第4話 検査

 十二人の出場者たちは、スタッフに案内されてエレベーターで六階へ移動した。


「どうぞ、ここが控室になります」


 重厚な扉が開かれ、中へ入る。

 部屋は広く、五つの長机が整然と配置され、後方のテーブルにはケータリングが並べられていた。スナック菓子やサンドイッチ、おにぎりのほか、水やジュースなどの飲み物まで用意されている。

 さらには『借りんとう』という、UKCオリジナルのお菓子もあった。


 ここまで案内を担当したスタッフが出ていったかと思うと、新たに三人の男性スタッフが入室してきた。


「どうも、向井です。ここから競技スタートまで皆さまをサポートさせていただきます」


 チンパンジーのような顔をした短髪の男が挨拶した。


「ではまず、本人確認のために身分証を見せていただき、そのあと出場同意書にサインをお願いします」


 向井に言われ、一人ずつ身分証を見せる。くるみと博は免許証を提示した。

 出場同意書は、細かい文字が書かれた十ページにも及ぶものだったが、適当に読み飛ばしてさっさと署名した。

 先ほどひと悶着起こした中年のおばさんは「意味わかんない。何これ、面倒くさいわねえ」と大声で文句を言っていた。


「続いて荷物検査のために、所持品をすべて預からせていただきます。荷物は最低限の物しか携帯してはいけませんので、一旦預かって確認させていただき、本番前にお返し致します」


 荷物は財布や免許証、ティッシュやハンカチ、替えの下着や衣類、持病の薬など、許可されたアイテムだけが所持を許される。

 事前に送られてきた案内メールに、所持が可能なものについても書かれていたため、くるみは余計なものは何も持ってきてはいなかった。博にもメールを転送しておいたので、博の荷物も問題はないはずだ。


「携帯電話も預かりますので、そちらもお渡しください。携帯のほうは大会終了後にお返しします」


 携帯電話を没収するのは、SNSで協力を呼び掛けたり、ネット検索をしてお題として出された【モノ】がどこにあるかを簡単に調べられたりするのを防ぐためだ。このルールにより、競技の過酷さが何倍にも増すのは間違いない。

 参加者は携帯電話を含め、バッグや紙袋など、所持しているものをスタッフに預け、番号札を受け取った。


 次に身体検査を行うため、場所を移動した。部屋は男女別々で、くるみはほかの四人の女性参加者と共に検査部屋の前の椅子に腰かけて順番を待った。


「柿谷くるみさん、どうぞ」


 名前を呼ばれて部屋に入る。真っ白い服を着た女性スタッフが二名いた。

 片面が鏡で覆われたその部屋は、かつてテレビでよく見た、アイドルがダンス練習を行うレッスンルームのような雰囲気だった。蛍光灯の光があまりにも強烈で、くるみは思わず顔をしかめた。


 入室してすぐ、着ているものを脱ぐように命じられた。鏡に映った自分の全裸姿をぼんやりと眺めていると、スタッフの一人に尻の割れ目をまさぐられた。不思議と恥ずかしいという感情は湧かなかった。

 肛門や膣に指を突っ込まれるのではないかという不安が漂うが、幸いそれほど過激な行為は行われなかった。

 その後、束ねて後頭部でまとめていたくるみの髪が解かれ、手を入れられて慎重にチェックされた。


「ここまでするんですね」


 くるみが独り言のように呟くと、


「髪の毛の中にスマホとかを隠す人がいるので」


 スタッフの女性は何の感情もこもっていない声で答えた。


 脱いだ衣類も入念に調べられた。ポケットの中はもちろん、衣類に何かを縫い込んでいないかまで。

 まるで犯罪者のようだ。女の囚人だけが入る刑務所に入所する際はこんな感じじゃなかったっけ? かつて観たドキュメンタリー番組の映像がおぼろげに頭に浮かぶ。


 それにしても、わざわざ全裸になる必要があるのだろうか? とくるみは疑問に思う。しかし、厳粛な雰囲気のなかでその問いを口にすることはできず、ただ黙って検査を受けるしかなかった。


 くるみは身体検査を終えて、控室に戻った。

 全員が戻ってくるまで待機とのことなので、くるみはケイタリングを食べながら待つことにした。サンドイッチと紙パックのオレンジジュースを手に取る。緊張のせいなのか、ほとんど味を感じない。

 そこへ、検査を終えた博が戻ってきた。


「いやあ、まいったよ。素っ裸にさせられちゃって、恥ずかしいったらなかったよ」


 顔を赤らめながら博が言う。男性参加者のほうも、女性の身体検査と同じようなことが行われたようだ。

 博は小腹がすいたと言って、ケイタリングコーナーからUKCオリジナルの『借りんとう』なるお菓子を手に取ってかじり始めた。


「なんだ、普通のかりんとうじゃないか」


 がっかりした表情を浮かべながらも、美味しいは美味しいけど、と言った。


「お父さん、緊張してる?」

「え? うん。うきうきイブニングを放送してるあのマルタにいるかと思うと、そりゃ緊張するよ。毎日観てるからね」


 UKCの本番スタートが間近に迫る中で緊張感はないのか尋ねたつもりだったが、博の緊張は別のところからきているようだ。


「ねえあんた、モン太の楽屋ってどこなのよ」


 突然大きな声がして視線をやると、中年のおばさんがスタッフに詰め寄っていた。


「いるんでしょ、モン太。あたし役者時代からのファンなのよ。サインもらいたいんだけど」

「いえ、UKCが行われている間はうきうきイブニングの放送はないので、春日さんも今日は来ていません」

「えっ、そうなの? 聞いてないわよ、聞いてないわよあたし」


 おばさんに理不尽に詰め寄られても、若い男性スタッフは「いないものはいませんので」と淡々と対応する。


「ったく、しょうがないわね。じゃああんた、今度会った時でいいから、なかなかいい司会者になったわねって伝えておいて」


 スタッフは無表情のまま、はあ、と曖昧に返事をした。


「うるせえんだよオバハン。関係ないことでごちゃごちゃとよ」


 金髪ピアスが吠えた。


「あん? このガキ、もういっぺん言ってみなさいよ」


 素早く振り返ったおばさんが、応戦する。


「やめなって緑ちゃん。喧嘩してる場合じゃないでしょ、ね」


 パートナーのおじさんがなだめる。おそらく旦那さんなのだろうが、何が楽しくてあのおばさんと結婚したのだろうと、くるみは不思議に思った。

 金髪ピアスはおばさんに向かって中指を立てた後、なぜかくるみたちのほうに近づいて来た。


「あんたら、もしかして親子?」


 くるみと博を交互に指さしながら言う。


「うん」


 くるみが答えると、金髪ピアスは驚きの表情を浮かべながら、


「マジかよ。どんだけ仲良し親子なんだよ」


 とあざけるように笑った。


「なんのために金が欲しいの?」

「……あなたにそれを言う必要ある?」

「勝ち残る自信あんの?」

「あるから来てるんでしょ」

「ほお、見かけによらず強気だねえ」


 金髪ピアスがニヤつきながら言った。

 くるみは自信があると口にしたが、心の奥底では、自分の実力や競争相手との差に対する不安が渦巻いていた。


「まあおっさん、せいぜい娘の足引っ張んないように頑張れよ」


 言葉には冗談のような軽さが込められていたが、その裏にはライバルに対する敵対心が込められているのを、くるみははっきりと感じた。


「ええまあ、頑張ります」


 博はへこへこと頭を下げた。

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