ダンボール箱の中に天使がすてられていました。
山岡咲美
ダンボール箱の中に天使がすてられていました。
「ニャー、ニャー、ニャー」
私がそろそろ切ろうかと少し迷っている長い黒髪をスッととかしていると、どこからともなく猫のような鳴き声が聞こえてきた。
「ニャー、ニャー、ニャー」
(どこだろ?)
私はアパートの二階の窓から外を見る。
「ニャー、ニャー、ニャー」
窓を開け顔を出して見回すが、私の部屋から猫は見えない。
薄暗い朝の外は雨がパラパラと降っていた……。
(気になるな……)
私はお風呂したばっかりであまり汚れたくないと思いつつも、猫の鳴き声が気になっていた。
ガチャ
私は玄関へとまわり扉を開けアパート二階の廊下の左右を見る。
「ニャー、ニャー、ニャー」
(階段の方から聞こえる?)
(もし猫ちゃんだったら大変かも?)
私は靴箱の中からのビニール傘を取り出し、猫を探しに外へと出た。
上はブラウス、下は灰色のスラックスだ。
*
ポツ、ポツ、ポツ、ポツ
ビニール傘に雨の玉が当たり弾かれる。
「ニャー、ニャー、ニャー」
「なにやってるんですか?」
私は階段の下で天使と出くわす。
その天使は捨て猫の定番みたいに小さなダンボール箱の中にギッチリ詰まって鳴いていた。
「ニャー、ニャー、ニャー」
天使が猫の鳴き真似をする。
金髪ショートの女性の天使でわかりやすく背中には真っ白な翼があった。
真っ白なワンピースを着た体と翼が薄ぼんやりと光っている。
「猫の鳴き声はいいです」
ポツ、ポツ、ポツ、ポツ
ビニール傘に雨が当たる。
「捨てられまして……」
天使はヘラリと笑った。
「そうですか、じゃ」
私はが関わりたくないとばかり、一礼をしてさろうとする。
「待って待って待ってーーーー!」
グヘッ‼
天使が私の腰に抱きつく。
「なっ、なんですか!」
私はガッチリ強い力でホールドされつつも、雨に濡れないように傘をしっかり頭の上にさし続ける。
(お風呂上がりなんだってば!)
「助けてくださ〜い、わたし、すてられちゃったんです〜」
天使が漫画みたいに滝のような涙を流す。
(すてられた?)
「誰にです?」
私は面倒くさそうに天使に聞いた。
「神様です〜」
天使は鼻水をたらしながら私の体をグイグイと揺らす。
「やめてやめて揺らさないで、お風呂上がりなの! 汚れたくないの!」
天使の鼻水が私につかないか気がきではない。
「すみません……ズズ」
天使の鼻水が私の仕事用の灰色スラックスにベットリ付いて伸びてゆく。
「ああああ、すぐ着替えなきゃ、職員会議遅れちゃう!」
私はハンカチで鼻水をふくが、なんかあとが残りそう。
「職員会議?」
天使がダンボール箱に戻り正座で首をかしげる。
「そうですよ、私中学で教員をしてるんです! 新米教師なので遅刻するわけにはいかないんです‼」
私は中学で国語の教師をしており、今日はこれからお仕事なのだ。
新米教師に遅刻など許されない。
(ベテラン教師でも遅刻はダメだけど……)
「じゃそういう事でさようなら!」
私は傘をさしその場を離れようとする。
(着替えなきゃ、紺色のスーツがあったはず……)
…………。
後ろに天使がついて来る気配がする。
「あのね!」
私は少し怒り気味に振り返る。
「ハハッ!」
天使が雨の中、ダンボール箱を頭に被って立っていた。
私は思わず笑った。
(妖怪ダンボール天使)
「わたし、あなたの守護天使になります!」
ダンボール箱を両手で支え顔を出した天使がグイッと私の顔に近づく。
「守護天使?」
私は近づいた天使の顔を片手の手のひらで押し返す。
傘はしっかり持って雨に濡れない。
「あなたを守護し見守ります!」
天使は両手を広げ偉大なる決意表明。
手放したダンボール箱が沈み込み顔は見えない。
ポタポタポタ
雨粒が私の傘と天使のダンボール箱にあたる。
*
「とりあえず今はここにいてください、帰ったら話しましょう」
私は天使をワンルームのアパートに連れていき、汚れた灰色のスラックスをやめて紺色のスーツに着替えた。
「わたし、あなたの守護天使なので付いて行きます」
天使はあのダンボール箱を私のアパートに持ち込みその中にちょんと正座している。
「それもあとでお願いします、これどうぞ」
私はとりあえずローテーブルに昆布とツナマヨのおむすびとペットボトルの緑茶を置いた。
「お〜、おむすび〜〜」
天使は昆布のおむすびを珍しそうに見つめている。
(おむすびは知ってるよう……)
「こうです」
私はおむすびの袋を一周回して切り取り、片方づつ袋を取りその片方だけ残して天使にわたす。
「おー、神のみわざ」
天使はコンビニおむすびに感動した。
パリパリ
ゴクリ
ガチャリ
私は天使がおむすびを食べお茶を飲んでるすきに鍵をかけ出勤。
教員を務める中学校へとむかった。
*
「間に合うかしら?」
天使の相手と着替えのせいで車を出すのが少し遅れた。
私の車はフォードアワゴンタイプの空色の車で何かあった時に生徒を乗せたり、教材や部活動の荷物を載せられる用にこっちに引っ越した際に買ったものだ。
「こっちはお弁当にします」
後部座席で天使の声が聞こえた。
「ハァッ?」
私はバックミラーを見る。
天使がツナマヨのおむすびを手に持ち後部座席に座っている。
(翼がジャマそう……)
「あなた何してるの?」
私は慌てつつも前を気にする。
「守護天使のお仕事です」
天使は誇らしげにそう言った。
「どうやってここに? 鍵開けたまま来たの?」
(しまった、もう戻ってる時間はない……)
「鍵?」
天使はハテナ顔。
「部屋出る時に鍵を開けたでしょ?」
(こんなことなら鍵を渡して……)
私は一瞬そう思ったがその方が危なそうだと思い直した。
「部屋はスッと出ました」
「スッ?」
「壁抜けです!」
(じゃ、車に入った時も壁抜けか……)
私は一瞬目の前が暗くなる。
「前です」
「危な……」
目の前の車が急ブレーキをかける。
世界がスローモーションになり、私は言葉を失う。
「大丈夫です」
私の空色のワゴンは光に包まれ、空へと浮かんだ。
天使が神様に祈るように手を合わせ指を組んでいる。
「とりあえずこのまま学校まで行ってくれると助かるわ……」
私はゾワゾワと血が浮くような感覚の中、なんとかそんな言葉をひねり出した。
*
「今日は疲れたわ……」
私はその日の授業を終え、自分のアパートに帰っていた。
その日は一日中あの天使が付いて回ってきた。
学校側はと言うと……
「天使じゃしょうがない」
との事だった。
(今日は甘いもの食べて疲れを癒そう……)
ローテーブルにコンビニで買ったイチゴのショートケーキが二つお皿にのっている。
お茶は紅茶を用意した。
最近買ったティーセットがいい感じだ。
「大人気だったね、先生は」
天使が二つ入りだったイチゴショートの片方を手づかみでパクつく。
「お行儀!」
「何?」
「もういい……」
私もイチゴショートをお気に入りの小さなマイスプーンで食べる。
「アチチ」
天使が紅茶を飲む、使われていないお揃いのスプーンがケーキの横に転がっている。
「あんたも大人気だったわね」
天使は男子生徒を教室で浮かべたり、女子生徒に羽を触らせてあげたりして大人気だった。
「天使は人間に愛されなくちゃね」
天使は無邪気に笑った。
(あれ?)
私は一つの疑問にたどり着く。
「アンタ、なんで神様にすてられたの?」
天使は結構良いやつだ、すてられる理由が思いつかない。
「神様のイチゴショートのイチゴ食べちゃた!」
天使が私のイチゴショートのイチゴをジッと見つめる。
「食べたら私もすてるわよ」
私は殺し屋のような目で天使を見つめた。
「わかった……」
天使は物欲しそうにイチゴを見つめたが、なんとか私が食べ終わるまで我慢した。
*
「天使、あんた名前は?」
私はティーセットを洗いながら天使に聞く。
「わたし、グラトエル」
天使は名前を聞かれ嬉しそうに答える。
どうやら食いしん坊って意味らしい。
「わたしは
私は新しい同居人。
イヤ、同居天使にそう言って笑った。
雨はもうあがっている。
ダンボール箱の中に天使がすてられていました。 山岡咲美 @sakumi
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