二十四の巻 忘れた伝言

    [二十四]



 八王島でのイベントも終わり、それから数日が経過した。

 世の中は今、新進気鋭のIT社長による猟奇殺人事件で、騒然となっているそうじゃ。

 やはり、内容が衝撃的すぎるのじゃろう。

 殺した女子の数は13人。じゃが、エンバーミング処理をされていた事には触れてはおらなんだ。

 幸太郎が言うには、模倣犯を防ぐために、報道規制が入ったんだろうとの事じゃ。

 この間、小早川孔明の父親が涙ながらに、謝罪会見してるのをテレビニュースとやらで見た。

 今後は、家族ももれなく、不幸に染まってゆくじゃろうな。

 狂った嗜好を持つと、周りが不幸になるの。業深き男じゃて。

 そして、その当事者である幸太郎はというと、今はアパートで、色々と身辺の整理をしているところであった。

 理由は、引っ越しをせねばならなくなったので、その荷造りをしているのである。

 荷物の行き先は、東京都にある貴堂不動産が所有する物件であった。

 とはいえ、都心からは外れた場所になるので、そこまで陰の気は集まって来ぬ所のようじゃ。

 これは貴堂沙耶香の気配りなのじゃろう。


「さてと……こんなところか。まぁそれほど家財道具は多くないけど、今日は蒸し暑いせいか、汗だくだよ。少し休むとするかな」


 幸太郎はそう言って、冷蔵庫から飲み物を取ると、腰を下ろして胡座をかいた。

 今は梅雨の真っ只中で、晴れていても湿度が高いらしい。

 その所為か、汗をかなりかいておった。

 首に掛けたタオルで、今も額の汗を拭い、団扇うちわで仰いでおるところじゃ。


「それはそうと、幸太郎よ……我の言った通り、あの厄落としをして正解だったじゃろう? 道が開けてきたではないか。とはいえ、貴堂グループという会社も、結構クセがありそうじゃがな」


「まぁな。でも……貴堂家の秘密集団、道師みちのしの者だったか……アレがちょいと気になるんだよねぇ。俺も今まで厄落としをしてきて、貴堂グループの名前をちょくちょく見てきたからわかるんだけど……確かに、あの会社……普通じゃないんだよ。妙に裏の社会に通じてるというか……まぁ巨大なグループ企業な上に、今はまだ実体がよくわからんから、何とも言えないんだけどさ」


 幸太郎はそう言って、大きく開いたアパートの窓へと視線を移した。

 ここは2階なので街並みがそこそこ見える。

 今は昼前という事もあり、外はややギラついた太陽が輝いておった。

 窓の向こうに見える建物の外壁や屋根が、熱そうに照り返しておるわ。

 見た感じじゃと、もう夏の日射しじゃな。

 セミの鳴き声も、少しではあるが聞こえていた。

 直に、やかましい暑い夏が始まるのじゃろう。

 ま、我には暑さ寒さなどわからぬから、どうでもよいがの。

 

道師みちのしの者のう……我の記憶にはない言葉じゃな。この間の貴堂沙耶香の口振りじゃと、呪術者を指す隠語のような感じに聞こえるがのう。いつものように調べてはおらぬのか?」


 幸太郎は飲み物を口に運ぶと、それに答えた。


「いや、勿論、俺もアレから少し調べたよ。で、その道師みちのしって言葉だが、遥か昔に、実際にあったそうなんだ。今から1300年以上前の飛鳥時代、天武天皇の時代にね」


「ほう、飛鳥時代というのがよくわからぬが、1300年以上前とは、また昔じゃな」


「ああ。で、その天武天皇が定めた階級の制度に、八色やくさかばねというのがあるんだが、それに道師みちのしの名前が出てくるんだよ。ただ……文献によると、このかばねを賜った氏族はいないそうだから、謎の姓ではあるそうだ。ま、それと、貴堂家の道師みちのしとの関係性はわからないけどな」


「ふむ、なるほどのう……ン?」


 するとその時じゃった。

 突如、アパートの呼び鈴が鳴り響いたのである。


「誰か来たようじゃぞ、幸太郎よ」


「珍しいな。誰だろう……もしかして、貴堂グループの人か?」


 幸太郎は立ち上がり、玄関へと向かった。

 そしてドアスコープとやらを覗き込み、「おや、知ってる人だ」と言って、幸太郎はドアを開けたのじゃった。

 するとドアの向こうには、私服姿の春日井が立っていた。


「おお、春日井さんじゃないですか」


 春日井はそこで微笑んだ。


「よう、元気そうだな、三上さん。貴堂の娘さんにアンタの事を訊いたら、今日なら多分いるって言ってたから来てみたんだよ」


「それはまた、遠路はるばるですね。ここは神奈川からだと、2時間くらいかかるでしょうに。でもその様子だと、もう沙耶香さんから色々と聞いてそうですね」


 春日井は、貴堂沙耶香から住所などを聞いて、ここに来たようじゃ。

 わざわざ来たという事は、腰を据えて訊きたい事でもあるのじゃろう。


「まぁ少しばかりな。おまけに、三上さんは貴堂グループの社員だって聞いたよ。まったく、あの娘さんには色々と驚かされるばかりだ。勿論、アンタにもな。ところで、今は何してんだ?」


「今は引っ越しの準備中ってやつですね。明日には引っ越し業者が来るんで。それはともかく、今日はどうされたんですか?」


「三上さんに直接会って、訊きたい事があったんだよ……それで来た。それはそうと、今、1人か?」


 春日井はそう言うと、部屋の中にチラッと目をやった。


「ええ、1人ですよ」


「なら悪いんだが、どこか落ち着ける場所で話をしたいんだ。あまり、人に聞かれたくない話なんでな」


 幸太郎は快く頷いた。


「良いですよ。どこにします?」


「じゃあ、表に俺の車があるから、そこで走りながら、話すとしようか」


「わかりました」――


 その後、幸太郎は春日井の車に乗り、ぶらりと出掛けたのじゃった。

 春日井の車はなかなか大きかった。

 幸太郎曰く、SUVタイプのハイブリッド車だそうじゃ。

 何のことかよくわからんが、性能が良くて燃費の良い車だと幸太郎は言っておったので、そうなんじゃろう。


「良い車ですね。新車ですか?」


「ああ、新車だ。ま、残価設定ローンで買ったんで、まだ全額は払ってないがな」


「でも良いですね、新車。ところで……先程、訊きたい事があると言ってましたけど、何ですかね?」


 ハンドルを握る春日井は、前を向いたまま答えた。


「三上さん……アンタ、どうして小早川が犯人だとわかったんだ? 少し合点がいかなくてな。貴堂の娘さんも、小早川が何か知っているとは思ってたみたいだが……猟奇連続殺人事件の犯人とまではわかってなかったそうだ。それが……ずっと引っかかっていてな。おまけに、あの遺体がなぜ動いたのかも、サッパリわからんのだよ。それに加えて……アンタが手を触れて壁を壊したアレもな。出来れば教えてくれないか? 貴堂の娘さんに訊いたら、アンタに訊いてくれって言われたしな。何かあるんだろ?」


 ま、そこは気になるじゃろうな。

 貴堂沙耶香は、そこのフォローはしてくれんかったようじゃ。

 あの女子の事じゃ。ちょっとした悪戯なのじゃろう。

 もしかすると、幸太郎を試しておるのかもしれぬな。

 あの女子ならやりそうじゃ。ほほほほ。

 さて、それはともかく、幸太郎はどう答えるかの。


「さすが、刑事さんですね。いや……それでこそ、刑事といったところでしょうか。確かにあの時、あれだけの情報で、小早川を連続殺人犯と断定するには、判断材料が少なすぎますね。根拠に乏しいです。ですが……その前から、俺が調査していたとすると、どうでしょう?」


「ん? そうなのか? 貴堂の娘さんの話じゃ、アンタが前の会社を辞めた後、すぐに採用したような事を言ってたぞ。そこからイベントまで2週間ほどだろ? よくそこまで調べられたな」


 春日井は少し訝しげに思っておるのう。

 さぁどうする? 幸太郎よ。


「春日井さん……直感て信じますか?」


 幸太郎は流れる街並みを眺めながら、そう訊ねた。


「直感? まぁそりゃあ、そういう時もあるよ。俺はこう見えて、一応、一課の刑事だしな。わけわからない時は、直感を信じる時もある。で、それがどうかしたのか?」


「俺は結構、直感を信じますよ。春日井さんは知ってますか? 人間の直感は90%の確率で、概ね当たるという話を」


「はぁ? そんなわけねぇだろう。直感がそんなに当たるわけない。おかしな事を言う人だな」


 春日井は首を傾げつつ、幸太郎を横目でチラッと見た。


「おかしいですかね? ちなみに今のは、とある海外の大学の研究によるモノです。なんでも直感というモノは、人間が経験してきた様々な体験を脳が記憶していて、それら元に、無意識下で処理をして導き出した、論理的結論なんだそうです。で、俺はその説を結構信じてるんですよね。だから……直感で、あのホテルの関係者が怪しいと思った俺は、その中でも一番胡散臭い、小早川の周辺を徹底的に調べたんです。そして、そこで仕入れた情報を元にして、俺はあの結論に至ったんですよ。まぁとはいっても、それでも8割ほどですがね」


 幸太郎は妙な例えを出して、少し煙に撒いた感じじゃな。

 まぁとはいえ、嘘は言っておらぬ。

 幸太郎は実際に、イベント前に少し調査をして、失踪事件は、あのホテルの関係者が怪しいとは言っておったからの。

 イベントの後に聞いた話じゃと、幸太郎は指定管理業者の事も全て知っておったそうじゃ。

 それに加えて、小早川の父親が経営するKYマネジメントという会社との繋がりの事も、把握はしてたそうである。

 こういうところは抜かりない奴であった。

 不幸な毎日を送るので、色々と前もって予備知識を仕入れておいたんじゃろう。

 じゃが、それでも、春日井は納得するまいて。


「ほう……じゃあ、残りの2割はなんなんだ?」


「勘……というのは冗談で、残りは……死者の声ですかね」


「はぁ、死者の声? ここで、オカルトかよ」


 春日井は眉を寄せ、怪訝な表情になった。

 幸太郎はそんな春日井を見て、軽く微笑んだ。


「言っときますけど、これは冗談ではないですよ。俺……あの空洞でも言いましたが、中学の頃に供養塔を壊してからというもの、時々、聞こえるんですよ……死者の声がね。特に……後悔や恐れを抱いて死んだ者は、死後もなぜか、その場に留まって訴えかけてくるんです。どうして私は死んだのか? どうして俺は殺されたのか? 果ては、俺は誰誰に殺されたんだ! とかね。無論、殆どの場合、誰にもその訴えは届きません。普通の者には見えないし、聞こえないからです。ですが……見える者には見え、そして聞こえるんですよ」


 車内はシンと静まり返った。

 無機質で静かなエンジン音だけが聞こえる。


「お……おいおい……死者の声……だと。何を言っている。そんなモノ……き、聞こえるわけないだろう」


 春日井はそう言いつつも、少し動揺していた。

 あの空洞で起きた出来事は、不可思議な部分が多かったので、少しはそう考える部分もあったんじゃろう。


「春日井さん……ではなぜ、遺体は動いたのでしょうか? アレは彼女達の無念がそうさせたんじゃないですかね。生きたいのに、生きれなかった。こんな筈じゃなかった。こんな男だと思わなかった。なんで私が、こんな男に殺されなきゃいけないのか。そんな無念の思いが、最後にああいった現象を起こさせたのかもしれませんよ。人はね……死んで終わりじゃないのかもしれません、春日井さん。俺はそう思いますけどね」


 じゃが、春日井は納得がいかぬのか、首を横に振ったのである。


「しかしだな……そんな話、俺は聞いた事はないぞ。今まで殺された者達をそれなりに見てきたが、動くなんて事はなかったからな。まぁ、この間の遺体が動いた件については、警察に言わない方が良いと、貴堂の娘さんにお願いされたから、俺は供述しなかったがな。まぁ言ったところで、信じてくれなかったかもしれんが……」


 ほう、なかなかしぶといの。

 春日井はこう見えて、意外と疑り深い性格のようじゃな。

 さぁて、幸太郎はどう返すかの。


「春日井さん……この世にはね、不思議な事など、普通にあるんですよ。ないと決めつけるのは……その人の主観でしかありません。そういう事ですよ……ヤスにい……なぁんてね」


 この言葉には驚いたのか、春日井は助手席にいる幸太郎へと、思わず振り向いたのじゃった。


「ヤ、ヤス兄だと……アンタどこで、その呼び方を……」


 幸太郎は前を指さした。


「春日井さん、ちゃんと前を見て運転してくださいよ。わき見運転は事故の元です。それに、刑事が事故を起こすと、後が面倒ですよ」


「お、おう、わりぃ」


 春日井は慌てて、視線を前方に戻した。


「さて、それはそうと、どこかで飯にでもしませんか? もう昼ですよ」


「そういやそうだな。しかし、変わった男だな……アンタは。アンタと話してると、心の奥を見透かされてるような気分になるぜ」


「それは安心してください。春日井さんが何を考えてるかなんて、俺は全然わからないので。ああ、そうそう……妹さんの名前、確か星良さんでしたっけ?」


「ああ、そうだが。それがどうかしたか?」


「この前、八王島から帰る時、春日井さんが忙しそうだったんで、言いそびれちゃった事があるんですよ」


 そういえば、春日井に伝え忘れた事があると、幸太郎は言っておったのう。

 ちょうどええ機会じゃな。

 ここで言うた方がええじゃろう。


「言いそびれた事? なんだ一体?」


「春日井さんの家の近くに、クローディアって雑貨屋さんあります?」


「ああ、あるが……それがどうかしたか?」


「そこに、星良さんが2年前に注文しておいた品物があるそうなんで、帰りに寄って受け取ってくださいよ。お金は支払い済みだそうです。まぁ2年前なんで、取り置きしてあるかどうかわかりませんけどね」


 春日井はまた怪訝な表情になっておった。


「はぁ? 本当かよ……もしそうなら、なんでそんな事を知ってんだ?」


「それは秘密です。騙されたと思って、行ってみてください」


「秘密? まぁいいや、クローディアだな。本当に不思議な奴だな、三上さんは……」


「さっきも言いましたが……この世には不思議な事など、普通にあるんですよ、春日井さん。不思議と思うかどうかは……人それぞれなんですから」


 妹が注文した兄の誕生日プレゼントは、無事取り置きされておるとええがの。

 まぁそれは春日井の問題じゃ。

 幸太郎は伝言を預かっただけじゃからな。

 これで幸太郎も肩の荷が下りた事じゃろう。

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