九の巻 姉妹


    [九]



 幸太郎達は互いの持っている情報を交換した後、反対側にある大きな空洞へと移動した。

 そこはかなり大きな空洞じゃった。

 天井が高いのもあり、解放感も覚えるところじゃ。

 四方の壁は、全てコンクリートのようなモノで造られており、それらは比較的新しい時代のモノなのか、綺麗に仕上げられていた。

 しかし、床は向こうの地下道から続く旧海軍基地時代のモノと同じじゃった。

 天井部分に関しては落盤防止の鉄の梁があり、それを支える柱が幾つも床に降りておる。

 その所為か、何もないにも関わらず、やや雑然とした雰囲気のある空洞じゃった。

 おまけに、行き止まりの閉鎖的な場所でもあるのじゃ。

 とはいえ、全体的な広さは上のホテルのロビーよりも大きいので、なかなか広い空間であった。

 先程の北条の話じゃと、どうやらここが重要な場所のようじゃ。

 さてさて、何が始まるのやら。


「北条さん、ここがメイン会場って事ですか?」


 幸太郎はそこで周囲を見回した。

 そして、横をチラリと見たのである。

 どうやら、幸太郎に近づく何かがいるようじゃな。

 勿論、この世の者ではない浮遊霊がの。

 見たところ女子の霊のようじゃ。

 年は幸太郎くらいか。霊魂が記憶した姿は、今の者達のような服装であった。

 ここ最近亡くなった者のようじゃが、相当、この世に未練があるようじゃ。

 その内、悪霊化しそうじゃのう。

 おぬの気配を漂わせておるところを見ると、その昔、恐ろしい事に巻き込まれたのじゃろう。


「ええ、そうよ。ここでイベントが行われるの」


 幸太郎は霊を警戒しつつ、話を続けた。


「サバイバルイベントね……でも、何が起きるのか、北条さんも知らされてないんでしょ?」


「ええ、何をするのかまでは聞いてないわ。今回の件は、私も貴堂グループの指示で動いてる部分もあるから」


 どうやら北条も詳しい経緯は知らぬようじゃ。

 先程もそのような事を言っておったので、今回の催しは、その貴堂グループとやらが仕切っておるのじゃろう。

 北条達は表向きの主催者じゃな。


「でも、何者かから……5年前の失踪事件について、何かわかるかもしれないというメールが来たんでしょ? それも気になりますよね。もしかすると、それを送信した者は、真相を知ってるんじゃないですか」


 北条と北島は、思い詰めた表情であった。


「そうかもしれないわね。でも誰でもいいの……私も日香里ひかりも、弥生がいなくなった真相を知りたいのよ。今、どこにいるのか……何をしているのか、そもそも無事なのか……それを知りたいの」


「私も明日香姉さんと同じです。弥生姉さんの消息を知りたいんです。私達……全然、手掛かりすらなくて……これまでずっと、弥生姉さんを探し続けてきました。今回、姉宛てにそんなメールが届いたと聞いて、居ても立ってもいられなくて……」


 この姉妹には切実な問題じゃろうの。

 身内の安否が気になるのは当然の話じゃ。


「しかし2人が……そういう関係だったとは知りませんでした。さきほど北島さんは、俺の素性を知ってる風だったので、北条さんと通じてるのかと思ってましたが、まさか、姉妹とはね。もしかして偽名ですか?」


「ええ、そうよ。私がこの件の責任者だから、ちょっと書類関係を弄らせてもらったわ」


 そう、北条と北島は姉妹なのじゃった。

 さっきの話し合いの際、北条がそれを白状したのじゃ。


「で、あの応募要件になったという事なんですね。おかしいと思ってたんですよ。サバイバルイベントなのに、武道経験者を募集要項にしてたので。もしかして、貴方が直接面接していたのも、どういう人間か見る為ですかね?」


「ええ、ご推察の通りよ。貴方は応募者の中で、学歴や経歴も抜きんでてた上に、実際に会った中で、一番信頼できそうだったから。ただ……後で調べたら、ちょっと不安な要素もあったけどね」


「不安な要素? なんですか?」


「それは……貴方自身が職を転々とし過ぎだったからよ。防衛大を卒業して1年程度の間に、3回も転職してるから。もしかして……問題ありな人なのかと考えちゃったわ」


 まぁ普通の者はそう思うじゃろうの。

 理由を言ったところで誰も信用はせぬしな。


「ああ、その件については、履歴書に理由を書いたと思いますよ。あの通りです」


「本当なの? なんか濡れ衣みたいな理由ばっかだったけど……」


「本当ですよ。俺はなぜか、不幸な目に遭いやすいんです。俺が近くにいると、周りの人も運気が下がるんでしょうかね。もうほとほと嫌になってるところなんです」


 幸太郎はなんでもない事のように、溜息混じりにそう答えた。

 これは本音じゃな。ほほほほ。


「フフフ、変な人ね、貴方」


「三上さんて、なんとなく不幸そうですもんね」


 北条と北島はクスリと笑っていた。

 幸太郎は少し嫌そうに、そんな2人を見た。


「はいはい、そうですよ。不幸なのは否定しないよ。まぁそれはともかく、その理由で採用したんなら、俺の役目は意外と重大じゃないですか」


「ええ、そうよ。だから……素性を知られた以上……ちゃんとやって貰うわよ、三上さん」


 そこで北島が幸太郎に頭を下げた。


「よろしくお願いします、三上さん。明日香姉さんの話だと、危険な事もあるかもしれないそうなので……」


「北条日香里さんでしたっけ……まぁ俺も手は貸すけど、あまり無茶はしないでよ」


「はい、そのつもりです。ですが、その名前は、この場だけにしておいてくださいよ。今日は、北島日香里なので」


「それはわかっているよ、北島さん。まぁしかし……世の中は色々と大変な事になっているんだね……厄介な話が多いわ」


 幸太郎はそう言うと、隣をチラッと見たのじゃった。

 今、幸太郎の横には、北条や北島以外にもう1人おるからじゃ。

 幸太郎と我にしか見えぬ、若い女の霊がのう。

 困った事じゃな、幸太郎よ。

 先程使ったおぬの呪術の所為で、霊に気付かれて知もうたようじゃ。ほほほほ。

 まぁそれはともかくじゃが、その女の霊は今、幸太郎に色々と語り掛けておるところじゃ。

 その話を聞き、幸太郎はなんとも言えない表情となっておった。

 その霊が語る内容が、あまりにも強烈なモノであったからじゃ。

 我もその訴えを聞いてはいたが、俄には信じられぬ内容でもあった。

 じゃが、霊が嘘を言う理由も見当たらぬので、そうなのかもしれぬのう。

 いやはや、幸太郎ではないが、この世は大変じゃな。


「三上さん、どうかされたのですか? 何か難しい顔をしてますけど……横の壁に何かあるんですか?」


 北島は首を傾げていた。

 幽霊がいる方向をチラチラ見とるので、不思議に思ったんじゃろう。

 

「いや……まぁ大した事じゃないですよ。さて、北条さん……準備はもう終わりですかね?」


「ええ、これで地下基地の準備は終わりよ。でも、上のホテルがまだたぶん終わってないと思うから、その手伝いをお願いします」


「わかりました。ちなみに……明日はどういう予定になるんです?」


 幸太郎はそんな質問をしつつ、空洞の壁へと歩を進めた。

 壁は新しく、コンクリートのような素材で出来ていた。

 そこで幸太郎は、暫し壁を眺めたのじゃった。


「明日は午前中に、貴堂グループの方がお見えになるので、そこで最終的な準備をして、昼からイベント参加者に集まってもらうスケジュールになってるわ。それまではゆっくり休んでいて構わないわよ」


「了解しました。ではそのようにしますね」


 幸太郎は返事をしつつも、壁を眺め続けていた。

 何か気になる事でもあるんじゃろう。


「三上さん、その壁がどうかしたんですか?」


 北島はそう言って首を傾げていた。


「いや、なんでもないよ。ただ……この空洞の壁面が、全部綺麗に補修されてるんで、なんでかな? って思っただけですよ。補修するんなら、壁よりも天井の方をどうにかしたほうが良いと思ったんでね」


 幸太郎はそこで、何かを確認するように壁に手を触れた。


「へぇ……これ、コンクリートじゃなくて、モルタルだな。まぁこんな空洞にコンクリート流し込むのは至難の業ですもんね。って事は左官屋さんに頼んだのかな。仕上げも、これまた職人さんじゃないとできないレベルだし。高い工事費だっただろうね」


「それは……役場がそういう風に判断したからじゃないですか? ここって公営のホテルなんでしょ?」


「まぁ確かに、北島さんの言うとおりだね。ここまで大規模に補修しようと思うと、かなりの費用が掛かるから。そう……指定管理業者だけの判断じゃ、ここまでの補強工事は判断出来ないもんな。素人の俺がざっと見積もっただけでも、恐らく、1千万以上は掛かってると思うからね」


 幸太郎はそう言うと、ぐるりと周囲の壁を見回した。


「変なところが気になるのね、三上さんは。さて、他に質問はない?」


「今のところはないですね。後は、本番になれば、おのずと何かが見えてくると思いますよ」


「そう願いたいわ。三上さん、頼んだわよ。日香里を守ってあげてね。では上に行きましょうか。吉川君達の様子を見にいかないとね」


「了解です」――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る