第4話 幻影の領域

 松崎と名乗る警官が、地図に丸印を付けた場所は千来山という市の郊外に聳え立つ山であった。


「山....そんなところに魔法少女がいるのか、そいつの名前は?」


 ダニエルは職業柄、魔法少女と接する事が多いので、名前を聞けば誰だか分かると思っていたのだが。


「魔法少女セイリュウ、それが彼女の名前です、本名は調べても分かりませんでしたが....」


 セイリュウという魔法少女に聞き覚えはなかった。


「セイリュウ....聞いた事がないな」


「センパイが分からないのなら私にも分かりませんっ!」


 さも当然かのようにいけしゃあしゃあと口を開くヒーリス。


(こいつ....)


「魔法少女ミャーコが活動し始めたのと同時に、彼女の存在が確認されています、恐らく殺されたイヴァース氏が闇崎ミヤコ以外にも千来市で魔法少女の勧誘を行っていたということでしょう」


「なるほどな....それだけ分かれば十分だ、おいヒーリス、早く千来山へ向かうぞ」


「ちょ、ちょっとセンパイっ!? まだ聞かなくていいんですか?」


 予定よりも大幅に話を切り上げようとするダニエルを制止するヒーリスだったが彼はそれを一蹴する。


「闇崎ミヤコの情報がないならこれ以上聞く価値はないからな、手がかりがあるとすればセイリュウとやらがいる千来山だ」


「はぁ、分かりましたよ、松崎さんすみません....お忙しい中せっかく来ていただいたのに」


 ヒーリスは松崎に頭を下げる。

 彼女はミスは多いがこういうケジメはしっかりと取ることが出来る人間であった。


「いえいえ大丈夫ですよ、頑張ってくださいね」


 そしてファストフード店を後にした二人であった。


「センパイ、本当に大丈夫なんですか? こんな捜査のやり方で....」


「なんだ今更、容疑者の行方が分からないのなら、近しい立場の人間に接触した方がいいだろう? それに俺の勘が告げている、これが最適解だってな」


 魔法少女セイリュウが、ミヤコの行方に繋がるという根拠などどこにもなかった、しかしこのダニエルという青年、勘が異常に優れていたのだ。



 ――同刻


 ミヤコは先程の報道が頭から離れず、どこか落ち着きが無くなっていた。


 ふと、ここに来てから一度も外に出ていない事を思い出す。


「ちょっと外の空気でも吸ってこよっかな」


 ミヤコは、客室から出て旅館の正面玄関から外部へ出ようとする。


「あれ....扉が開かない....?」


 何回引いても扉が開かないのだ、鍵穴を探すために目を凝らすと、そのような穴などは存在していなかった。


「ウソ....どうして!?」


 何度も押しても引いても開かないことから、ありえない説が頭の中に生まれる。

 これは開かないというより元からここには扉は存在していないのではないかと。


「どうしたんですか? ミチルさん」


 焦りで顔から汗を吹き出すミヤコの背後に突如、和装の少女イサラが現れた。

 振り向いて彼女の表情を伺うと、いつもと変わらない笑顔が張り付いていた。


「ちょっと外の空気を吸おうと思いまして....ここ建付けが悪くて開かないらしいんで、別の出入口とかはあります?」


 咄嗟に思いついた理由をペラペラと並べ立てるミヤコを目にしたもののイサラは特に疑念を抱くことはなかった。


「ここはちょっと開かないんですよ、裏口があるのでそこからなら外に出られます」


「案内して貰ってもいいですか....?」


 ミヤコがそう言うと、イサラは一言も発さずにただ笑顔で裏口への道を案内してくれた。


 しかしその道中だった、旅館の廊下で突然イサラの姿が忽然と消えたのだ。


 まるでそこには誰も居なかったかのように。


 そして申し合わせたかのように辺りには不思議な旋律の音が奏で始める、どうやらこの音の発生源は笛のようだ。


「な、なんなの一体....ッこの音....頭が痛いよ....」


 続いてミヤコの体を異様な脱力感が通り抜けた。


(この感覚は....確か四日前に悪魔を倒した後に襲ってきたあの脱力感と同じ....)


「この笛....これは聞いちゃダメだ....」


 必死にミヤコは抗うも、為す術もない彼女は、意識が闇に落ちていった。



 どのくらい経ったのだろうか、ミヤコは突然目が覚めた。

 周りを見回すとそこは紛れもない外であった、空には無数の星空が広がっており、すぐ側には鈍く光る大きな池が見える。

 しかし星空はどこか作り物のような雰囲気を感じさせていた。


 しばらくするとイサラらしき少女が、気味の悪い笑みを浮かべながら迫ってきた。


「あはぁ〜....やっと起きましたねミチルさん、いや魔法少女ミャーコこと、闇崎ミヤコさん」


「....どうして分かったんですか....?」


 危機を察したミヤコは懐からエボリューション・クリスタルを取り出し、何時でも変身できるような体勢を取る。


「変身....ね、この場所であたしに勝てるわけないじゃないですか」


「どういうことなの」


 イサラは既に勝負は決していると言いたげに淡々と話す。


「おかしいと思わなかったんですか? 見ず知らずの人を無料で何泊もさせてくれる旅館があるなんて、それ加え逃亡犯に過ぎないあなたが四日間も潜伏出来たことが」


「....もしかして扉があるのに外に出られなかった理由って....」


「そう、この神尾館は全て幻影、あたしの力によって創り出された、偽りの空間ですよ」


 イサラは着物の中に手を入れ、そこから青く光る結晶のようなものを取り出した、ミヤコのとは色が違うもののそれは紛れもないエボリューション・クリスタルだった。


「あなたも魔法少女でしたか」


「ふふ、あたしは魔法少女セイリュウ、水と幻影を自在に操る魔法少女です」


 イサラは綺麗な青髪を靡かせながら、不気味な笑顔を貼り付けていた。


「マジック・エボリューション」


 イサラはおもむろにエボリューション・クリスタルを掲げた。

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