第7話 最初のカリモノ
くるみと博はスタッフに促されてパイプ椅子から立ち上がり、扉の裏に移動した。くるみの緊張はピークに達しようとしていた。全身がこわばり、膝が微かに震える。隣にいる博もそわそわと落ち着きがない。
たった今呼び込まれたヤンキーペアがリッキーに見送られたら、いよいよくるみたちの番だ。
くるみはもう一度モニターに視線をやった。ヤンキーペアの紹介映像が流れている。
金髪ピアスは金崎タイチ。赤茶色短髪は岩瀬たくみというらしい。共に二十一歳と若い。
「金崎さんは、喧嘩無双ということですが」
「おう、負けたことねえよ」
タイチが睨みつけるような表情でリッキーの問いに答える。
「なかなか根性ありそうですね」
「おう」
「優勝して大金を手に入れたら、何をしたいですか?」
「とりあえず、アメリカだな。アメリカに行く」
「アメリカンドリームってやつですね。アメリカで何をやるんですか?」
「まだ決めてねえよ。アメリカに行きゃなんとかなるだろ」
タイチがそう答えると、客席から野太い声で「夢みたいなこと言ってんじゃねえよ」と野次が飛ぶ。
「あ? 誰が言いやがったコラ!」
タイチがキレる。
「まあまあ、落ち着いて。喧嘩無双ってことなら、格闘技とか?」
「おう、それはアリだな。いいこと言うじゃんかおっさん」
「ありがとうございます。おっさんではなくリッキーですけど」
リッキーがおどけたような口調でどうでもいいことを訂正する。
「では、最初のカードは、何色を選びますか?」
「……レッドだ」
「レッド。セオリー通りですね」
「俺はゴールドかシルバーでいきたかったんだけどよ、こいつが一発目はレッドくらいがいいんじゃねえかって言うから、しょうがなくレッドだよ」
タイチがたくみを指さしながらそう言うと「根性なし!」とまた野次が飛ぶ。
「てめえこのやろう、ぶっ殺すぞ!」
タイチが吠える。こめかみに浮き出た血管が音を立てて切れそうだ。
客席に飛び込んでいきそうな勢いのタイチを、リッキーとたくみがなだめる。
落ち着きを取り戻したタイチが
【体重百キロ以上の人】
「体重百キロ? 楽勝だな」
二人は余裕の笑みを浮かべる。
「レッドでもクリアすれば一千万円ですからね。塵も積もれば何とやら! では、金崎・岩瀬ペア、いってらっしゃい!」
タイチとたくみが勢いよくスタジオから飛び出して行った。タイチは去り際に客席に向かって中指を立てた。
「では、最後のペアを呼び込みましょう。カモ~~ン!」
柿谷くるみ 24歳
柿谷博 60歳
スクリーンに柿谷親子の写真が映し出され、名前と年齢が表示される。紹介用に使用するので二人の写真を送ってくれと運営スタッフから連絡を受け、一枚ずつ送ったそれぞれの写真が使われている。
そこに、二人を紹介するナレーションが入る。二人が親子であることや四年ぶりに再会したこと、母親が亡くなっていること、くるみがキャバ嬢をやっていたことなど。
二人の情報は事前にリモート取材で提供したものだ。
紹介映像が終わり、くるみと博はステージ袖の扉から飛び出した。
盛大な拍手が二人を迎える。博は客席に向かってペコペコと頭を下げながら、リッキーのもとへと向かう。
「珍しいことに柿谷ペアは親子での参加ですが、お二人は長らく会っていなかったんですよね?」
「はい、そうです」
くるみが答える。
「その点、チームワークというのはどうなんでしょうか?」
「どう……なんでしょう。悪くはないと思いますが」
「お父様はどうでしょう」
「いや、まあ……悪くはないと、思います」
首を軽くひねりながら、くるみと同じことを言う。
「くるみさんは最近まで歌舞伎町のキャバ嬢だったそうですが、お父様はそのことについてどう思っていたんですか」
「あの、それは……今知りました」
「え? 知らなかったんですか?」
「はい……お恥ずかしい」
「なるほど、いろいろ事情がおありのようですね。くぅ~」
リッキーが泣くような仕草をする。
何がくぅ~なんだ。
「では、さっそくいっちゃいましょう。最初のカードは何色を選びますか?」
「レッドで」
「なぜレッドを?」
「最初なんで、あまり無理はしないほうがいいかなと」
「はい。セオリー通りですね」
くるみがKARIMOでレッドカードをタップする。
【猫】
「お題は猫です! にゃんとも可愛らしいお題だ。ここから先、いろいろあるかと思いますが、親子の固いキズナで乗り越えてくれるでしょう。では柿谷ペア、いってらっしゃい!」
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