八の巻 過去の事件

    [八]



 幸太郎は北条から事情を聞き出したところで、輩に視線を落とし、何やら考え込んだ。

 まだ輩共は目を覚まそうとはしておらぬが、少し思案中のようじゃ。

 こ奴は、なかなかに頭もよく回るので、色々と策を考えておるに違いない。

 方や、北条と北島は、まだ状況の整理が付かないのか、共に不安げな表情をしておった。

 こういう状況下では、幸太郎の方が一枚も二枚も上手うわてじゃのう。

 程なくして、幸太郎は口を開いた。


「さてと……そろそろ、コイツ等の催眠を解いてやりますかね。北条さんに北島さんは、この通路の端にある壁際で、少し隠れててもらえますか? 催眠を解いた後、コイツ等も少しパニック起こすと思うので」


 幸太郎はそう言つつ、輩のポケットに所持品を戻した。

 2人は頷く。 


「わかりました……行きましょう、北島さん」

「は、はい」


 そして、2人は指示通りに向こうへと隠れたのじゃった。

 幸太郎はそれを確認すると、術を解く為、手におぬの気を籠めながら、輩の頭を軽く叩いた。

 すると程なくして、輩共はモゾモゾと動き出し、起き上がってきたのである。

 輩共は寝起きのように大きく背伸びすると、目を擦りながら周囲を見回した。


「ああ、大丈夫ですか? ビックリしましたよ、ここに来たら、貴方達が倒れておられたので。お身体の方は大丈夫ですかね?」


 幸太郎は紳士的に、輩共を気遣うフリをした。

 すると、輩共は目を細め、幸太郎を睨んだのじゃ。


「あん? 誰だ、テメェは」


「誰だ、お前は……ン?」


 輩共がそう告げた直後じゃった。


「ヒッ! ヒィィ!」


「ゆ、ゆゆゆゆ、幽霊がァァァ! ウワァァァ!」


 輩共は突如慌てふためき、この場から息もカラカラに逃げ出したのじゃよ。

 どうやら、見えてはならぬモノが見えたようじゃな。ほほほほ。

 あの呪術を使うと、暫くは霊が見える状態になるので、これから先、あの輩共は恐怖の連続じゃろうて。

 まぁこれも因果応報というやつじゃな。

 輩共の姿が見えなくなったところで、幸太郎は2人を呼んだ。


「もう出てきても良いですよ、北条さんに、北島さん」


 隠れていた2人は恐る恐る、幸太郎へと近付いてきた。

 あのやりとりを見て、少し警戒をしたのじゃろう。


「三上さん……彼等に一体何をしたのですか? あの慌てようは、ただ事ではない感じでしたけど」


「そ、そうですよ。三上さん、一体何したんですか?」


「何って……催眠術を解いただけですよ。さてと……」


 幸太郎はそんな2人にお構いなく、話を続けた。


「北条さん……先程の話で、大体の事情はわかりましたが、少し訊きたいことがあります。上の洋館ホテルですが、いつ頃まで営業されてたんですかね?」


「上のホテルは公営なのですが、今年の3月までは営業しておりました。なんでも、指定管理者の入札に、応募が1件もなかったらしく、一旦閉鎖という形になっているそうですよ」


「へぇ、そうなのですか。で、貴堂グループが八王町の企業誘致に則って、町が所有するこの土地に対し、手を掛けたってところですか?」


 北条は少し罰の悪い表情で、首を縦に振った。


「ええ、恐らくは……。ですが、私は詳しい経緯までは知らされておりませんので、詳細はわかりません」


「そうですか……ちなみに、それまでホテルを管理してた指定管理業者は、なぜ辞めたのですか?」


「宇喜多さんの話だと、指定管理を受けていた企業の支配人が、2人立て続けに行方不明になって、後任の者がいなくなったからと聞きましたが……」


 北条は興味深い話を語っているのう。

 実はこの地で起きた、とある失踪事件について、幸太郎はきな臭い事を言っておったからじゃ。

 どうやら、このホテルがそうなのかもしれぬ。

 幸太郎の言っておった失踪事件に、何か関係しておるのかものう。


「え? 支配人が2人続けて行方不明ですって……それ、本当ですか?」


 北島は少し驚いた様子じゃった。


「宇喜多さんは確か、そう言っておられました。私も詳しい事はわからないので、それしか知りませんが」


「北条さん……その支配人は、まだ見つかってないのですよね?」


「ええ、まだだと思います。三上さん、もしかして……支配人を探しているのですか?」


「いえ、違いますよ。私が探しているのは、別の者です。それはともかく、以前……このイべントの関連について調べていた時、地方の匿名掲示板の八王島のスレッドに、妙な噂が書き込まれているのを見つけました。確か……八王島のどこかにあるホテルに泊まると、神隠しに遭うという内容のモノです」


 北条と北島はそれを聞き、大きく目を見開いていた。


「か、神隠し……」


「何ですか、それ……」


「私、その噂が妙に引っ掛かりましてね。それで少し調べたんですよ。すると、今から5年前……この地で、1人目の失踪者が出ておりました。そして……それから今までに、なぜか八王島へ訪れた旅行者が、行方不明になる事件が頻繁に起きていたのですよ」


 2人は息をゴクリと飲み込み、幸太郎の話に耳を傾けていた。


「私が調べた中でも……計10名の者が失踪しているんですよ。しかも……それらは全て女性だったようです。ですが……全員、行き先がバラバラだったので、警察も足取りが上手く追えなかったようですね。とはいえ、宿泊場所は皆……この八王洋館ホテルだったというのが、唯一の共通事項だそうです。なので、警察もこのホテルを当然調べたらしいですよ。しかし……捜索しても何も出てこない為、警察は他国の拉致を疑い、沿岸の警備とかもしたようです。ですが……結局、今のところは何の手掛かりもなく、迷宮入り状態のようですがね」


 そこで幸太郎は北条を見た。

 北条は少し俯き、思い詰めた表情になっておった。

 こりゃ、幸太郎の予想通りの展開じゃな。


「1人目の方は行方不明者として、当時のニュースにも出ていたみたいですね……名前は確か、北条弥生やよいさん……でしたか」


 幸太郎の言葉を聞き、北条は大きく目を見開いた。

 北島はそれを聞くや否や、慌てて北条を見た。

 そしてこの場は、一気に重苦しい雰囲気へと様変わりしたのじゃった。

 おうおう、幸太郎はここで核心をついてきたのう。

 こ奴は普通の職について、普通の人生を送りたいようじゃが、こういう職業の方が案外向いとるのかもしれぬ。


「警察も当時、この方の行方を捜索したようですが、結局、見つからず仕舞いのようですね。当時……一体何があったのか? もしや北条さんと北島さんは、それを調べているのですかね?」


 するとその直後じゃった。

 北条と北島の目つきが変わったのじゃ。

 今までの社交的な雰囲気からガラリと変わり、やや荒んだ表情となっていた。


「その表情……どうやら、当たりですかね。やはり、お2人は知り合いなのですね。北条さんと北島さんは、どういうご関係なのですか?」


 2人は眉間に皺を寄せ、警戒する表情になっておった。

 

「三上さん……貴方、一体何者ですか? なぜそのような事を調べているのです」


 と、北条。


「私が探しているのは、たぶん、その失踪事件の犯人です。どうですか……ここはお互い協力しませんか?」


「でも……貴方が犯人という事も考えられるわよ?」


 北島はそう言って、険しい表情で幸太郎を睨んだ。


「そうきましたか、北島さん。でも……違うというのは、貴方の隣にいる北条さんがよく知ってるんじゃないですかね。そうでしょ……北条さん」


 幸太郎はそこで、北条に視線を向けた。

 3人の間に張り詰めた空気が漂う。

 すると程なくして、北条が肩の力を抜いたのじゃった。


「いいでしょう。手を組みましょうか。ですが……貴方が得ている情報も話してもらいますよ」


「そうしましょう。俺もその方がやりやすいので」


 さてさて急展開じゃのう。

 何が始まるのか、我はじっくり見させてもらうぞ。

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