十四の巻 類似の境遇

   [十四]



 幸太郎達イベントスタッフの自己紹介も終わったところで、貴堂紗耶香の声が響き渡った。


【では次に参りましょう。これより皆様方には、そこで自由に過ごして頂きます。それが本日の予定になります。では、お好きなようにお過ごし下さい】


「え!? 自由! どういうことだ、一体……」


「サバイバルイベントじゃないのか?」


 参加者は口を開け、呆気にとられた表情になっていた。

 予想外の指示だったのじゃろう。

 この状況で好きにしろと言われれば、そうなるのも無理ないところじゃ。


【はい、自由です。お好きになさってください。そして、イベントスタッフの方々も、ご自由に過ごして頂いて結構です。私からは以上です。質問は受付けませんので、よろしくお願い致します。では】


 鉄格子の向こうにいる貴堂沙耶香は、それだけを告げ、守衛の男達を残して、この場を後にしたのであった。


「なんてイベントだ……チッ、こんな事なら、応募なんかするんじゃなかった」


 西岡という男はそう言って、不満そうに悪態を吐いた。


「まぁまぁ、西岡さん……ここは暫く付き合うとしますか。どうやら先方は、色々と根回し済みのようですしね。それに……あの貴堂グループに楯突くのは、我々も得策ではないでしょう」


 佐々木という男がそれを宥めた。


「ふん……まぁ確かに、その通りか。佐々木さんの言うとおり、暫くは付き合うとしますかな」


 どうやら力関係的に、貴堂グループの方が遥かに上なのじゃろう。

 まぁそれはともかく、この場にいる者達は皆、自由と言い渡され、戸惑っておる様子じゃった。

 何をすればよいかがわからぬので、当然といえば当然である。

 座り込む者やウロウロする者、空洞内を見回る者等、それは様々であった。

 するとそんな中、幸太郎は壁の方へ行き、そこで腰を下ろしたのである。

 幸太郎は参加者達を鋭い目線でジッと見ていた。

 不幸を与えるに相応しい獲物を探っておるんじゃろう。

 さてさて、どんな奴なのかのう。楽しみじゃ。

 程なくして、北条明日香と日香里の姉妹もやってきた。


「三上さん、ここ良いかしら?」


 明日香が幸太郎の隣を指差した。


「どうぞ、御自由に」


「じゃあ、ここで一休みましょう。北島さんも座って」


「はい」


 北条姉妹は幸太郎の隣に腰を下ろした。

 幸太郎はそこで、壁に背中を預け、身体を休めた。


「北条さん、我々も閉じ込められるとは思いませんでしたよ。もしかして……これは流石に、予定にないやつですか?」


 明日香は溜め息混じりで頷いた。


「そうよ。これは流石に、私も想定外だったかな……」


「本当ですよ。それにやり方が強引というか、無茶苦茶というか……貴堂沙耶香さんて、ちょっと冷たいです」


 日香里は少し憤っていた。


「ま、向こうには向こうの考えがあるんでしょう。このイベントに乗っかった以上、しばらく様子見するしかないですね」


 姉妹は幸太郎の気楽な返答を聞き、キョトンとしておった。


「余裕ね……貴方。で、三上さんはどう考えてるの? 私は少々やり過ぎだと思うけど」


「やり過ぎだとは思いますが……わざとそうしてるんじゃないですか」


「わざと? どういう意味?」


 姉妹は首を傾げていた。


「人間というやつは、してほしくない事をされ続けると、徐々に冷静じゃなくなりますからね。恐らく、何らかの意図はあるんでしょう。例えば……参加者がボロを出すとかね」


「へぇ……こんな状況なのに、冷静に物事を見てるわね。流石、防衛大出といったところかしら」


 北条は少し感心しているようじゃった。


「まぁ性分ですよ。それはともかく、北条さんの会社ですけど、社長ってお父さんですか?」


「ええ、そうよ。それがどうかした?」


「お父さんは、貴堂グループと親しいんですかね?」


 すると明日香は言いにくいのか、日香里と気まずそうに顔を見合わせた後、幸太郎に耳打ちしたのじゃった。


「親しいというか……貴堂グループの総帥である貴堂宗厳の隠し子よ。ここだけの話だけどね」


 ほう、こりゃまた面白い話じゃな。

 なかなか妙な縁じゃ。


「へぇ……そうなんですか。じゃあ、一応、親戚になるんですね」


 明日香は首を横に振り、幸太郎に小さく囁いた。


「親戚だなんてとんでもない。法律上は親戚だけど、向こうは大企業の創業家よ。お父さんの事なんて、寧ろ迷惑に思ってるくらいよ。恐らく、曾孫の沙耶香さんもね」


 明日香はそう言うと、恐る恐る周囲を見回した。

 どこかで聞かれてるかもしれないと、警戒しとるのじゃろう。


「まぁ確かに、そういう事情なら、色々と面倒かもしれませんね。相続の際は権利も出てきますし……」


「そうなのよね。で、それがどうかした?」


「いや、今回残った参加者って、どういう基準で選ばれたのかなと思いましてね。それでですよ。以前、貴堂グループのホームページを見てたら、主要取引先提携企業の欄に、北条イベントコンサルティングの名前があったのでね」


 明日香は幸太郎に向かい、ジトッとした流し目を送った。


「本当によく調べてるわね、三上さんは……。実は、防衛省の諜報部員なんじゃないの?」


 日香里はそれに、ウンウンと頷いていた。


「そうなのよ。三上さんて凄い冷静ですし、自然体ですもん。こんな状況なのに、全然ビビってないですし。本当に、別班なんじゃないんですか?」


 日香里は色々とおかしな妄想をする女子じゃのう。

 幸太郎もこれには困り顔じゃった。


「またその話か……だから違いますって。ったく。まぁそれはともかく、今言った提携企業ですけど、もう1つ気掛かりなところもあるんですよ」


「気掛かりって?」


「実はですね。イベント参加者の会社も、貴堂グループの主要取引先提携企業欄に名前があるんですよね。そこも気になるんですよ」


 これには北条姉妹も目を大きくしていた。


「え……どういうこと?」


「本当ですか、三上さん」


「まぁ全部は憶えてないけど、確か、そこの海藤リゾートさんや、APパートナーズジャパンさん、それとNST未来開発工業さんやNOC建設工業さんは名前があったと思いますよ」


 ほう、意外なところから関係性が出てきたようじゃ。

 まぁとはいえ、商売を手広くしておれば、そういう事もあるじゃろうな。

 他の参加者達とも、どこかで繋がりがあるのかものう。


「それと、もう1つ……別の類似点がある方々もいますね」


「別の類似点……まだ何かあるの?」


「はい。以前話した行方不明者達と同じ苗字の方が、何人かいるんですよ。ちなみに行方不明者の名前は、海藤梨花かいどうりかさんという方と、中津川優美なかつがわゆみさんという方、それともう1人は外におりますが、大河内沙織おおこうちさおりさんという方、そして最後に……春日井星良かすがいせいらさんです。これはちょっと引っ掛かりますね。北条さん達を含めると、5名の方が同じ苗字という事になる。ちょっと符合し過ぎです。なので……何らかの意図があって、我々はこの場に残ったのかもしれませんね」


 姉妹はこの言葉を聞き、口元に手をやり、息を呑んでいた。


「え……そ、そんな、まさか……」


「ウソ……」


 流石にかなり驚いておるのう。

 まぁ無理もないところじゃ。

 自分達と同じ境遇の者達かもしれぬのじゃからな。


「偶然の一致という可能性も勿論ありますが、一応、そういう事も頭の片隅に置いておいたほうがいいと思いますよ。このイベントの本当の目的は……それに関するモノかもしれないんでね……」


 そして3人は、参加者達に視線を向けたのであった。

 姉妹は驚きのあまり声が出ないのか、呆然としながら参加者達を見ていた。

 方や幸太郎は、とある人物をずっと見ておったである。

 こりゃ、何かあるんじゃろうな。

 

「さて……一体、何が始まるんでしょうね。何れにせよ、ここにいる方々は、単なるサバイバルイベントの応募者ではないと思います。ところで北条さん、春日井さんは俺と同じ助手で雇ったそうですが、どういう方なんですか?」


「それが実はね……春日井さんは、貴堂グループ側が紹介してきた方なので、その辺の素性はよくわからないのよ」


「そうですか。ちなみにですが、貴堂グループに、俺の事も報告はしてあるんですよね?」


「ええ、勿論してあるわよ。しかも、ネットでの仮受付の段階でね。そしたら、採用で進めてほしいと、すぐに連絡が来たのよ。だから、貴方が面接に来た時点で、既に採用は大体決まっていたのよね」


 これも幸太郎が不審に思っていた事じゃった。

 簡単に採用を決めたので、幸太郎も不思議がっておったのである。


「やはりそうだったんですか。その場で即決だったんで、おかしいと思ったんです」


 すると日香里が、肩を窄め、申し訳なさそうに頭を下げた。


「三上さん……ごめんなさい。私達の面倒事に付き合わせちゃって……」


「いいよ、別に。こういう事には慣れてるしね。それに……場合によっては、俺が探している人物も見つかりそうだし」


 幸太郎は微笑を浮かべ、ある人物を見ていた。

 ほう……どうやら、獲物の目星がついたのかも知れぬの。

 恐らく、幸太郎はもう、どうやって絶望感を味合わせるか考えとるに違いない。

 とはいえ、中々手強いかものう。

 口で言うだけではなかなか、落とせんじゃろう。

 幸太郎の事じゃ、場合によっては呪術でカタを付けるかもしれぬな。ほほほほ。

 さて、結末を見届けさせてもらうとしよう。

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