二十三の巻 道師の者
[二十三]
部屋を出た幸太郎達は、ホテルの2階にあるレストランにて食事をする事になった。
海辺に面した造りになっており、広々として落ち着いた雰囲気の所であった。
沢山のテーブル席があり、既に食事を楽しむ旅行者らしき者達もおった。
今は、夕日が輝く海を眺めながら食べれるので、なかなか乙な感じじゃ。
朱に染まる夕暮れの空には、沢山のウミネコが舞い、金色に輝くの海には幾つかの船が見える。時折吹くそよ風に、木々の枝葉や草花が靡いていた。
もう暫くすると、夜の帳も降りてくるじゃろう。
また、食事はバイキング形式というものらしい。
幸太郎達はそれぞれが好きな料理を皿に盛り、席についたところである。
今の世は変わった食事形態が多いのう。
我がいた頃より、遥かに生活が進んでおるわ。
ちなみにじゃが、幸太郎の隣には人懐っこい日香里がいた。
幸太郎は日香里に気に入られたようじゃな。そんな感じがするわい。
今の幸太郎ならば、厄落としも終わったすぐじゃし、そう不幸な目に遭う事もあるまい。
「さて、それじゃあ……色々とあって大変でしたが、とりあえず、食事にしましょうか。ごめんなさいね……北条さん達は大変だったのに、こんな事しか言えなくて」
あの厳しい雰囲気を纏っておった貴堂沙耶香も、やはり人の子じゃな。
流石に居たたまれなくなり、悲しげな表情であった。
お悔やみの言葉は向こうで交わしてはいたが、そう簡単に割り切れるもんでもないからのう。
それはさておき、北条姉妹は表情を落としつつも、首を左右に振った。
「いいえ……弥生が見つかったのは、貴堂グループのお陰です。あのイベントを企画してくれたので、妹は見つかったのですから。貴堂沙耶香さん、そして三上君、今まで本当にありがとうございました」
明日香は潤んだ目で、そう返事した。
「私も姉と同じ気持ちです。弥生姉さんが見つかったのは、貴堂グループがあの場を用意してくれたからだと思います。そして……三上さんがいたから、姉とまた会えることができました。今日は本当にありがとうございました」
日香里も姉に続いた。
すると、貴堂沙耶香は罰が悪そうな顔で、溜め息を吐いたのじゃった。
「そう言われると……私も辛いところがあるわね。この人が最終的に、全部、持って行ってしまったから。本当に私達は、場所を提供しただけだったわ」
貴堂沙耶香はそう言って、幸太郎を指差した。
幸太郎は苦笑いを浮かべる。
「すいませんでした……出しゃばってしまい。でも、流石に……犯人がわかったのに、放っておくのも……と思いまして、ああいう暴挙に出てしまいました。そこはちょっと反省してます。北条さん達を悲しませる事になってしまったので」
幸太郎は姉妹に深く頭を下げた。
姉妹は頭を振る
「いいの……実を言うと……最悪の事も想定はしてたから。とはいえ、考えたくはなかったけどね……やっぱり」
「私もです……5年も行方不明だったので、最悪の事は覚悟してました。生きていて欲しかったですけど……こればかりはもう、無理にでも納得するしかないです」
北条姉妹は色々と考える日々を過ごし、ある程度は覚悟してこのイベントに臨んだのじゃろう。
結果は残念じゃったがの。
「ところで、三上君。さっきの事で……ずっと気になってた事があるの」
「何でしょうか?」
明日香は日香里を見た後、言いにくそうに話を始めた。
「弥生の事をどこで知ったの? 医大生だったことや、小早川と恋仲だった事とか……それ以外にもあるわ。あの壁を壊したのとか……遺体が動いたのとか……」
さてどうするかの、幸太郎よ。
おうおう、目を閉じて物凄い困った顔をしておるわ。
貴堂沙耶香を交渉の席に着かせるため、あえてあの場で、方術や呪術を使ったからのう。
当然、そのしわ寄せは来るわな。
しかも、貴堂沙耶香は、それを面白そうに見ておるところじゃ。
ほほほほ、どうやって切り抜けるのじゃろうな。
幸太郎の頭の中は今、色んな言い訳を考えとるに違いない。
そんな感じで、暫し沈黙の時が続く。
するとそこで、仕方ないとばかりに、貴堂沙耶香が身を乗り出し、囁くように話を始めたのじゃった。
「北条さん……2人には黙ってたけど、実は彼、貴堂グループの者なのよね。しかも、ミチノシの者ね。北条さんの家は、貴堂家と繋がりがあるから、お婆さんから、そういう話を聞いた事があるんじゃない? でも内緒よ」
おう、そうきたか。
面白いのう、この女子は。
姉妹は驚いたのか、目を大きくし、口元に手をやった。
そして姉妹も、身を乗り出し、それに答えたのである。
「え!? 本当ですか! 彼、そっち方面の方だったの?」
「嘘……全然わからなかった」
「え? ミチノシ?」
突如出てきた意味不明な言葉を聞き、幸太郎も目を丸くしておるわ。
意味がわからぬのじゃろう。
無論、我もじゃ。
「そうなのよ。だから、事前に色々と教えておいたの。ね?」
貴堂沙耶香はそう言って、幸太郎に視線を向け、軽く片目を閉じた。
ウインクというやつじゃな。
つまり、話を合わせろという事なのじゃろう。
意図を察した幸太郎は、苦笑いを浮かべ、後頭部をポリポリとかいた。
「実は……そうなんですよ。今まで黙っていてすいませんでした」
そして幸太郎は、また深く頭を下げたのじゃった。
「そうだったの……あの空洞内で奇妙な事がよく起きたから、おかしいと思ったのよ。なるほど、ミチノシの者だったのね」
「三上さんって雰囲気が普通じゃないと、ずっと思ってたんです。そういう事だったんですか……スパイじゃなくて、そっち側の方だったんですね」
姉妹は今ので納得したようじゃ。
じゃが、今度は幸太郎が首を傾げていた。
「あの……さっきから言ってるミチノシって何ですか?」
「ミチノシは、道に師匠の師と書いて
貴堂沙耶香は周囲をチラ見しながら、含んだ言い回しをした。
どうやら、大っぴらに話せぬ内容なのじゃろう。
とはいえ、ますます困惑顔になる幸太郎であった。
「は、はぁ……わかりました」
するとそこで、日香里が周囲の目を気にしながら、隣にいる幸太郎に囁いたのじゃ。
「三上さん、噂で聞いたんですけど……貴堂家に仕える秘密の集団・
「へ、へぇ……そうなんだ。初耳なんスけど」
幸太郎はそこで、貴堂沙耶香をチラッと見た。
表情を見る限り、『何それ?』と訊きたげな感じじゃ。
「また今度ね、三上君。まぁそういうわけだから……彼は色々と知ってたし、変わった事もできるのよ。でも、この事はくれぐれも内密にね。ここだけの話という事で」
「はい、そのようにします」
「私もです」
北条姉妹は納得したのか、少しすっきりした表情であった。
まだまだ楽しめそうじゃな、幸太郎よ。
「ところで明日香さん、春日井さんはまだ帰って来てないですか?」
と、貴堂沙耶香。
「はい、まだだと思います。彼は刑事なので、色々と向こうで訊かれてるんだと思います。当事者でしたので」
「春日井さんも、こうなった以上は仕方ないと言ってました」
どうやら春日井は、まだ警察署にて、色々と聞き取りをされておるようじゃ。
幸太郎もそうなるだろうと言っておったから、なかなか大変じゃわい。
「そうですか。まぁ彼の事は、彼に任せるとしましょうかね。一応、フロントには伝えてあるので。さぁ食べましょうか」
そして4人は、夕食を食べ始めたのじゃった。
色々とあった今回のイベントじゃが、幸太郎にとってはよい縁なのかもしれぬ。
貴堂グループ……裏で呪術者を集める会社らしいが、一体、何なのじゃろうな。
しかし、そのような仕事場があるとはのう。
面白い、実に面白いわ。
「ところで、明日香さん、ご結婚されると人伝てに聞きましたが、弥生さんの件でスケジュールは大丈夫ですか?」
ほう、これは初耳じゃ。
「いえ、そこは計画通りです。式場は来年で押さえてありますので」
「それは良かったです。そして、おめでとうございます、明日香さん。お幸せになってください」
明日香は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、沙耶香さん。ところで、沙耶香さんは、まだされないのですか?」
「私はまだもう少し1人でいますよ。とはいえ、私も26歳になったので、父からそういう話が出て困ってるんですよね。大体、相手がいないと出来ないモノなのにね」
貴堂沙耶香はそう言うと、少し溜息を吐いた。
あまり結婚願望はないようじゃ。
というか、この女子を相手する男は大変かものう。ほほほほ。
「まぁそれは追々という事で。それと日香里さん、我が社に就職されてすぐ、こんな事になってしまってごめんなさいね。私もまさか、あんな事になっていたとは思わなかったものだから……」
「いえ、それは全然大丈夫です。それに、結果は残念でしたが、姉ともようやく会えたので、参加して私は良かったと思っています」
「それならよかった。ではこれからは、我が社でまた頑張ってくださいね」
「はい、貴堂部長」
幸太郎は何気なく交わされている女子達の会話を聞き、箸を持ったままポカンとしていた。
ある意味、驚きの事実というやつじゃな。
想像以上に親しそうだからじゃ。
「あの……どういう事なんですか? 貴堂沙耶香さんはお2人と、かなり親しいんですか? しかも、日香里さんは貴堂グループの社員のように聞こえましたが?」
「親しいというか、北条さんの家と貴堂家は一応……繋がりはあるからね。彼女達のお父さんは、総帥の息子にあたるから。それと日香里さんは、今年我が社の不動産部門に入社した新入社員なのよ。今回は研修という名目で派遣したの。ごめんね、黙ってて」
貴堂沙耶香は、なんでもない事のように話していた。
複雑な事情じゃが、貴堂沙耶香はあまり気にしてないようじゃ。
「そうだったんですね。という事は、今回のイベントは貴堂総帥の指示なのですか?」
「ええ、三上君の言う通りよ。今回のイベントは、総帥から直接指示された案件なの。5年も孫が行方不明のままだったから、もう流石に我慢できなかったんでしょう。だから、2人にも当然、その事は話してあるわ。で、小早川が怪しいというところまではわかったから、なんとかして吐かせようと考えたのよ。ちょうどウチの案件で、八王島のリゾート計画もあったからね。それもあって、この機会に実行に移す事にしたの。そしたら、小早川の奴、案の定、開発権に喰いついてきたからね。あのホテルには、アイツにとって都合の悪い何かがあるって思ったわ。とはいえ……小早川がホテルの地下で、あんな事をしていたなんて夢にも思わなかったけど……。ま、それもこれも、想定外の事があったから、真相も解明されちゃったけどね……三上君に」
貴堂沙耶香はそう言うと、幸太郎に悪戯っぽく微笑んだのじゃった。
「そ、そうだったんですね。という事は、俺の事とかも逐一、耳に入ってたんですか?」
「ええ、入ってたわよ。実はね、イベント前日なんだけど、『助手のバイトに来た男が、物凄く鋭い奴だったの。どうしよう?』って、明日香さんが焦った様子で連絡してきたのよ。勿論、貴方の事ね。だから、貴方を監視してもらう名目で、急遽、明日香さんにも空洞の中に入ってもらったのよね。貴方の腕は買ってるけど、新人だし、暴走されると困るから。ごめんなさいね、明日香さん」
明日香は頭を振る。
「いえ、それは構いませんよ。でも、三上君が
「ごめんなさいね、黙っていて。まぁとはいえ、三上君は日香里さんと同じで新入社員みたいなモノだからね。でも彼、なかなかだったでしょ?」
貴堂沙耶香は上手く話を持っていくのう。
この辺はやはり、人を上手く扱う才なのじゃろうな。
「そうなんですよ。日香里が凄い気に入っちゃって」
「と、突然、何を言うのよ、明日香姉さん」
頬を赤らめとるわ。
恥ずかしいのじゃろうが、満更でもないのか、幸太郎にチラチラと妙な目を向けておる。
対する幸太郎は、事態についてけてないのか、まだポカンとしているところじゃ。ウケるわ。
「まぁそういうわけで、これから日香里さんは、貴方と顔を合わす事があると思うから、よろしくね、三上君」
「は、はい。では……よろしくお願いします、日香里ちゃん」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね、三上さん」――
なんかよくわからぬが、面白い事になっておるのう。
さて、次は何が起こるのか楽しみじゃわい。
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