて連れていきゃいいだろ」
「おう、天才だな」
アホのたくみが感心する。
二人はもう一度交番を訪ね、近くにある都立高校の場所を教えてもらい、そこへ向かうことにした。
件の学校は新宿三丁目にあった。校門には「関係者以外立ち入り禁止」と注意書きが掲示されていたが、知ったことではない。二人の無関係者は堂々と敷地内に入って行った。
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