第3話 集合

 本番当日。新宿駅前は多くの人々が行き交い、慌ただしい雰囲気が漂っていた。くるみは約束の時間よりも少し早く到着したが、博の姿はすでにそこにあった。


「お父さん」


 後ろから声をかける。


「おお、くるみ」


 振り向いた博は笑顔で手を挙げて、おはようと言った。

 博の額にはじんわりと汗が滲んでいる。


「新宿は初めて来たけど、まったくすごい人だな」


 博はキョロキョロと周囲を見回す。

 先月まで歌舞伎町のキャバクラで働いていたくるみには見慣れた光景だが、多種多様な人たちでごった返す新宿の独特な雰囲気は、今でも好きにはなれない。


「じゃ、いこっか」


 歩いて二分ほどで、新宿マルタに到着した。

 七階建ての新宿マルタの各階にはマスコミ関係の会社が入っていて、さながら小さなテレビ局といった雰囲気だ。この新宿マルタの七階にスタジオマルタがある。テレビ番組の収録やCM撮影などを行う多目的スタジオで、UKCの生中継もここが拠点となって行われる。


 日本国民にはお昼の生放送番組『春日モン太のうきうきイブニング』でお馴染みの場所だ。

 春日モン太は俳優から転身したベテラン司会者で、老若男女問わず人気が高く、くるみも小さい頃から生活の一部として当たり前のようにその番組を観ていた。


 新宿マルタに入ると、エントランスの中央に『UKCの出場者はこちら』と書かれたプラカードを持ったスタッフが立っていた。


「あの、UKCの出場者なんですけど」


 くるみが声をかけると、


「はい。おはようございます。招待メールを確認させていただけますか」


 若い男性スタッフが笑顔で対応する。

 くるみはスマートフォンをタップし、招待メールを表示した画面を見せた。


「ありがとうございます。皆さんが揃うまで少しお待ちください」


 周りを見ると、三組のペアがいた。

 一組は中年男性と三十歳くらいの女性のペア。もう一組は二十歳くらいの女性ペア。もう一組は生気のまったく感じられない二十代の男性ペア。

 しばらく待っていると、集合時間である八時ギリギリになって若い男性ペアがやって来た。

 一人はサラサラの金髪で片耳に複数の輪っかのピアスを付けた、異様に目つきが鋭い男。もう一人は短髪を赤茶色に染めた目の細い男。

 絶対に仲良くなりたくないタイプだ、とくるみは直感的に思った。

 集合時間の九時を迎え、さらに五分が経過した。


「おい、もう時間過ぎてんだろ。移動しねえのかよ」


 金髪ピアスがスタッフに言った。


「すみません。あと一組、まだ来てないんです」

「あ? まだ来てないだと? 失格にしろよそんな奴は」


 金髪ピアスが険しい顔で詰め寄る。男性スタッフはおののきながら、すみませんすみません、と何度も頭を下げる。


 あと一組来るということは、今回の参加者は六組ということか。どういう基準で選んでいるのかわからないが、おそらく応募書類と写真を見て、いろいろなタイプをピックアップしているのだろう。ひょっとして私は美人枠? こういうのは綺麗どころが一人はいないと絵にならないから。

 などとくるみが勝手な推測をしていると、何やらわーわーと喚きながら、男女の二人組がこちらに向かって歩いて来る。


「まったく、あんたがトロいせいで」


 中年のおばさんが言った。


「だから、僕のせいじゃないって」


 中年のおじさんが言い返す。


「片山さんですか?」と、スタッフが尋ねた。

「そうよ。この人がトロいせいで遅れちゃったわ」

「僕のせいじゃないんですけどね。でも、すみません」


 おじさんのほうはかなり気弱な性格なのか、ずっとオドオドしている。


「では、全員揃いましたので、まいりましょうか」


 スタッフが誘導しようとしたその時、


「おい、お前ら、人を待たせといて、詫びのひと言もねえのかよ」


 金髪ピアスが文句を言った。


「は? たかが五分遅れたくらいでピーピー言わないでよ」

「なんだとてめえ」


 金髪ピアスがドスの効いた声すごむ。


「なめてんじゃねーぞコラ」

「何よ、そんなんでビビると思ってんの。バカじゃないの」


 喧嘩慣れしていそうなヤンキー相手に、中年おばさんも負けてはいない。


「ちょちょ、緑ちゃんダメだって」


 慌てておじさんが割って入る。


「落ち着いてください。ここで問題を起こすと出場取り消しになってしまうかもしれませんよ」


 スタッフも二人を必死になだめようとする。


「どうも、すみません……ご迷惑おかけしました」


 おじさんは金髪ピアスに向かって頭を下げた。

 金髪ピアスはクソが、と言って舌打ちした。

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