二十七の巻 霊験の間

    [二十七]



 幸太郎と貴堂沙耶香はマンションを出た後、暫く車で進み、目的地である貴堂授法院に到着した。

 今は駐車場に車を止め、降りたところじゃ。

 貴堂授法院とやらは郊外にあり、かなり大きなコンクリート建造物であったが、寺院のような佇まいをしていた。

 屋根の様式が、そんな感じになっておるからじゃろう。

 また、付近には、学び舎風の大きな建物等もあり、敷地内にはそれなりに人がいた。

 ちなみにそれらは、学生らしき制服を着た若い男女ばかりじゃった。

 これを見るに、恐らくここから見えるアレは、学校なのじゃろう。

 そして貴堂沙耶香は、その学校らしき建物を懐かしそうに眺めているのじゃった。

 幸太郎はそこで首を傾げた。


「へぇ……ここが貴堂授法院ですか。結構大きな施設ですね。でも、総本山の寺院と聞いたので、もっと宗教的かと思いましたよ。ココって……お嬢様学校として名高い、中高一貫の貴堂女子学院の敷地内ですよね?」


 貴堂沙耶香は微笑んだ。


「ええ、そうよ。でも、少子化の影響で、今は共学校になっちゃったけどね。ちなみにココって、私の母校なのよね。懐かしいわ。しかも全寮制だから、私の青春時代の家みたいなモノなのよね……」


 ほう、なるほどのう。

 どおりで、懐かしそうにしておるわけじゃ。


「へぇ、そうだったんですか。そういえば、貴堂女学院大学のキャンパスも、この近くにありませんでしたっけ?」


 幸太郎はそう言って、周囲を見回した。


「良く知ってるわね。一応言っておくと、貴堂女学院大学も私の母校よ。残念な事に、貴堂家の者は、他の学校になかなか行けないのよね」


 貴堂沙耶香は不満そうに、大きく息を吐いた。


「何か、色々と複雑な事情がありそうですね。しかし……凄いな、貴堂グループは。学校法人も運営してるんですもんね。グループには他にも、沢山の企業が名を連ねてますし。本当に色んな業界に根を張ってますよ。これも、貴堂総帥の考えなんですか?」


 幸太郎の言うとおりじゃな。

 ここまで手を広げるのは、何が目的なんじゃろうのう。

 まぁどうでも良いがの。

 

「ええ、そうよ。今の貴堂グループを創り上げたのは、総帥である宗厳翁の力によるものだから。齢80を超えても、その影響力は政財界に計り知れないわ。まぁでも……その所為で、私達も大変なんだけどね。身内との争いもあるし……」


 貴堂沙耶香はそう言って、少し表情を落とした。

 色々と揉め事もあるんじゃろう。


「身内との争い?」


「宗厳翁には5人の息子と2人の娘がいるんだけど、その跡目の争いがね……って、こんな話を貴方にしちゃダメね。ゴメン、今のは忘れて」


「ええ、気にしないようにします。よくある話なんで」


 幸太郎は何でもない事のように、そう言った。

 こ奴は、そういうゴタゴタは華麗に流すので、本当に気にしておらぬ筈じゃ。

 日常の感覚が、普通の者とは違うのである。

 不幸に鍛えられ過ぎてるのじゃな。


「それでいいわ。さて、それじゃあ、授法院に行きましょうか」


「ええ」――


    *


 貴堂授法院の中は土足厳禁らしく、2人は玄関で靴を脱いでおった。

 こういうところは寺院のようなおもむきじゃな。

 じゃが、中の様相は寺院と違い、現代的な装いであった。

 とはいえ、その辺の建物と違い、厳かで静かな様相をしておる。

 床はカーペットが敷かれ、壁と天井は漆喰風といった感じじゃった。

 おまけに、それらには、呪法の刻印と思われる紋様が描かれているのじゃ。

 普通の者が見れば、ただの紋様じゃが、見る者が見れば、意味は自ずと分かる筈じゃろう。

 ここに描かれておる紋様は、呪術を使いにくくする符籙ふろくの類だからじゃ。

 つまり、ここで術を使うなという警告なんじゃろうの。


「三上君、こっちよ。付いてきて」


「はい」


 幸太郎は貴堂沙耶香の後に続いた。

 施設内に人の姿はそれほどないが、表向きは寺院という事もあり、袈裟のような法衣を着ている者などもいた。

 しかし、ここにいる者達は、普通の者と比べ、気の質が少し違っていた。

 どうやら呪術者か、それに準ずる者達なんじゃろう。

 貴堂沙耶香が車の中で、貴堂家に仕える呪術者の総本山と言っていたが、その通りのようじゃな。

 面白そうなところじゃわい。

 そんな授法院の中を貴堂沙耶香の後に続き、幸太郎は進んでゆく。

 じゃが、その途中、何者かがこちらに近付いて来たのじゃった。


「あら、沙耶香さんじゃないですか」


 貴堂沙耶香はそこで足を止め、声の方向に振り向いた。


「おや、チヒロさん……お久しぶりでございます」


 声を掛けて来たのは、沙耶香と同年齢くらいの、美しいスーツ姿の女であった。

 その傍らには、スーツ姿の不愛想な若い男と、物静かに佇む学生服姿の少女がいる。

 3人とも整った顔付きをしているが、雰囲気はそれぞれバラバラじゃ。

 チヒロと呼ばれた女子は、日香里のような短い髪型で、スタイルも抜群じゃった。

 雰囲気としては、沙耶香のような仕事の出来る女子といった感じである。

 男の方はこちらに鋭い目を向けており、無愛想な感じじゃ。

 今の世の女子のように、肩より長い髪を後ろで纏めているのが印象的じゃった。

 年は幸太郎くらいじゃろうの。

 そして、なかなかの呪術者のようじゃ。

 全身から強い気を醸し出しておるわ。

 もう1人の少女の方は、黒く長い髪を髪留めで結い、清楚な佇まいをしていた。

 無口で物静かな感じの美少女といったところじゃ。

 さぁて、何者なんじゃろうの、こ奴等は……。

 チヒロと呼ばれた女子が、こちらに近付いてきた。


「本当、久しぶりね。それはそうと沙耶香さん、聞いたわよ、この間の八王島の一件。あれ、貴女の手柄だそうですね。宗厳翁も、さぞやお喜びでしょうね」


「たまたま上手くいっただけですよ、チヒロさん。それと、アレに関しては、宗厳翁はまだ何も言っておりませんわ」


 貴堂沙耶香はそう言って微笑んだ。

 すると、チヒロと呼ばれた女子は、少し硬い表情になった。


「いやいや、そんなに謙遜せずとも良いですわ、沙耶香さん。それはそうと、噂で聞いたのですが……例の件に出られるって本当ですか?」


「例の件とは?」


 貴堂沙耶香はそう言いつつ、少し真顔になっていた。

 どうやら、色々とありそうじゃのう。


「勿論、レイセンギダイブカイの件ですよ。宗厳翁の言っていた事を忘れたわけではないでしょう。貴女は、貴堂家の本家筋である長男の娘です。嫌でも気にするのでは?」


「ああ、その件ですか。ええ、そのつもりですが……それが、何か?」


 なるほどの。

 これが、さっき言っておった身内の争いとやらか。

 面白いのう、貴堂グループは。


「実は、我が一門も出る事にしましたの。先程、その旨を事務局に伝えに来たのでね」


 貴堂沙耶香は残念そうに溜息を吐いた。


「そうですか。では……同門による戦いは、避けられそうにないのですね」


「ええ、そうなりますね。ですが、沙耶香さんも、あまり無理はなさらないようにしてくださいね。恐らく、貴女が宗厳翁の曾孫とはいえ……誰も手は抜かないと思いますから」


 この言葉が出てくるという事は、確実に争い事じゃな。

 これは面白そうじゃ。

 なんとなく、幸太郎も巻き込まれそうな案件かものう。

 というか、幸太郎もその気配を察知しておるのか、少し溜息を吐いとるわ。

 嫌な予感をしとるんじゃろう。


「承知の上ですよ、チヒロさん。ですが……ご忠告は、ありがたく受け取っておきます。では、お互いに頑張りましょうか。相見あいまみえる時は、手加減は無用でございますので」


 貴堂沙耶香は冷ややかな表情で、そう答えた。

 宣戦布告といった感じである。

 そして、チヒロという女子は、不敵に微笑んだのじゃ。


「ええ、勿論です。お互いに頑張りましょう。さて、それはそうと……お父様はお元気ですか? あまり病状がよろしくないと聞きましたが?」


 これは初耳じゃな。

 どうやら、貴堂沙耶香の父は病気のようじゃ。

 幸太郎も今の話を聞いて驚いたのか、少し目を大きくしておるわ。


「それが……ここ最近は、病状も少し落ち着いてますので、今は元気ですよ」


「それは良かったです。お父様には、ゆっくりと養生するように、お伝えて下さい。また近い内、父と共にお伺いさせて頂きますので」


「ええ、お伝えしておきます。父も喜ぶと思いますわ」


 チヒロという女子はそこで、幸太郎をチラッと見た。


「さて、それではお忙しいところ邪魔したようなので、私達はこれで失礼しますわね。では、また」


「ええ、では」


 そして3人組は、玄関へと向かい去って行ったのであった。

 なんというか、ちょっとだけわだかまりの感じるやり取りであった。

 じゃが……その去り際、少女の方が幸太郎を見て、「あの人……凄く強い」と、一言だけ小さく呟いておったのを我は聞いたぞ。

 気になる女子じゃのう。

 幸太郎は今、気を押さえておるのに、それを察するとはの。

 なかなかに、見る目を持ってそうな女子じゃ。

 まぁそれはともかく、面白い展開になりそうじゃな。

 我は今から楽しみじゃわい。


    *


 妙な3人組と遭遇した後、貴堂沙耶香は授法院の通路を少し進み、金属製の大きな扉の前で立ち止まった。

 扉にはこれまでの通路同様、呪法の刻印が施されており、その上には霊験の間と書かれている。

 そこで貴堂沙耶香は幸太郎に振り返った。


「三上君、検定試験をする霊験の間は、この先よ。三上君が霊的技能検定を受ける事は、検定員の道師みちのしに既に伝えてあるから、ここからは貴方1人で行ってもらえる? 私は別の用事があるから」


「わかりました。終わったら、その辺で待っていればいいですか?」


 貴堂沙耶香はそれを聞き、クスリと笑った。


「余裕ね、貴方……普通、もっと緊張するんだけどね。まぁそれはともかく、その必要はないわ。私の方が早く終わるから」


「ではとりあえず、行ってきますね」


「ええ。じゃあ、また後で」


 その言葉を残し、貴堂沙耶香はこの場から去って行った。

 そして幸太郎は1人、霊験の間とやらへと向かったのじゃ。

 扉の先にある通路を進み、霊験の間とやらに着いた幸太郎は、そこで色々と手続きをした後、技能検定となった。

 ちなみに、検定する霊験の間は、かなり広い所であった。

 見た感じじゃと、学校の体育館くらいはありそうじゃ。

 呪術技能を調べるので、それなりに広い空間でなければならんのじゃろう。

 また、床と壁と天井は白色で統一されており、それらには何やら呪術的な細工が施してあった。

 気の感じからして、封呪の類じゃろう。

 おまけに、ここに来るまでの呪法の刻印よりも、もっと強いモノじゃった。

 恐らく、外に被害がいかぬように、強力な結界を張っておるんじゃろう。

 さて、それはともかく、幸太郎が説明を受けていたが、霊的技能検定の項目は全部で7つあるようじゃ。

 それらは、霊的視覚・霊的感覚・最大霊圧・霊力制御・言霊技能・術具制御・霊的法規と呼ばれるモノだそうである。

 その7項目を検定員である道師の指示に従ってやっていくようじゃ。

 で、幸太郎は既に4つ目まで終わっておるんじゃが、時折、検定員の男は引き攣った顔をしていたのが気になるのう。

 幸太郎の成績が良いのかどうかわからぬが、驚くような結果なのかもしれぬ。

 そして、その幸太郎はというと、今は5つ目の項目である言霊の術を終えたところなのであった。

 ちなみにじゃが、言霊はなんでもいいらしいので、我が以前教えたほむらしゅを幸太郎は唱えておった。

 とはいえ、この咒は、自分にしか聞こえぬように小さく唱えるのがコツなので、何言ってるのか、検定員の道師みちのしとやらには聞こえぬじゃろうがな。

 しかし、幸太郎も腕を上げたのう。

 両の手で印を組み、練り上げた己の陰の気を、咒で焔に転じる方術じゃが、幸太郎の場合、高い気を練れるので、なかなか強力な焔を出せる。

 その様は、火炎の龍の如しじゃ。

 但し、火のような赤い焔ではなく、幸太郎のは蒼い焔じゃがな。

 悪霊や妖魔のような不浄を焼く焔じゃからの。普通の炎ではないのじゃ。

 まぁそれはともかく、検定員の男も、幸太郎の焔を見るや、目を大きくして驚いておったわ。

 この表情を見る限り、今の世でも、幸太郎の腕前はかなり上の部類と見て良さそうじゃな。

 我の見立てと同じじゃから、そこは安心じゃわい。

 それはさておき、幸太郎はそこで術を解いた。


「私の言霊の術は以上です」


 検定員の男が幸太郎に近づいてきた。

 ちなみに検定員は、坊主頭をした中肉中背の中年男であった。

 まぁ早い話が、典型的な僧侶の格好をしたオッサンである。 


「オホン……では、それまで。ええっと……三上さんでしたね。沙耶香様のお願いで、貴方の力を見せてもらいましたが……その力と技を一体誰から習ったのですかね? 差し支えなければ、是非、お訊きしたいのだが……」


 幸太郎は首を傾げた。


「え……誰から? それも検定に関係あるんですかね?」


 するとそこで、別の所から声が上がったのじゃった。


「いや、ありませんよ。だから、別に言わなくてもいいです」


 声の主は貴堂沙耶香であった。

 というか、ついさっき、この霊験の間に入ってきたのじゃが、幸太郎の焔の咒を見て、この女子も驚いておったわ。

 予想外の術の強さだったんじゃろう。


「おお、沙耶香様。こちらに来ておられましたか。彼は一体、何者なのですか? 凄い成績ですよ」


「まぁとりあえず、優秀な術者よ。私の配下にするから、検定する事にしたの。さぁ、峰岸さん、続けて頂けますか? 私もこの後、彼を連れて行かねばならぬところがあるのです」


「え? ですが……私もちょっと気になりましてですね。彼の使った術の事とか……」


 貴堂沙耶香はそれに真顔で答えた。


「峰岸さん……総帥を待たせる事になるので、よろしくお願いします」


 検定員は大きく目を見開いた。


「そ、総帥が!? わ、わかりました。では続けましょう」


 と、まぁこんなやり取りもありつつ、幸太郎は残りの検定に挑むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る