第5話 ルール説明
全員が身体検査から戻って来て五分ほどが過ぎた頃、チンパンジー顔の向井が書類を抱えて部屋に入ってきた。
「皆さん、改めまして、記念すべき第三十回大会へのご参加、まことにありがとうございます。招待メールと一緒にルールを記載したファイルも添付しましたが、もう一度ここでルールについてご説明させていただきます」
くるみは二本目のオレンジジュースにストローをさして、チュっと吸った。ルールについてはパソコン画面に穴が空くほど読み込んだが、ここでももう一度真剣に聴いておこうと思った。
「UKCはいわゆる借り物競争です。お題として出された〝モノ〟をどこかから借りてきて、それが認められたらクリアとなります。チェックポイントはここスタジオマルタです。スタジオにいるMCのリッキー小野田さんのもとへ持ってきたモノを調べて判定するということです」
向井はそこで言葉を切って、大きく息を吸い込み、再び喋り始める。
「お題はカラーにより難易度と獲得賞金額が異なります。ゴールドが三億円、シルバーが一億三千万円、グリーンが五千万円、レッドが一千万円、ブラウンが三百万円です。カラーは任意で選べますが、一度選んだら変更はできません。
ひとつのお題につき制限時間は五時間です。時間切れとなった場合、または持ってきたモノが認められなかった場合はクリアならずということで、二人のうちどちらかを失格者として選んでください。失格者は連行され、強制労働二十年が課せられます。二人とも失格となった場合はペア消滅となります」
強制労働二十……。改めて聞くと、重すぎる罰だと感じる。「それある意味、死ぬよりツライいじゃん!」と凜が言っていたのもうなずける。
「制限時間は五時間と言いましたが、一時間二千万円で買うこともできますので、二千万円以上の獲得賞金がある場合は時間切れになりそうな時に時間を買うことも可能です。また、一億円を払えばひとペア一回限りですが、失格を取り消すこともできます」
向井はひとつ咳ばらいをして、指先をペロリとなめてから書類をめくる。
「UKCは三日間、七十二時間の勝負です。七十二時間後に獲得金額が多いペアが優勝となり、その金額を賞金として手にすることができます。七十二時間が経過する前にラスト一組となった場合は、その時点でそのペアが優勝となります」
「七十二時間後まで残ったけど優勝できなかった奴はどうなるんだよ」
金髪ピアスのパートナーである赤茶色ヘアーが口をはさんだ。事前に送られてきたルールファイルはろくに読んでいないのだろう。
「優勝者以外は失格となりますので、その場合も強制労働二十年です」
向井が無表情のまま答える。赤茶色ヘアーは、上等だよ、とだけ言った。
「続いて禁止事項について説明します。お題である〝モノ〟を購入するのはダメですし、お金を払って借りるのもダメです。あくまでお願いして借りてください。もちろん無理やり奪ったり、暴力行為なども禁止です。違反した場合は即失格となります。ほかの人に協力してもらうのも禁止ですので、誰かにモノを持ってきてもらったり、運ぶのを手伝ってもらうのもダメです」
向井の淀みない説明が続く。
この人は毎年この説明を担当しているのだろうか? 給料はどの程度もらっているのだろうか? そんなことを考えながら、くるみが残りわずかとなったオレンジジュースをすする。ズズッという音が小さく響いた。
「それと、インターネットを使うのも禁止です。誰かにスマートフォンやパソコンでモノがある場所を調べてもらうのはもちろん、自身でホテルや図書館、漫画喫茶などのパソコンで調べる行為も認められません。また、お題のモノを持っている人を、誰かから直接紹介してもらうのも禁止です。よくやりがちな違反行為なので注意してくださいね。我々運営は、あらゆる手段を用いて監視しています。不正をすると絶対にバレますのでお気をつけください」
向井は書類から目を離し、参加者に視線をやった。ひと呼吸置いてから、再び口を開く。
「ただし、貸し出しサービスの利用はオッケーです。また、自身の所有物は認められますので、例えば自宅にそれがある場合は取りに行ってもらってもかまいません」
向井は脇で控えているスタッフに目配せをした。スタッフの男は大きな銀色のケースをテーブルの上に置いた。ダイヤル式の鍵を解錠してケースが開けられる。
「では、大会中に使用する端末を支給します」
一人ずつ名前が呼ばれ、端末が手渡される。
くるみは手にした端末をじっくりと観察した。スマートフォンよりやや大きい黒い端末は、見た目もほぼスマートフォンで、持ち運ぶのに邪魔になりそうなものではなかった。
「こちらの端末は
生放送の番組内では午後九時に獲得賞金の途中経過が発表されますが、その情報はKARIMOにも送られてくるので、放送を見逃してもそちらで確認できます。そしてKARIMOを宿泊施設で提示すると、宿泊費が無料となる特典もあります。どの宿泊施設でも無料となるので、宿泊する際は忘れずに利用してくださいね」
「無料になるの? それはいいわね」
お騒がせおばさんが大きな声で言った。思ったことを何でも口に出すタイプのようだ。
「なお、こちらはひとペアに一台しか支給しませんので、失くしたり壊したりしないよう気をつけてください」
くるみは覗き込むように端末を見ていた博にそれを渡した。博は裏表をさっと確認すると、すぐにくるみに戻した。
「次にですね、こちらの腕輪を装着してもらいます。左右どちらの腕でもかまわないので出してください」
向井がそう言うと、二名のスタッフは出場者全員の腕に金属製の装具をはめて回った。くるみの手首にも静かに装着される。ひんやりと冷たい感触が、腕から背中へと抜けていった。
「これは特別な腕輪で、電流が流れる仕組みとなっています。失格となった方が逃げようとしたり、連行の際に暴れたりした場合のみ電流を流します」
無表情だった向井が、初めてニヤリと笑ったような気がした。この腕輪は、お前たちの抵抗など意味がないぞという、厳然たる警告だ。
隣では博が、腕輪をはめた手首をぶるぶると振っている。博の身体に電流が流れている場面が頭に浮かび、くるみは思わず顔をしかめた。
「それとですね、生中継と不正防止のため、大会中はひとペアにつき二台、昆虫型カメラ『DB』がぴったりとくっついて撮影させていただきます。食事中はもちろんホテルの部屋内も撮影させていただきますのでご了承ください」
「何よそれ! そんなプライベートシーンまで全国に流されるなんて冗談じゃないわよ」
またおばさんが吠えた。パートナーのおじさんはもうなだめようともしない。
「いえ、ホテルの部屋やトイレ、入浴など極めてプライベートな部分は放送いたしません。そこは運営側が監視をするのみです」
「運営は観てるってことじゃないの。いやねえ、悪用しないでよ」
「てめえのプライベートシーンなんて悪用のしようがねえだろうが」
金髪ピアスが悪意のツッコミを入れる。おばさんも言い返し、また小競り合いが始まった。
行動のすべてを観られるのは確かに悪趣味だとは思うが、競技の過酷さを考えると、そんなことは取るに足らないことだ。
「ちなみにDBとは、ドローン・ビートルの略で、ドローン・ビートルとは英語でカナブンのことです」
「どうでもいいわよそんなこと」
おばさんが茶々を入れる。向井はまったく動じず、話を続ける。
「ルールはKARIMOでいつでも確認できますので、迷ったらそちらで確認してください。説明は以上となります。何か質問がある方はどうぞ」
「強制労働ってさあ、何をするのさ」
おばさんが質問した。もはや学級委員長のような存在感だ。
「具体的なことは言えませんが、世のため人のためになるような作業を、地道にやってもらいます」
向井の言葉に、誰も反応しなかった。それぞれがその内容を想像しているのだろう。二十年の地道な作業……それは地獄のような日々に違いない。
「オープニングについては台本をお配りしますので、そちらを確認してください。難しいことは何もありません。ひとペアずつMCのリッキー小野田さんが呼び込むので、呼ばれたらステージ中央に飛び出してください」
「リハーサルはないの?」
ここまで目立った言動がなかった、三十歳くらいの女が質問した。
「ありません。新鮮さが大事なんで。MCとも本番でいきなり対面して喋ってもらいます。オープニングでさっそくカードを選んでいただくので、事前にどの色のカードを選ぶかだけは決めておいてくださいね」
それでは本番スタートまでしばらくお待ちください、と言って向井が退室した。
残った二人のスタッフに監視される中、それぞれのペアは台本を読んだり、オープニングのカードの色を決めるための話し合いなどをしながら、その時を待った。
博が緊張のためか、何度もトイレに行った。
くるみの緊張感も徐々に高まっていく。
少し怖くなってきた。今逃げ出したらどうなるのだろう。失格となり、連行されるのだろうか。
くるみは不安の波を乗り越えるために、深呼吸を繰り返した。
「ちょっと、トイレ」
博がまたトイレに行ったが、すぐに戻って来て、何も出なかったと言った。
本番十五分前。向井が再び姿を見せた。
「では皆さん、移動しましょう」
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