第6話 開幕!

 スタジオの前に到着すると、預けていた荷物が返却された。

 扉を開けて中に足を踏み入れると目の前はステージ裏で、黒服のスタッフたちがせわしなく動き回っていた。

 出演者たちはMCが呼び込む順番でパイプ椅子に座らされた。その並びは申し込みの早い順とのことで、くるみと博のペアは最後だった。

 すぐそこには大きなモニターが設置されていて、スタジオ内の様子が映し出されていた。モニターを通じて、観客やスタッフの熱気が伝わってくる。

 前説のスタッフが拍手や声出しのレクチャーをしているが、観客はすでに興奮しきっていて、各々が盛り上がるばかりで誰も話を聞いていない。


 時刻が迫り、十一時を迎えた。

 CMでもお馴染みのUKCテーマ曲が爆音で鳴り響き、スタジオ内の照明が一斉に輝きだす。上下から大量の煙が噴射され、モニター画面が真っ白になる。スタジオを彩る豪華な演出に、くるみはモニター越しでも圧倒されてしまった。

 煙が晴れると同時に、真っ赤なタキシードに身を包んだMCのリッキー小野田が姿を現した。色とりどりのキラキラのラメがほどこされたタキシード、首にはピンクのストールのようなものを巻き、髪の毛は銀色に輝いている。さながら子供が自由気ままに飾り付けたクリスマスツリーのようだ。


「勝てば億万長者、負ければ強制労働二十年」


 リッキーが静かに口を開く。


「勝者になりたければ、知力、体力、人脈、すべてを限界まで使って借りまくれ」


 たっぷりと間を空け、鋭い眼光で正面を見据える。


「真のカリモノ王は誰だ! 記念すべき第三十回大会も、血沸き肉躍る熱き戦いを大いに期待しましょう! それでは、アルティメット・カリモノ・チャンピオンシップ、開幕です!」


 リッキーが高らかに宣言すると、客席からUKCコールが沸き起こる。

 UKC! UKC! UKC!

 ステージ裏のモニターで観ているくるみは、その熱狂ぶりを宗教のようだと感じた。


「さあ始まりました。第三十回UKC。今年は十年ぶりの東京開催となります。進行役はわたくしリッキー小野田がつとめます。どうぞよろしく!」


 リッキーがそう言って右手を上げると、盛大な拍手と歓声が起こる。


「UKCはシンプルなようでいて奥が深い競技です。今回は厳選した六ペア、十二人のカリモラーが参戦いたしますが、どのような戦いを見せてくれるのか、楽しみでなりません」

 

 リッキーが早口でまくし立てる。


「獲得した額にもよりますが、優勝すれば億万長者も夢ではありません。そしてその獲得賞金は、なんと非課税です!」


 なぜか客席から、非課税! 非課税! の大合唱が起きる。


「カリモラーはあなたのもとにもやって来るかもしれません。貸すも貸さないも、それはあなたの自由です。ただし応援しているカリモラーにお題のモノを持っていってあげるなどの行為はダメですよ。あなたもきつく罰せられますからね。ちなみにお借りしたものは大会終了後にスタッフがお返ししに行くので、どうぞご安心ください」


 リッキーがウインクしてみせた。UKCの二代目MCとして十年以上のキャリアを持ち、知名度も抜群ではあるがUKCのMC以外でメディアに登場することはなく、何から何まで謎のベールに包まれている男、それがリッキー小野田だ。


「そしてご存知と思いますが、UKCは賭けることもできます。二十歳以上の方であれば『借券』を購入できる公営ギャンブルなのです。観ている方にもお金持ちになれるチャンスはあります! 奮ってご参加ください!」


 リッキーが拳を突き上げた。呼応するように、観客も声を上げながら拳を突き上げる。

 そこへ突然、一体の着ぐるみが乱入してきた。


「ちょっとリッキー、早く僕を紹介してよ」 


 全身が黄色の恐竜のキャラクターで、中央に大きく「借」の文字があしらわれたTシャツを着ている。


「おっと、ごめんごめん。今呼ぼうとしてたんだよ。みなさん、このコは節目の三十回大会を記念して誕生したマスコットキャラクターのカリモンです」

「こんにちはー、カリモンでーす!」


 甲高い声でカリモンが挨拶した。


「ではカリモン、過酷な戦いに挑むカリモラーの皆様に、激励の言葉を送ってくれ」

「みんな頑張ってね! カリカリー!」


 それだけ言うと、小走りで去って行った。初めて見る恐竜のキャラクターに頑張れと言われて頑張ろうと思う人間がどれだけいるのだろう。


「オッケーありがとう! ではさっそく、出場するカリモラーの方々に登場していただきましょう!」


 いよいよ始まる。ステージ裏でモニター画面を注視していた出場者たちの間に、一気に緊張が走る。


「一組目はこのペアだ! カモ~~ン!」


 スタジオの大型スクリーンに、競技者ペアの紹介映像が流れだす。


片山大輔 52歳

片山緑  53歳


 低音ボイスのナレーションにより、簡単なプロフィール、応募した理由などが語られる。

 二人が夫婦であること、妻の緑がギャンブルにはまって莫大な借金を作ったこと、緑が旦那を強引に誘って応募したことなど。

 紹介ナレーションが終わると、電飾まみれの派手な扉が開いて、片山ペアがステージ中央へ飛び出す。


「片山ペアは、奥さんがギャンブルで作った大きな借金を返済するための参加ということですが」


 リッキーがマイクを向ける。


「返済するだけじゃダメよ。あたしは億万長者になるの」


 緑が胸を張る。鼻息も荒い。


「旦那さんは、意気込みのほうはどうでしょう」

「ええ、まあ、とりあえず頑張ってみようかと」


 小さな声で大輔が答える。


「奥さんがギャンブルで大借金を作ったあげく、強引にUKCに出場させられたわけですよね? いやはや気の毒な旦那さんもいたものです」


 リッキーがいかにも気の毒だといった表情で首を左右に振る。


「それでは記念すべき最初のカードを選んでいただきましょう。KARIMOカリモをご用意ください」


 緑がバッグの中から端末を取り出す。


「では、何色にしますか?」

「グリーンよ」

「グリーン! なんと、いきなり五千万円のグリーンを選びますか」


 緑の強気な選択に、どっと観客が盛り上がる。


「ちょ、緑ちゃん、グリーンって、けっこう難しいんじゃ……」


 大輔が慌てる。


「あれ、旦那さんはグリーンを選ぶのを知らなかったんですか?」


 リッキーが目を見開く。

 これまでの言動でわかるように、片山ペアは話し合いで物事を決めるようなおしどり夫婦ではない。


「うるさいわね。こういうのは最初が肝心なのよ。最初から攻めの姿勢でいかなきゃダメなのよ。それがギャンブルで培ったあたしの勝負哲学よ」

「その勝負哲学で借金を背負ったんじゃないか」


 大輔が嫌味を言うが、緑はまったく意に介さない。

 緑がKARIMOの画面をタップする。


 KARIMOの画面は連動している後方の大型スクリーンにも映し出されており、スクリーン上の緑色のカードがくるりとめくれる。

 カードの裏面に記された、借りてこなければいけない〝モノ〟が現れる。


【信楽焼のたぬきの置物(高さ130㎝以上)】


 お題が示されると同時に、ドドンという大きな和太鼓の音がスタジオに響き渡った。


「出ました。片山ペアへのお題は、信楽焼のたぬきの置物です!」

「は? 何よ、このふざけたお題は」

「高さ百三十センチ以上ですからね、けっこうな大さですよ。こりゃなかなか大変だ」

「何よあんた、他人事だと思っておもしろがっちゃって」

「ええ。他人事なんで、楽しくて仕方がないです!」


 リッキーが真っ白い歯を見せながらニカッと笑う。


「二人のチームワーク、期待してますよ。では片山ペア、いってらっしゃい!」


 緑はリッキーの態度に不満を抱いた様子で、ぶつぶつと何事かを呟きながらスタジオを出て行った。その後ろをひょこひょこと頼りない足取りで追う大輔の背中を、すれ違いざまにカリモンがバシッと叩いた。

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