二十八の巻 大武會

    [二十八]



 霊的技能検定を終えた幸太郎は、検定結果の通知の紙を検定員から受け取り、貴堂沙耶香に手渡した。

 すると貴堂沙耶香は、それを見るや否や、目を見開き、険しい表情になったのじゃった。

 どうやら想定外の結果だったようじゃな。

 さて、何があったのやら。

 貴堂沙耶香はそこで、幸太郎に耳打ちした。


「と、とりあえず……駐車場に行くわよ」と。


 様子が少し変ではあったが、幸太郎はそれに無言で頷いた。

 そして、2人は足早に霊験の間を出ると、そのまま授法院の外に出て、車へと向かったのじゃ。

 ただ事ではない感じじゃのう。

 気になるところじゃが、幸太郎が何かやらかしたとは思えぬ。

 さて……何が問題なんじゃろうの。

 幸太郎も釈然としない表情で、貴堂沙耶香の後を歩いておるわ。

 2人は車に到着すると、すぐに乗り込んだ。

 幸太郎はそこで、堪らず口を開いたのである。


「あの、沙耶香さん……さっきから様子が変ですよ。どうしたんですか、一体? 通知書を受け取った後、急いで駐車場に来ましたけど。何か理由があるのですかね?」


 貴堂沙耶香は困惑した表情で、幸太郎にゆっくりと振り向いた。

 そして、検定結果の通知書を幸太郎の眼前に突きつけたのである。


「あ、貴方ねぇ……なんなのよ、この検定結果は!」


 幸太郎は残念そうに、頭をポリポリとかいた。

 良くない成績だったのかもの。

 検定員は凄い成績とか言っておったんじゃがな。

 どういう事じゃ、一体……。


「その様子だと、駄目な結果でした? 一応、俺も真面目に頑張ってみたんですけどね……面目ないです」


「ち・が・う! そうじゃないの! 良すぎるのよ!」


 幸太郎はポカンとしていた。

 まぁ当然じゃろう。

 良くて怒られるなんて、意味わからぬからの。


「は? 良すぎる?」


 貴堂沙耶香は通知書に目を落とし、食い入るように見ていた。

 信じられん成績なのかもしれぬ。

 しかし、良すぎて困るとは、どういう事なんじゃろうか?

 我にはわけがわからぬわ。


「霊的視覚……霊的感覚……最大霊圧……霊的制御……言霊技能が、最上級のS判定って、どういう事よ! なんなのよ、貴方は……」


 ほうほう、立派な成績じゃったようじゃ。

 師匠として鼻が高いぞ。


「でも、術具制御と霊的法規はA判定ですよ。まぁ知らないので、適当にやった結果ですけどね。というか、色んな術具や法規があるんですね。初めて見るモノばかりなので、寧ろ、そっちの方が驚きましたよ、俺は」


 幸太郎は何気なくそう言ったが、貴堂沙耶香の心中は穏やかではないようじゃ。


「そんな知識的な事は、どうでも良いわよ。C判定以上あれば、一応、道師みちのしにはなれるし、全霊連にも登録出来るから。というか、貴方……初めて見る術具とか、法規の筆記検定で、よくA判定とれたわね……」


「直感ですよ、直感。まぁなんとなく、やってみただけです。そしたら、正解が出ただけですよ」


 幸太郎はいつも自然体だからじゃろうの。

 故に、冷静に物事の本質を見れるのじゃ。

 不幸に慣れると、こういう境地に達するのかもしれぬな。


「ぶっつけ本番の検定試験で、直感って……貴方ねぇ……どこまで図太い神経してんのよ。まぁ三上君の場合は、境遇が普通じゃないから、その辺の術者と、同じ風に考えてはダメなのかもしれないけど。それにしてもよ……先の5項目は術者としての才能に直結するから、この判定は凄い事なのよ。どうしよ……こんな結果になるなんて思っても見なかった。おまけに、なんなのよ、最大霊圧235SPVって……こんなの世界トップ10クラスじゃない。ここまでとは思わなかったわ……」


 貴堂沙耶香は珍獣でも見るかのように、幸太郎と通知書を交互に見ていた。

 幸太郎は苦笑いを浮かべている。


「あの……良すぎると、何か不味いんですかね? そんな事考えもしなかったので、普通にやっちゃいましたけど」


 すると貴堂沙耶香は、面白くなさそうに頷いたのじゃ。


「この結果は、全霊連に送られて共有されるデータだから、嫌でも注目される事になるわ。これじゃ、ダイブカイまで、その存在を隠す事もできないのよ。こちらの手の内を見せる感じになるから」


 貴堂沙耶香は額に手をやり、少し項垂れていた。

 ふむ、なるほどのう。

 どうやら、幸太郎が注目されるのをヨシとしておらぬようじゃ。

 じゃが、これはどうにもならんわ。

 そもそも、貴堂沙耶香が幸太郎の力量を見誤ったのが原因じゃからのう。


「すいません……なんか余計な事をしたみたいで」


 幸太郎は申し訳なさそうに頭を下げた。

 そんな幸太郎を見て、貴堂沙耶香は少し罰の悪そうな顔になった。

 言い過ぎたと思ったんじゃろう。


「ま、まぁいいわ。貴方の力を計り間違えた私が悪いんだから。これほどの人材が、私の部下になったんだし、嬉しい誤算と考える事にするわ……でも……」


 そこで言葉を切ったまま、貴堂沙耶香は暫し考え込んだのである。

 何か気掛かりがあるんじゃろうな。


「沙耶香さん、でも……の続きが気になるんですが?」


 貴堂沙耶香は不安気に、幸太郎をチラッと見た。


「この検定結果を見たら、身内が横やり入れてくるかもね。三上君、何があっても、私以外の貴堂家の者には油断しないでね。今の貴堂家は、宗厳翁の言葉で、ちょっと面倒が起きそうな感じだから。いい?」


 貴堂沙耶香はそう言うと、人差し指を立て、幸太郎にグイッと顔を寄せたのじゃった。

 幸太郎は釈然としない表情ではあったが、とりあえず、首を縦に振った。


「わかりました。気を付けますよ。色々と、お家騒動があるみたいですしね」


「まぁ……身内のゴタゴタだから、恥ずかしい話なんだけどね。ゴメンね、変な話をしちゃって」


「構いませんよ。ところで、さっきから言ってるダイブカイなんですけど……一体何の話なんですか? あの挑発的な3人組も、それについて言ってましたよね?」


 その直後、貴堂沙耶香の表情が少し強張った。

 言おうか言うまいか、悩んでる顔じゃな。


「そ、それはね……どう言ったらいいのかしら……ええっと……」


 貴堂沙耶香は少しシドロモドロになっていた。

 この女子も、こういう風になる時があるのじゃな。

 という事は、かなり面倒な話なんじゃろう。

 これは面白そうじゃ。


「沙耶香さん……できれば、詳細を聞かせて頂けると嬉しいんですがね。今の口振りを聞く限り、なんとなく、俺に関係してきそうな言い方だったんで」


 すると観念したのか、貴堂沙耶香は鞄から一枚の紙を渋々取り出し、幸太郎に手渡したのじゃった。


「ソレに書いてあるわ」


 幸太郎はその紙を見るや、首を傾げた。

 ま、当然じゃろうの。


「何ですか、この紙? 何も書いてない、A4の白紙ですが……」


 そう、何も書かれてないのじゃ。

 じゃが、不思議と霊的気配のする紙であった。


「それは符術用の霊紙よ。どこでもいいから、それに霊力を籠めてみて……そうすると見れるから」


「はぁ、では」


 幸太郎はその紙に、陰の気を籠めた。

 すると、文字がボワッと浮かび上がってきたのである。

 ほうほう、今の世は変わったモノがあるのう。

 幸太郎はその文字に目を落とした。


「霊力で炙り出しですか。凄い紙があるんですね。それはともかく……天主帝釈霊戦技大武會てんしゅたいしゃくれいせんぎだいぶかい……って書いてありますね。何ですか、これ? どこかの塾長が、自分の名前を叫んでそうなイメージの字面ですけど……」


「そ、それはね……真ん中から下に重要な事が書いてあるわ……」


 貴堂沙耶香はそう言って窓の外を眺めた。

 少し言いにくいんじゃろう。


「真ん中から下ですか……なんか小さく書いてありますね。ええっと、ナニナニ……その壱……当大会は、霊術や呪術に魔術といった、霊妙なる力を使いこなす武に秀でた術者達が戦い、日本一を決める団体戦である。その弐……各団体は先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の5名と、予備人員2名の計7名の術者を決め、期日までに全霊連事務局に提出する事。その参……受付の締切は7月末日。尚、締切厳守でお願いする。その四……当大会は近年、重傷者多数の為、各団体は必ず、医療スタッフか、もしくは、心霊医術者を帯同させる事。以上である。申し込み団体は、闘神天主帝釈の名に恥じぬ戦いをされたし。詳細は追って連絡する……」


 幸太郎がそれらを読み上げた後、車内はシンと静まり返っていた。

 貴堂沙耶香は助手席の窓から外を眺めたままじゃ。

 じゃが、心境的には目を逸らしとるんじゃろう。

 そして幸太郎はというと、無言で貴堂沙耶香をジッと見ているところじゃ。

 そのまま、暫し時が過ぎていった。

 重苦しい空気じゃが、先に言葉を発したのは幸太郎じゃった。


「あの、沙耶香さん……なんスか、これ? なんなんスか、これ?」


「そ、それに書いてある通りよ」


「いや、書いてある事はわかりますけど……まさか、俺……これにエントリーするんですか?」


「ええ、まぁ……そういう事に……なるの、かな」


 貴堂沙耶香は物凄く歯切れが悪かった。

 おまけに外を眺めたままじゃ。

 気まずくて、幸太郎を直視できぬのじゃろう。


「あの、沙耶香さん、こっち向いて言ってくれますか。ちょっと重たい話なんで」


 貴堂沙耶香はそこで、恐る恐る幸太郎に振り向いた。

 いつもの強気な表情と違い、少し弱々しかったのは言うまでもない。

 恐らく、断られるのを危惧しておるのじゃろう。


「あの、三上君には是非……出てほしいなぁ……なんて思ってるのよね……テへ」


 貴堂沙耶香はそう言って、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

 じゃが、幸太郎は嫌そうに、眉根を寄せたのじゃった。


「えぇ……コレにですか? かなり物騒な事が書いてありますよ。重傷者多数って……。俺、争い事は基本、あんま好きじゃないんですよね。困ったなぁ……」


「で、でも、貴方の厄落とし方法を考えてあげたじゃない。いいでしょ? それに、私の部下なんだし……ね?」


 貴堂沙耶香は祈るように、可愛いらしく、胸の前で手を組んだ。

 この女子にしては意外な仕草じゃ。初めて見たわ。

 これには流石の幸太郎も、少しキュンと来て……はおらぬな。

 嫌な表情のままじゃ。

 それはともかく、形振り構わぬこの様子を見る限り、貴堂沙耶香も色々と切羽詰まっておるのじゃろう。


「それはありがたいんですけど……でも、コレはなぁ……」


 幸太郎はかなり難色を示していた。

 出たくないんじゃろうのう。

 わかる、わかるぞえ。

 腕っぷしはあるが、戦いは嫌いじゃものな。

 仕方がない。

 ここは、我が少し手を貸してやるとしよう。


「貴堂沙耶香よ、幸太郎は出るぞ! 我が確約しよう! 大武會とやらに出させて、存分に暴れさせてくるがよい!」


 但し、手を貸すのは貴堂沙耶香にじゃがな。

 幸太郎は慌てて、我に振り返った。


「ちょっ!? おまッ、何言ってんだよ、疫病神! なんでお前が、決定してんだ!」


「ええ、本当ですか! ヒミコ様なら、そう言ってくれると思いましたよ!」


 思わぬ援軍じゃったのか、貴堂沙耶香はパァっと明るい表情になった。

 そう言えば、昨夜の話し合いで『ヒミコ様と呼んでもいいですか?』と、この女子は訊いてきたのう。

 返事せなんだが、まぁ好きに呼べばええわ。


「当たり前じゃ。こんな面白い事をするんなら、我も見てみたいぞよ。我が弟子を好きなように使うがよいぞ、貴堂沙耶香」


「だ、誰が、弟子じゃ! ふざけんな、疫病神!」


「はい、ありがとうございます。ヒミコ様! 三上君をお借りしますね! 頑張って優勝してきますわ!」


 貴堂沙耶香はウキウキしておった。


「おう、使え使え。ほほほほ」


「おい、疫病神! お前、何考えてんだよ! 出るかどうかは俺が決めるんだよ! 勝手に話に入ってくんな!」


「ほほほほ、出ぬなら、我は皆の前に姿を現し、疫病神として頑張るしかないのう」


 我も最終手段じゃ。

 こんな面白い事、見るに決まっておろうが。


「お前、ホンマに疫病神やな! 最悪やわ! なんなんだよ、この展開はァァァ!」


 そして、幸太郎は頭を抱え、悲鳴のような声を上げたのじゃった。

 もう、観念するしかないのう。ほほほほ。

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