二十六の巻 呪術業界

    [二十六]



 東京へ引っ越した初日、一息つく夜10時頃の話じゃ。

 幸太郎と貴堂沙耶香は入浴も終わり、リビングにてゆっくり寛いでいるところであった。

 ちなみに2人共、寝間着じゃ。

 幸太郎のは見慣れておるが、貴堂沙耶香のは初めて見る衣服じゃった。

 ゆったりとした感じのモノで、眠り心地が良さそうな生地である。

 さぞかし、良い夢を見れるのじゃろうのう。

 さて、そんな貴堂沙耶香じゃが、腕を組みながらリビングを見回し、何やら考え込んでいるところであった。


「う~ん……非常に殺風景ね。ソファーとダイニングテーブル、カーペットも欲しいし……冷蔵庫も小さすぎるわ。テレビも洗濯機もないし……というか、この際、全部揃えた方が良いわね。これでは不便だし……」


 貴堂沙耶香は生活用品について、色々と考えておるようじゃ。

 幸太郎は面目なさそうに頭を落とした。


「すいません……家財道具はちょびっとだけなんで」


「いや、いいのよ。元々、三上君が持ってくるモノを見てから、決めようと思ってたし」


「見ての通り、何もないです。ところで、貴堂部長は今まで、どこに住んでおられたんですか?」


 すると貴堂沙耶香はムスッとしたのじゃった。

 気に障る事があったようじゃ。


「三上君……その前に、ここでは貴堂部長はやめてよね」


「では、沙耶香さんで良いですか?」


「うん、そうして。次……ここで、その言い方したら、怒るからね」


 貴堂沙耶香は目が据わっていた。

 おうおう、あのイベントの時の貴堂沙耶香の顔じゃ。

 幸太郎は生唾を飲み込んでおるわ。


「は、はい……以後、気を付けます」


「よろしい。で、住んでた所だったわね……私は23区のどこかよ。それ以上は言わないでおくわ。言うと、絶対に引くと思うし。ちなみに実家よ」


 貴堂沙耶香は言葉を濁した。

 色々と言いたくない事情もあるんじゃろう。

 じゃが、この口振りを聞く限り、さぞや豪邸なのかもの。

 とはいえ、この言い方じゃ、ほぼ言ってるも同然じゃがな。


「へぇ、実家から通ってたんですか。良いなぁ、帰れるって。俺、中学卒業してから、数えるくらいしか実家に帰れてないですからね。大学時代とか、久しぶりに帰ると、どちらさんでしょうか? って親父に言われましたし」


 貴堂沙耶香はツボに入ったのか、大きな笑い声を上げた。


「あははは、なによそれ、本当に帰れてなかったのね。親に他人と間違われるって、あははは、少し同情するわ」


 幸太郎はゲンナリとしていた。


「全然、同情してる風に見えませんけどね……」


「ゴメンゴメン、まぁでも、元を正せば、貴方が悪いんだし、しょうがないじゃない。けど、これからは自由に帰れるんじゃない?」


「はい、お陰様で命拾いしました。感謝してます。沙耶香さんは、俺にとって女神様みたいな方ですよ」


 幸太郎は深々と頭を下げていた。

 これは嘘偽りない言葉じゃろう。


「め、女神様って……本当に大袈裟ね、三上君は」


 と言いつつ、貴堂沙耶香も満足そうに微笑んでいた。

 一応は嬉しいようじゃ。


「いえ、心の底から感謝してるんです。本当にありがとうございました」


 今までの理不尽な苦労を思い返しておるのか、幸太郎は目を閉じ、貴堂沙耶香に向かって拝むように感謝していた。

 まぁ無理もない話じゃて。

 今までお裾分け以外に、良い方法がなかったからのう。

 惜しむらくは、もっと早くに、この方法と出会えていたら、といったところじゃな。


「じゃあ、次は仕事で頑張ってよね。私はその為に、貴方を我が社に入社させたんだから」


「はい、頑張らせていただきます。俺が沙耶香さんに返せるのは、それしかないんで」


「期待してるわよ。さて、それはそうと三上君、今後は人除けの結界なしに、呪術を使っちゃダメよ。日本の呪術業界は、そういう事になってるから」


 ほう、人除けの結界か。

 そう言えば、そんな術があった気がするが、幸太郎には教えてないのう。


「人除けの結界? そんなのあるんですね」


「ええ、あるのよ。貴方には、その辺の事も勉強してもらわないとね。それと履歴書は持って来てる? あと、運転免許証と?」


「ええ、どちらもありますよ。履歴書は、イベント会社に出したモノと、全く同じですけど」


「それでいいわよ。面接したという形の為に欲しいだけだから。それと、貴方は自分の霊的技能検定……なんて受けた事はないわよね?」


 また妙な言葉が出てきたのう。

 今の世は、呪術に関する事なども、かなり変わっておるんじゃろうな。

 これはこれで我も楽しみじゃ。


「はい、ありません。今初めて、その言葉を聞きました。霊的技能検定なんてあるんですね」


 貴堂沙耶香は少し面倒そうに頷いた。


「そうよ。三上君は知らないと思うけど、日本の呪術業界は、秘密結社の全日本霊妙術者連盟を中心に動いているのよ。我々は全霊連て呼んでるけどね。そこに、ウチの道師みちのしも術者として登録してるの。でも、登録するには、霊的技能検定の結果が必須なのよね。検定結果によっては登録もできないから」


 ほう、なるほどの。

 術者の腕前を査定しておる所があるようじゃ。


「なんかアレですね。呪術者の資格試験みたいなモノですか?」


 貴堂沙耶香は苦笑いを浮かべた。


「まぁそんな感じかもね。とはいえ、霊術や呪術を使える者は少ないのよ。その上、呪術者はそれぞれ技能に差もあるしね。私は霊力の制御に長けて、呪術系の道具や結界を扱うのが得意だから、そういう認定を受けてるわ。それから一応言っておくと、私は高位術者よ」


 ほう、自分でそう言うくらいじゃ。

 さぞや、成績が良いんじゃろう。


「そうだったのですか。それは凄いですね」


 幸太郎はどのくらいじゃろうのう。

 気になるところじゃ。


「でも、霊視とか、高霊圧の力技系の術は苦手なのよね。三上君はそっち方面が得意なんでしょ? この間のイベントを見る限りでは、だけど」


「ええ、霊視……というのかどうかわかりませんが、気を抜くと話しかけられるので、迷惑してるくらいです。あまり嬉しくない能力ですがね。というか、いらないです」


 幸太郎はきっぱりと、そう言いきった。

 これは本音じゃな。


「そ、そうなの……まぁ確かに、それは面倒臭いかもね」


「とりあえず、そういう検定試験をするんですか?」


「ええ、明日ね。私も明日は休むから、一緒にその施設に行きましょうか。そこで三上君を正式に、道師みちのしとして登録を済ませたいし」


 明日とはまた急じゃな。

 この女子なりに、何か事情があるのかものう。

 色々と面倒そうじゃが、郷に入ったら、郷に従うしかないの。


「へぇ、明日するんですか。急ですね。でも、それをしないと、色々と都合が悪いって事ですよね?」


「都合が悪いというか……それを参考にして、やってもらいたい仕事を振るのよ。どういう霊的技能があるかわからないと、効率が悪くなるしね」


 なるほどのう。

 話を聞く限り、今の世は呪術関連も体系的に纏まっておるようじゃ。

 我が生きていた頃は、その辺は適当じゃったからのう。


「ああ、そういう事ですか。わかりました。ちなみにですが……呪術者の仕事ってどんなモノですか?」


「仕事は色々あるわよ。化け物や悪霊の退治に、事故物件の浄霊や呪いの解呪、果ては悪い呪術者の捕縛や……あとは、レイセンギダイブカイとか」


「レイセンギダイブカイ?」


 すると貴堂沙耶香は、慌てて口元に手をやったのである。

 明らかに、『しまった!』と言わんばかりであった。

 幸太郎も不審に思ったじゃろうのう。

 しかし、面白そうな響きの言葉じゃったから、我は楽しみじゃがな。ほほほほ。

 

「あ、いや……なんでもないわ。それは今は忘れて。ちなみに、疫病神さん……彼の呪術の腕前はどんな感じですかね? この間、壁を壊した発勁みたいな術や、反魂の呪法を見る限り、相当強い霊力を練れそうですけど」


 ふむ、どう答えるべきか、悩むのう。

 幸太郎には、不幸を回避するのに、助けになりそうな術しか教えてないからの。

 とはいえ、大体の術は教えたから、相当な腕前じゃとは思うが。

 まぁあくまでも、我の見立てじゃがな。


「幸太郎の腕前か……そうじゃな、我が生きてた頃の全盛期より凄いかものう。特に、陰の気を練り上げる強さは、その頃の我を凌いでおる。勿論、扱いにも長けておるしな。でないと、厄を落とせぬからのう。こ奴は今まで、色々と苦労してきた故、陰の気の扱いは相当なもんじゃぞ。といっても……我がそう思ってるだけじゃがな。今の世でどのくらいなのかは、お主が自身で確かめるがよかろう」


 すると貴堂沙耶香は、意味ありげに微笑んだのじゃった。


「ふふふ、そうですか……では、期待しますね。さて……それでは落ち着いたところで、疫病神さんにも色々と訊かせてもらっていいですか?」


「寧ろ、そっちが本題ではないのか?」


「話が早くて助かりますわ」


 さて、何を訊きたいのか知らんが、この女子も好奇心が旺盛じゃのう。


    *


 翌日、幸太郎と貴堂沙耶香はスーツに着替え、霊的技能検定を受ける施設へと出発した。

 今日は晴れなので、幸先の良い出だしじゃな。

 ちなみに、今日は貴堂沙耶香の車で向かうのじゃが、運転手は幸太郎であった。

 貴堂沙耶香の車は、春日井のと良く似たモノじゃが、幸太郎曰く、パールホワイトのSUVで、尚且つ、高級車だそうじゃ。

 車を見るなり、一瞬固まっておったわ。

 なんでも、1000万円くらいするとの事じゃ。

 そして、それを見た幸太郎は、「事故らないよう、気をつけよう」などと言いつつ、運転席に乗り込んだのじゃった。

 良かったのう、厄落としをしておいて。

 さて、それはともかく、なぜ幸太郎が車を運転してるのかじゃが……それは勿論、貴堂沙耶香の指示によるものじゃ。

 その時のやりとりは、こんな感じじゃな。


「三上君、これからは貴方に運転をしてもらうわね。これも仕事のうちよ。その代わり、貴方も私用で使えばいいから。返事は?」


「選択肢は1つですね」


「そうよ。で?」


「御意」


 という感じで、幸太郎は運転手に成り下がったのである。

 もはや、主従の関係じゃな。

 可愛い顔をして、なかなかの女王様気質である。

 さて、そんな貴堂沙耶香じゃが、今は手足を伸ばし、のんびりと寛いでいるところじゃ。


「運転席以外に初めて座ったけど、この車の助手席も、なかなか座り心地良いわね。まぁまぁだわ」


「そりゃまぁ高級車ですからね。良いと思いますよ。ちなみにこの車、キャッシュで買ったんですか?」


 貴堂沙耶香は首を横に振った。


「ううん。これは母のお下がりよ。私、車に興味なんてないもの。でも大きいから、あんまり好きじゃないのよね。三上君は興味あるの?」


 貴堂沙耶香はそう言って、幸太郎をチラッと見た。


「まぁ、あると言えばありますが、そこまでではないですかね。不幸体質のお陰で、運転してると、もらい事故も多かったですし。俺、外回りの仕事もしてたんですけど、運転してる社用車に、わざとじゃないのかってくらい当てられましたからね。それがあったんで、マイカーは所持しなかったんですよ」


 これは事実じゃ。

 よくオカマを掘られたり、多重事故に巻き込まれたりしてたのを我も見たからのう。

 本当に、不憫なもらい事故が多いんじゃ。

 駐車場に停めて車の中で寝ていたら、ドンッと追突された事とかもあったしの。ほほほほ。


「ちょ、ちょっと……こんな時に変な事言わないでよ」


 流石の貴堂沙耶香も、少し引いておるわ。

 こうなるのも無理ないのう。


「でも、今は厄落とし済みなんで、恐らく、大丈夫ですよ」


 幸太郎は何でもない事のように、そう言った。

 まぁ信じるかどうかは、貴堂沙耶香次第じゃがな。


「そ、そうだったわね。というか……そうであってほしいところだわ」


「すいません……変な事言って。ところで、今日はこんな格好ですし、貴堂部長と呼んだ方がいいですかね?」


 すると貴堂沙耶香は、少し考え込んだ。


「う~ん、そうねぇ……今日はまだ呼ばなくていいわ。職場の者と会うこともないし、引き続き、沙耶香でお願いね」


「わかりました。では沙耶香さん、今から行く貴堂授法院という所なんですけど、宗教施設ですか?」


 貴堂沙耶香は頷いた。


「ええ、一応、宗教法人の施設よ。でも、門徒や信者はいないわよ。あくまでも道師みちのしを育てたり、管理する為の宗教施設だから。まぁ早い話が、貴堂家に仕える呪術集団の総本山といったところかしら。とはいえ、そんな事は、表立って公表はされてないけどね。だから……外では口にしないでよ。昨晩話した全霊連もそうだけど、くれぐれも内密にね」


 どうやら、呪術関連の組織は全て、秘匿とされておるんじゃろう。

 今の世は表立って呪術を使えぬそうじゃから、仕方ないのかものう。


「へぇ……そうなんですか。やっぱそういう裏の呪術社会ってあったんですね。ちなみに、その貴堂授法院にいる方で、コイツをお祓い出来そうな人は、やはり……」


 ハンドルを握る幸太郎は、そこで貴堂沙耶香をチラッと見た。


「ええ、いないわよ。でも、それに関してはもう、今は考えないでね、三上君。下手に誰かに話すと、余計な不幸を呼ぶかもしれないから。そうなったら、貴方も困るでしょ?」


「確かにそれもそうですね。一応、手立てもできましたし」


 貴堂沙耶香の言う通りかものう。

 触らぬ神になんとやらじゃな。


「そうそう。貴方は今の環境に慣れるまで、余計な事はしなくていいの。私も色々と調べてはみるから」


「すいません、ご迷惑おかけします」


 幸太郎は申し訳なさそうに、頭を下げた。


「別にいいわよ。私は貴方の上司なんだから。でも、疫病神さんも昨晩言ってたけど、なんで霊力が集まってくるのかしらね。疫病神さんも原因がわからないとか言ってたけど……」


 これは本当の事じゃからのう。

 我もさっぱりわからんのじゃ。


「それなんですけどね……まぁこれは俺の仮説ですが、たぶん、疫病神の霊的質量がデカいからじゃないですか」


「霊的質量がデカい? どういう事?」


「天体で木星ってありますよね」


「木星がどうかしたの?」


「地球って木星の質量が大きいお陰で、天体衝突から免れてるって言われてますよね。大きな隕石は、質量の大きい木星に引き寄せられるんで。それと同じで、コイツの霊的質量がでかいから、良くない霊力が集まって来るんだと思うんです。特にこの人間社会は、そういう気が蔓延してますからね。その所為で、俺が巻き添えを食ってる気がするんですよ。もうこれしか、理由が思いつかないんですよね」


 ほう、これは初耳じゃな。

 じゃが、これは一理あるかもしれぬ。

 貴堂沙耶香も幸太郎の説に頷いておるわ。


「へぇ、それはあるかも。というか、ずっと体験してきた貴方が言うと、凄く説得力あるわね。それに……強い霊気に霊力は吸い寄せられるって、誰かも言ってたような……」


 実際にそういう説もあるようじゃ。


「まぁ何れにせよ、もう少し考えてみましょう。それと貴方は、今は、新しい環境に慣れる事に集中しなさい。同居してるんだし、わからない事があったら、私に遠慮なく訊けばいいから」


「ええ、そのつもりです。よろしくお願いしますね、沙耶香さん」


 とまぁそんなやり取りをしつつ、車は道路を進み続けるのじゃった。

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