桐箱

遅筆丸

桐箱

裕福とも貧しいとも言えないようなごくありふれた、この年季の入った家の長らく開けられていないと見える押し入れには、高校生になる卓也たくやの小学校時代に描いた絵やら粘土作品やらがまるで豪商の蔵であるかのように所狭しと詰められている。

 昔、この押し入れに幼稚園で使っていた水筒と早生まれで背の小さい卓也の写る小学校入学式の集合写真が挟まったアルバムしか置いていなかったくらいの頃、いつものごとく押し入れに入って遊んでいた卓也は、ふとその暗い中に見たことのない木箱が置かれているのを見たことがある。取り出して見ると祝品いわいものか何かの高級そうな桐箱で、不自然に厳重に縛られている。開けてはいけない感じがして、しかし好奇心の勝った卓也は、桐箱を持っていって母に箱の中身を聞いた。母は一瞬、意外そうな顔をして

「この箱は絶対に開けちゃだめだよ。この箱にはおばけが入ってて、開けたらおばけが出るからね」

と子供だましにごまかされた記憶がある。その後一週間くらいは幼い卓也は箱が気になって、おばけを恐れて取り出しはしなかったもののあれこれと母に質問して困らせていたが、ある時母が少しいつもと違うこと(何を言っていたかは覚えていないが)を言ったのを聞いて妙に納得し、それ以降あの桐箱のことは特に卓也の記憶に残ることもなかった。

 中学一年の時に出世を前に働き詰めていた卓也の父が体調を崩し、そのままあっさりと逝ってしまった。父の死ぬ前、母は一度箱のことを父と話していた。やはりあの桐箱には重要なものが入っていると卓也は感じ、幼い頃のそれとは微妙に違う好奇心によってまた桐箱のことを気に留めるようになった。

 家に母と卓也の二人だけが暮らすようになったものの、母は親戚の縁もあって良い仕事にありつくことができ、父の貯金なども相まって特段不自由な生活になったわけではなかった。学校が午前中授業で卓也が昼頃に帰ってきたとき、母は仕事に出ていなかった。ふと卓也は桐箱のことが気になり、押し入れを開けてみた。しかし押し入れはすでに家族の過去でいっぱいで、とても押入れのものを全部出して取り出すには時間も気力も足りず、しずかに押し入れの扉を閉めた。

 

 中学を卒業し、四月まで休みとなった今日、偶然にも母は遅く帰る日で、かつ卓也は久々に早起きした。寝起きのままおもむろに押し入れを開ける。今日ほどすべての条件が揃った日はない。卓也は押し入れのものを次々と取り出す。と、意外にもすぐに、中学の卒業写真が入ったアルバムの下に桐箱を見つけた。緊張と興奮に手汗をかきながら桐箱にそっと触れる。

 取り出した箱の紐を丁寧にほどいて開けてみると、大量の紙が入っていた。洋封筒に入れられたそれら一つ一つは手紙のようで、一番上の、新しいものにはついこの間の日付が入れられている。

 すべて出すと全部で27の手紙があった。

 手紙の宛先はすべて卓也だった。

 にわかに震える手でその中の一通を取り出すと、見慣れた母の字があった。古いものには父らしい字の手紙もあった。

 手紙は「誕生日おめでとう」で始まっていた。少しの沈黙の後、卓也はそっと手紙を箱に戻し、少し苦戦しながら紐を縛り、元あった場所に入れ戻して押し入れを閉めた。

 卓也は昔母の言っていたことを思い出した。

「箱は、その人にとって大切なものを大切に置いておくためのものなのよ。」

 静かに食卓についた卓也は、用意されていたすっかり冷めた朝ごはんを無言で掻き込んだ。

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桐箱 遅筆丸 @ponshi8282

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