第3話 安息の地....それとも

「あれ、私ったら倒れてた....?」


 ミヤコがうっすらと目を開けると、知らない天井が見えた、どうやら誰かに助けられたようだ。


「あっ、目を覚ましたんですね! あなた、千来山の山道近くで倒れていたんですよ」


 傍らから何者かの声が聞こえた、ミヤコは訝しげな様子ながら声の主を見つめた。


「あなたは....」


「ええと申し遅れました、あたしは千種 イサラ、この旅館、神尾館の一人娘です」


 イサラと名乗った少女は、和服姿の美しくも可愛らしい少女であった。


「ありがとうございます、私は闇さ....ッ!」


 ミヤコは礼を言おうと自らの名前を言いかけたのだが、自分が大々的に報道されている闇崎ミヤコだとバレる可能性があったので言葉をすんでのところで飲み込んだ。


「やみさ....? なんて言ったんですか?」


 イサラは不思議そうな顔をする、疑念を抱かせるのはまずいと思い、ミヤコは咄嗟に偽名を名乗った。


「私の名前は闇里 ミチルです、ちょっと親とケンカして家出したらこんなところまで来ちゃって....本当に助かりました。


 幸い今の時点ではイサラの顔写真などは公開されていないので、容易に欺くことが出来たようだ。


「家出ですか....余計な詮索はしないのでミチルさんがよければしばらくこの旅館に居てもいいですよ、あたしの両親にも話を通しておきますから」


 なんと、憔悴しきっていたミヤコの様子を見かねたのか、彼女はしばらくの間ここに泊めてくれるというのだ。


「え、いいんですか!? 私みたいなよく分からない人を泊めてくれるなんて....」


 潜伏場所を容易に手に入れられたと思ったが、イサラに素性を偽っている手前、ここまで世話になるのは少々心苦しかったのだ。


「遠慮はしなくていいですよ、ウチはこれでもかなり儲かっていますんでっ!」


 自信満々に言うイサラの表情は輝いて見えた。


 その日からミヤコは正体を隠しながら神尾館に泊めてもらうことになった。

 潜伏生活を覚悟した時には想像すらしていなかった暖かいご飯、ふかふかの布団、ミヤコは安息の地を得られたと確信していた。


「やっぱり私って風呂好きなのかな」


 ミヤコは神尾館にある温泉に浸かっていた。

 前からそうだ、ミヤコは心労を癒す時は風呂に入ることが多いのだ。


 熱いお湯で幸せを噛み締めていると、背後からペタペタと足音が聞こえる。

 振り向くとそこに立っていたのはイサラだった。


「あの〜ミチルさん、あたしもご一緒しても大丈夫ですか....?」


 彼女はタオル一枚を巻いた無防備な状態で、その大きな双丘が顕になりそうになっていた。


(いやデカッ....あの着物のどこに隠す場所が....)


 普段は潰しているのか、着痩せするタイプなのかは分からずじまいであった。



 ミヤコが泊めてもらうようになってから四日後、完全に油断しきっていた事が仇となる出来事が起こってしまう。


 客室で目覚めたミヤコ、彼女は幸せと呼べる時間を過ごしていた。


「....ふぁぁ....布団....気持ちいい....ああ出たくないよぉ」


 布団に包まれながら、テレビのリモコンに手を伸ばし、スイッチを押す。

 映し出された映像を見て、彼女は一気に現実に引き戻されることとなる。


「.....ッ....私の家....」


 なんとミヤコの自宅には大勢のマスコミが詰めかけている映像が映し出されていたのだ、両親は閉じこもっているのか、映像には一切映っていないようだ。


『容疑者の逃亡から四日が過ぎた現在も、闇崎ミヤコの確保には至っていないようです、警察も千来市全域を捜索していますが依然として手がかりが見つからず、堕落少女ダークネス対策課の捜査官に出動要請を出したことも明らかにしており.....』


 ミヤコが思っていた以上に世間は彼女を追い詰め始めていた。


「そうだった、浮かれてちゃダメだよね....私は追われる身だし」


 誰にも聞こえないような声でボソッと呟くと、背後から急に声がかかった。


「おはようございますミチルさん、あれ何見てるんですか? ....あぁ怖い事件ですよね、魔法少女が仲間の妖精さんを殺して町を逃げ回ってるなんて....」


 青ざめた顔をするミヤコの元にイサラがやってきた、どうやら朝食なので呼びに来たらしい。


 その後、イサラや彼女の両親と共に朝食を摂ったミヤコだったのだが、妙に喉を通らなかった。

 昨日も、一昨日も同じ朝食を食べたはずなのにだ、明らかに先程の報道を見てしまった事が原因であるのは明白であった。


 ――同刻


 堕落少女ダークネス対策課の捜査官であるダニエルとヒーリスは、ミヤコの住む地方都市、千来市へと降り立っていた。


「ようやく着いたな、おいヒーリス....大丈夫か?」


「う、うぷっ....何時間も電車に揺られてちょっと吐き気が....」


 ヒーリスは非常に乗り物酔いしやすい体質である、今回も例に漏れず、吐き気を催していた。


「しょうがないな、ほらあそこの隅っこで済ませてこい」


「すみませんセンパイ....ううっ....おええ」


 数分後、草むらの隅っこで吐き散らかしたヒーリスが戻ってきた。


「ヒーリス・メイソン復活です! では行きますよセンパイっ!」


 先程までぐったりしていたヒーリスは、まるで別人かのようにハイテンションであった。


「まずは現地の警察から話を聞く、そこのミグドで三十分後に合流予定だ」


 ダニエルが指を指したのは、有名ファストフード店、ミグドであった。


「なんでここなんですか....? こういうシチュエーションってオシャレな喫茶店と相場が決まっているのに....」


 ヒーリスは文句を言っていたが、渋々着いてきてくれた。


(さて、何も頼まない訳にはいかないからとりあえずコーヒーを....って、え!?)


 ヒーリスは、ちゃっかりポテトフライを購入していた。


「おいヒーリス、目的を忘れていないか?」


 こういうところで浮かれるのはいいが、ヒーリスにはもう少し捜査官という立場を自覚して欲しいもんだ。


 彼女のミスは多くも、戦闘者としての実力はかなりの物であった。


 しばらくすると、若い男性がやってきた、どうやらその人こそ今回、情報を提供してくれる警官のようだ。


「初めまして、俺は堕落少女ダークネス対策課のダニエル・エドワーズ捜査官だ」


「私も同じく対策課のヒーリス・メイソン捜査官です」


 ダニエルが淡々と答えると、それにならってヒーリスも当然かのように名乗った。


「遠路はるばる東京からご苦労さまです、松崎です、では急ですが本題に入りますね」


「構わない」


松崎と名乗った警官は、単刀直入に告げてきた。


「闇崎ミヤコの居場所についてはほとんど分かっていません、しかしこの町には、彼女以外にも魔法少女がいます、何かしらの手がかりを持っているかもしれないですね」


 警官は千来市全体が描かれた地図の1箇所をペンで丸く囲った。


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