第10話 名作

○ 門脇リコ・門脇ミコ 初日12時


 くるみと博がどうやって猫を探そうかと思案している頃、門脇リコと門脇ミコの姉妹ペアは、レンタルビデオショップを目指して足早に歩いていた。

 二人は最初のカードに、ブラウンカードを選択した。


【ターミネーター2のDVD】


 その文字がスクリーンの画面に映し出された時、ミコは首を傾げた。


「ターミネーターって何?」

「知らないの?」

「知らないんですか?」


 リコとリッキーが驚く。


「知らない」

「名作映画よ。シリーズの中でも2が一番面白いんだから」

「そうなんですよ。私は映画フリークですけど、トップ3に入りますね」


 リッキーが興奮しながら言う。


「誰が出てるの?」

「シュワちゃん」

「シュワちゃん? 誰それ?」

「あんたシュワちゃん知らないの? 信じられない」

「十八年も生きてきて、すべてのシュワちゃん作品を素通りしてきただなんて……」


 リッキーが信じられないといった表情で首を振る。

 シュワちゃん世代じゃない二十歳のわたしでも知ってるのに……。リコの気持ちは一瞬暗くなったが、よく考えるとそんなことはどうでもいいことだ。ミコがシュワちゃんを知っていようがいまいが、今後の二人に何か悪影響を及ぼすことなどないのだから。


 リッキーに「いってらっしゃい!」と送り出され、外へ出た二人は照りつける太陽の不快さに同時に顔をしかめた。


「DVDって、レンタルビデオショップで借りればいいよね」

「うん。あっちの大ガード下を抜けて真っ直ぐ進んだところに、確かMINEYAがあったはず」


 リコは遠くのほうを指さしながら答える。MINEYAはCDやDVDのレンタル、書籍やゲームソフトの販売などを行う複合量販店で、品揃えは抜群だ。


「会員カードは?」

「持ってる」


 リコは斜め掛けしたレザーのミニバッグをぽんと叩いた。会員カードは地元の青梅市の店舗で発行したものだが、MINEYAであれば全国どの店舗でも使用可能なので問題はない。


「オッケ。じゃ、いこ」


 二人はMINEYAに向けて歩き出した。


 二人がUKCへ応募したのは、妹カコの手術費用を捻出するためだった。現在中学三年生のカコは、数万人に一人しかかからないという難病に侵され、治療にはアメリカでの特殊な手術が必要とされている。しかしその費用は莫大であり、門脇家がどうにかできる額ではなかった。考えに考えた末、UKCで優勝して大金を手に入れることが唯一の手段だと結論づけた。


 二人は青梅市の実家で暮らしているが、母親は入院中の妹に付きっきりであるため、会社員のリコが家計を支えている。高校三年生のミコは隣町の雑貨屋でのアルバイトと、慣れない家事を積極的に手伝うことで、二十歳にして大黒柱となった姉をサポートしている。


 ミコは気が強く、たまにリコと衝突することもあったが、家族が困難な状況にある今、その気の強さはリコにとって頼もしさでしかなかった。UKCへの出場を提案したのもミコで、勝ち残れる自信がないと渋るリコを半ば強引に口説き落としたのだった。


 二人は、出場決定の連絡を受けたその日から何度も話し合い、「ほかのペアが難易度の高いカードに挑戦して失敗するのを待つ」という作戦を立てた。UKCは丸三日間かけて行われるが、三日目が終わるまでに最後のひとペアになった場合は、そのペアが優勝となる。それが姉妹の狙いだ。


 無理して難易度の高いお題に挑戦する必要はない。ブラウンでもひとつクリアすれば三百万円獲得できる。コツコツクリアしていけば最終的にはそれなりの金額になるはずで、妹の手術費用ならそれで十分だ。


 自分たちと同じ作戦で臨むペアもいるかもしれない。そうなると誰も脱落せずにダラダラと最終日までもつれ込んでしまう可能性がある。ただ何より警戒すべきなのは、高額賞金のカードを次々とクリアしながら残り続けるペアだ。そうなったら自分たちの立てた作戦では絶対に勝てない。

 その時の状況を見て作戦を変更する必要はあるかもしれない。けれどそれまではとりあえずほかのペアが勝手に自滅するのを待つだけだ。

 そんな棚ぼた作戦で臨む姉妹ペアが選んだブラウンカードのお題が【ターミネーター2のDVD】だった。


「でもその映画、ターミネーターだっけ? MINEYAに置いてるかな?」

「絶対にあるよ。名作だから」

「借りられてるかもしれないよ」

「その可能性はあるね。それなら別の店舗に行くしかないね」

「うわぁ、やだわぁ」


 ミコが唸るような声で言った。


「てか、そもそも青梅の田舎娘がなんで新宿のMINEYAの場所なんて知ってるのさ」


 さらっとミコが失礼なことを言う。


「働き始めてから新宿にはちょくちょく買い物に来てるからね」

「そうなんだ。知らなかった。生意気ねお姉ちゃん」


 何が生意気なんだ。わたしが新宿に来ていることがそれほど気にくわないのか。

 すえた臭いの漂う大ガード下を抜け、三分ほど進むとMINEYAに到着した。


 店内に入ると、一階は書籍フロアになっており、映画コーナーは二階だった。階段を上ったすぐそこに設置されている特設コーナーには新作映画や注目作品が並び、その隣には映画愛好者のレビューや評価が掲示されていた。

 棚に収められたDVDはかなり細かくジャンルごとに分かれており、静かなBGMが流れる中、二人は洋楽映画コーナーの『SF』の棚を探す。


「あった」


 探し始めてすぐに見つかった。リコがターミネーター2のDVDを手に取る。


「これがシュワちゃん? シブいね」


 横からミコが覗き込んでくる。

 そしてリコの手からDVDを取り上げ、まじまじとパッケージを眺めて「ありだな」と言った。

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