十五の巻 不幸語り

   [十五]



 旧海軍基地の空洞内に監禁されて7日が経った。

 空洞内にいる者達は特に何をするでもなく、監禁生活を続けていた。

 参加者や幸太郎達スタッフは、口数は少なかったが、互いに無関心というわけではなく、多少の言葉を交わしたりはしていた。

 まぁ腹の探り合いといった感じじゃな。

 とはいえ、既に7日間も監禁生活が続いておるので、そろそろ疲れが見えてくる頃合いじゃった。

 しかし、監禁とはいえ、中々に手厚い待遇ではあった。

 食事は3食あり、トイレに行きたくなったら、鉄格子の外に出られもする上、風呂にも入れたからじゃ。

 但し、それらは全て、貴堂グループの監視の中で行われていた。

 その為、地下に残った者達には自由というモノはなかった。

 スマホもないので、当然外部と連絡をとる事も出来ぬ。

 その上、中の者達は寝袋で寝ることを余儀なくされておった。

 なので、そこそこは大変な状況ではあったのじゃが、にも拘わらず、このイベントから撤退する者は誰もいなかったのじゃ。

 全員がそれらを受け入れ、この空洞内にて留まっているのである。

 ちなみにじゃが、空洞内の者達は今、朝食を終えたばかり。

 つまり、8日目が始まったところであった。

 そして幸太郎はというと、今は他のスタッフ達と共に、空洞内を散歩しとるところじゃ。

 食後の運動じゃな。


「さて8日目か。また退屈な日々が続くのかな」


 幸太郎は歩きながらそう言うと、大きく背伸びした。


「三上さんは余裕ですよね。私……寝袋に慣れなくて、未だに寝不足気味なんですけど」


「私もよ……やっぱ三上君は、厳しい寮生活していただけあるわね」


 北条姉妹は慣れない環境に嫌気がさしているようじゃな。

 ちなみに、北条明日香は幸太郎の事を君付けで呼ぶようになっていた。

 本人が言うには、その方が言いやすいからとの事じゃ。

 まぁ早い話が、他人行儀に疲れたんじゃろう。


「北条さん達も寝付けないみたいだな。俺もだよ。ったく……イベント助手なんて応募するんじゃなかったかな。もう嫌になってきたところだ」


 春日井も肩がこるのか、溜め息と共に、首や肩を回していた。

 よく鍛えておる身体じゃが、環境が変わると流石に疲れが出るようじゃ。

 その点、幸太郎は凄いのう。いつも自然体じゃからな。

 理不尽な不幸に慣れておるので、全てを達観しとるわ。


「しかし、三上さんよ。アンタはえらく余裕だね。もしかして、何事にも動じないという、メンタルオバケなタイプか?」


「多少は動じてますよ。私の場合は、あまり表に出ないだけです」


「なんだそりゃ……面白い男だな、アンタは。まぁそれはともかく、今日で8日目だが……一体いつまでこんな事を続けるんだろうな。北条さんは何も聞いてないのか?」


 春日井はそこで明日香を見た。


「ええ……何も聞いていません。私もこんな事になるとは思いもしなかったので……」


 するとそこで、他の参加者達もやってきた。

 そして、その中の1人、中津川彩菜という女子が、幸太郎の傍に来たのじゃった。


「私も食後の散歩に混ぜてもらおうかしら。ここにいると身体がなまってくるわ。ところで三上君……貴方、防衛大出身てホント?」


「ええ、ホントですよ。それがどうかしました?」


「貴方、どうして任官しなかったの? 民間企業に就職するならわかるけど、こんなところでバイトって、何してるのよ」


 幸太郎は面倒くさそうに溜め息を吐いた。

 今まで色んな者達に、この説明をしてきたので、流石に嫌になったのじゃろう。


「任官は、やんごとなき事情があって、しなかっただけです。とはいえ、今の状況は、不徳と致すところではありますけどね」


「なによ、やんごとなき事情って? なんかやらかしたの?」


「俺はスパイを疑われたんですよ。まぁ疑いは晴れましたけどね。でも、もう面倒なのと信頼関係が崩れたのとで、任官拒否したんです。これが理由ですよ」


 中津川はそれを聞き、キョトンとしていた。


「スパイ? また凄いの疑われたわね。もしかして、極秘資料やデータを持ち出したの?」


「あの、中津川さん……理由を話したのに、まだ訊くんスか」


 幸太郎も流石に辟易してきたのか、口調が変わっておったわ。ウケる。


「だって気になるじゃない。スパイ疑われた人なんて初めて見たわよ」


 するとそこで、話に入ってくる者がいた。


「まぁいいではないですか、中津川さん。彼にも、色々と事情があるんですよ」


 IT社長の小早川という男であった。


「それはそうですけど……やっぱり、気になるわ」


「なかなかしぶといね、中津川さんは。三上君も大変だ。ところで、三上君は本当に良い身体付きしてるね。バランスのいい自然な筋肉の付き方というか。流石に防衛大出身なだけあるよ。俺の知り合いに、防衛医大に行った奴がいるけど、医大なのに意外と体育会系らしいしね。防衛関連の学校は大変だなぁ」


 小早川はそう言って前髪を掻き上げ、爽やかに笑った。

 じゃが、幸太郎にこうまで接しても嫌悪感を示さぬところを見ると、この男も色々と闇を抱えておるんじゃろう。


「そこまで体育会系でもないですよ。まぁそれはともかく、そういえば小早川さんて、元々は法医学を学んでたって聞きましたけど、本当ですか?」


「ああ、本当だよ。でもまぁ……色々とあって、その道には進まなかったんだけどね。今はこれで良かったと思っているよ」


「これで良かった……ですか」


 幸太郎はそこで思案顔になった。

 するとその時であった。


【おはようございます、皆様。本日もよろしくお願い致します。では食事も終わったようなので、今日は久しぶりにイベント指示をしたいと思います。皆様はこれより、空洞の中央にお集まり下さい】


 貴堂沙耶香の丁寧で冷徹な声が、空洞内に響き渡ったのである。

 ようやく催しをするようじゃ。

 長丁場を見越しておるのか、詰め込んで催しをするつもりはないんじゃろう。

 それはともかく、参加者達は程なく、中央へと集まった。


【では皆様、今から椅子を準備しますので、暫くお待ちください】


 するとその直後、スーツ姿の守衛の男が鉄格子の扉を開き、10脚の折り畳み椅子を持ってきたのじゃった。

 守衛の男は、向かい合うよう、椅子を5脚づつ並べた。

 そして作業を終えると、足早に空洞から出たのじゃ。

 

【それでは準備が整いましたので、各自、好きな椅子にお座りください】


 この場にいる者達は、若干戸惑いつつも、用意された折り畳み椅子に腰を下ろした。 


【さて、では始めましょう。今から皆様には、ここ数年間で、最も辛かった不幸な話をして頂きます。アイウエオの苗字順で、まずは海藤様から行きましょうか】


 おうおう、不幸話と来たか。

 幸太郎の専門分野ではないか。

 といっても、幸太郎は話したくないじゃろうがの。

 今も嫌そうに目を閉じておるわ。

 さてさて、どんな不幸話が聞けるのやら。


「それでは順番らしいので、私から話をさせて頂きましょう。私にとって一番辛い事というと、やはり……あの話でしょうかね。実は私、身内が行方不明になっておりましてね。年の離れた可愛い妹なのですが、今から3年ほど前、この八王島へ友人と2人で旅行に行きました。しかし、未だに足取りがつかめていないのです。勿論、その友人もです。警察の発表では、帰りのフェリーに乗ったという記録があるみたいですが、それもどうやら確実な記録ではないようで……今、どこで何をしているのか……それが全くわからないのです。無事見つかってほしいと心から願っています……私からは以上です」


 海藤という男はそう言って、悲し気に項垂れた。

 じゃが海藤の話を聞き、この場にいる者達は皆、驚きの表情を浮かべていたのである。

 どうやら、幸太郎の予感が的中したようじゃ。 


【では次に、春日井様、どうぞお話しください】


「順番ならしょうがないですね。ではお話ししましょう。私の辛いことといえば……今、海藤様が仰られたのと似た話でしょうか。実は私にも行方不明の妹がおりましてね。奇遇にも……この八王島に、友人と2人で旅行へ来ているのです。2年前の話ですがね。だが、それ以降……行方不明になっておりましてね……未だ足取りが掴めていないんですよ。それが一番辛い話ですかね……以上です」


 春日井は苦々しい表情を浮かべていた。

 あまり話したい事ではなかったのかもしれぬ。

 他の者達も目を見開いて、驚きの表情であった。

 驚愕の事実といったところじゃろう。


【では次、北島様。話して下さい】


「わかりました。私も先のお2人と同じで、今もずっと……辛くて苦しい悩みがあります。実は……私の姉も、この八王島で失踪しているからです。そして、未だに見つかっておりません。今どこで何をしているのか、そして無事なのか……何も手掛かりがないのです。これが私の辛く苦しい話です。以上です」


 日香里が話し終えると、この場は重苦しい雰囲気となっていた。

 互いに顔を見合わせ、生唾をゴクリと飲み込んでおる。

 恐らく、ここまで似た話が続いたので、驚きを隠せないのじゃろう。

 じゃが、それ以外に、別の驚きもあるようじゃった。

 幸太郎も言っておったが、ここにいる者達は皆、似た境遇の者達ばかりなのかもしれないのう。


「何だって……君もなのか……」


 海藤という男が立ち上がり、恐る恐る声を上げた。

 日香里は無言で頷く。


「おいおい……北島さんもか? そ、そんな馬鹿な事……どういう事だ、一体……」


 春日井は声を震わせながらそう言うと、鉄格子の向こうへと視線を向けた。

 そして、この場は異様な空気へと変化していったのじゃった。

 さてさて、この後はどんな話が出てくるじゃろうのう……。

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