十の巻 真の主催

   [十]



 翌日の朝食後、朝日が降り注ぐ中、貴堂グループの者達が二十名ほどゾロゾロとやって来て、会場に何らかの設備を搬入し始めた。

 北条達のようにスーツ姿の者もおったが、多くは作業服姿の者達であった。

 幸太郎や北条達は、それらが終わるまで、ホテルの外で待機させられていた。

 そして暫くすると、作業も終わったのか、大部分がさっと引き上げていったのである。

 なんというか、やることやって撤収していった感じじゃな。潔い者達じゃった。

 そこそこ時間が経過しておったので、恐らく、中で色々と細工を施しておったのじゃろう。

 一体、何が出てくるのじゃろうの?

 我は今から楽しみじゃよ。

 さて、それはそうとじゃ。程なくして、貴堂グループの長らしき者が玄関に現れ、北条を呼んだのであった。


「では北条さん、ちょっと来ていただけますか?」


 その者は、スーツ姿の妙齢の美しい女子おなごじゃった。

 北条と歳は同じくらいじゃろうか。

 しかし、そんじょそこらの女と違い、威厳に満ち溢れていた。

 黒く長い艶のある髪を後ろで結い、射抜くような鋭い眼光を携えておる。

 所作もキビキビとしており、他者を寄せ付けぬ雰囲気を持った女子じゃ。

 幸太郎のいた防衛大学とやらにいそうな、軍人気質の女かもしれぬのう。なかなかのタマじゃ。

 しかもこの女……それだけではないかもしれぬ。

 いや、この女子……もしかすると呪術に通じておるかもしれぬな。

 感じられる気が普通の者ではない。

 幸太郎より、元々のおぬの気は弱いが、まぁまぁの強さじゃ。

 むぅ……そうきたか。

 あっぱれじゃ。

 これは輪をかけて面白いぞよ。

 後で幸太郎にも教えてやらねば。

 あ奴も驚くであろう。まぁより一層警戒するかもしれぬがの。

 さてさて……それはともかく、何が始まるのやら。

 幸太郎はその様子をぼんやりと眺めていた。

 するとそんな中、日香里が傍に寄ってきたのじゃった。


「三上さん、今日はよろしくお願いしますね」


「ああ、こちらこそね。ところで日香里ちゃん、昨夜はよく眠れたかい?」


 それを聞くなり、日香里は少し肩を落とした。


「それが実は……あんまり眠れませんでした。やっぱり、昨日のような事があったので、ちょっと怖くなって……」


「でも、あれから誰も来なかっただろ? 警察もちょくちょく巡回に来てくれたみたいだし」


 実はあの後、北条が地元の警察に連絡し、パトロールをお願いしたのじゃ。

 まぁ賢明な判断じゃな。

 しかし、あの輩共は暫くは恐怖で動けやせぬじゃろうがの。


「それはそうですけど……やっぱり怖いじゃないですか。三上さんと一緒にいたほうが、安全な気がしましたもん」


 どうやら、昨日の輩共の事が不安で眠れなんだようじゃ。

 まぁそれが普通の女子じゃろうの。


「おいおい、それもどうかと思うけどね。別の危険が出てくるよ。俺も男だから」


「そうですかね。私の勘だと、三上さんはそんな事をしない気がしますよ。そういう倫理観はしっかりしてそうですし。ところで、今の何だったんですかね? すっごい機械や鉄格子みたいなモノを搬入してましたけど」


 日香里はそう言って、ホテルの玄関を覗き込んだ。

 ホテル内にはまだ何人かおり、忙しそうに動いておった。

 しかし、外からでは、何をしておるかまではわからぬようじゃ。


「本当に、何なのだろうね。他にも色々と運んでたし……。しかも、イベント直前に設置してすぐに帰って行ったしね。ここから察するに……あまり長く、ここに置いておきたくない設備なのかもね。色々と都合が悪いこともあるんだろう」


「なるほど、それはあるかもですね」


 するとそこで、春日井という男が、2人に近付いてきた。


「お2人さん、なかなか親密になれたようだな。若者はいいね。羨ましいよ」


「いや、親密ってほどではないですよ、春日井さん」


「あ、春日井さん、おはようございます」


「ああ、おはようさん。ところで、昨日なんだが……スジモンが来たって聞いたが、本当か?」


 春日井は怪訝な表情で訊いてきた。


「ええ、本当ですよ。どこから入ってきたのか知りませんが、地下の基地跡にいました。しかも、ここの基地跡で、なぜか気を失って倒れてたんですよ。何かあったんですかね……私もわけがわからなくて」


 幸太郎は詳細に触れぬよう、惚けたように答えた。

 春日井は腕を組み、首を傾げた。


「気を失っていただって……妙だな、それは」


「全くです。何なのでしょうね。その後は目を覚まして、慌てて帰って行かれましたけど。未だ持って、謎ですよ」


 幸太郎が自然体でそう語るので、聞いてる者は全く違和感ないじゃろう。

 春日井も、それを信じ切っておる風であった。


「そうか。しかし、なんでスジモンが、こんなイベントの会場に来るんだろうな。何があるんだか……」


「そうなんですよね。でも、旅行で来たような感じでもなさそうでしたし。そもそも、なぜあんな所で気を失ってたんだか……」


 幸太郎は白々しくそう言った。

 なかなかの役者じゃのう。


「私も、三上さんに聞いてそれを知りました。どこから来たんですかね?」


 日香里は幸太郎に言われた通り、話を合わせていた。

 昨日の輩共の襲撃は、幸太郎の指示で、女子2人は見ていないという事になっておるからじゃ。

 幸太郎は後が面倒なので、そういう事にしたんじゃろう。


「ところでその2人、どうなったんだ?」


 すると幸太郎は、春日井に視線を向け、首を傾げたのじゃった。

 しかも意外そうに見ておった。

 こりゃ何かあるの。


「え? ああ、それですか。……それはわかりませんね。目を覚ましたら、脅えたように慌てて出て行かれましたので。私も驚いてるんですよ。なんだったんでしょうね……」


「また来るんじゃねぇのか? 面倒だぞ、スジモンはよ」


「まぁ確かに面倒ですよね」


「本当ですか? 何か、嫌ですね。私……任侠とか暴力団の人達って苦手なんですよ」


 日香里はそう言って、少し身震いする仕草をした。

 幸太郎はそれを聞き、苦笑いを浮かべた。


「あのね、日香里ちゃん、得意な人はあまりいないよ。殆どの一般人は苦手でしょ」


「あ、それもそうですね」


「違いねぇ、そりゃそうだ。ま、それはともかくだ。さっきはやけに沢山の人が来たよな。北条さんは、貴堂グループって言ってたが……なんだありゃ? どっちが主催者か、わかりゃしねぇぞ。おまけに、わけわからん機械を沢山運び入れてたしよ。今日からサバイバルイベントらしいが、一体何をするんだか……」


 春日井は面白くなさそうに呟いた。


「確かに。というか……今回のイベント自体、どこか胡散臭そうですけどね」


「ん、なんでだ?」


 幸太郎はそこでホテルの玄関に視線を向けた。

 玄関には貴堂グループの屈強な男2人が、守衛のように立っていた。


「今回のイベントは、貴堂グループが何か企んでるんじゃないですかね。どうも……普通のイベントと違うような気がしますよ。ま、素人考えですがね」


「かもしれねぇな。しかし……アンタ、三上というんだったか。スジモン見たってのに、全然ビビってないな。アンタくらいの若い奴なら、結構ビビりそうなもんだが」


「まぁ面倒な方々ではありますが、私は特に何も思いませんよ。それなりに、色んな修羅場を見てきたのでね。防衛大にいた頃は、ボランティアで色んな被災地にも行きましたし」


「ほう……修羅場ね。大したもんだな、若いのに」


 春日井は幸太郎を探るように見ていた。

 どうやらこの男も、色々とありそうじゃな。面白いのう。

 というか、ここにおる者達は皆、色々な不幸を経験してきた者達じゃ。

 面白くなるに決まっておるわ。

 おまけに、昼からは、更なる不幸な者達がやって来るそうじゃしな。

 楽しみじゃて。

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