六の巻 侵入者

    [六]



 怪しい雰囲気を醸し出す、古い洋館に辿り着いた幸太郎達一行は、そこで車から降りた。

 長旅で疲れたのか、降りるなり皆、大きく背伸びをしていた。

 幸太郎も流石に身体が凝り固まったのか、大きく屈伸運動をしておるわ。

 さてそれはともかく、洋館の前は駐車場になっておるのか、アスファルトとやらが施されており、白線が均等に幾つも引かれていた。

 今は風で飛んできた枝葉が散乱しとるので、白線が見えぬところもあるが、それなりに駐車できるところを見ると、この洋館は宿泊施設なのじゃろう。

 しかし、古い洋館じゃのう。

 建物は2階まであり、やや横に長い。

 壁は元々、白色だったとは思うが、ところどころ塗装が剥げ、色もくすんでおった。

 屋根も元は黒かったのじゃろうが、色褪せて濃い灰色になっており、尚且つ、水垢と埃で結構汚れておった。

 長年、日光や風雨に晒されてきた痕が、しっかりと残っておるわ。

 建ってから、数十年は優に過ぎておるじゃろうな。

 ようこんな辺鄙な所に、似合わぬ洋館を建てたもんじゃ。


「今、宇喜多さんに洋館ホテルの鍵を開けてもらったから、車の中にある荷物は全て、ロビーにまで運んでね。まだこの後、食料とか水をこの車で運び込まないといけないから」


 北条の指示に従い、幸太郎達は早速、それらの荷物を洋館の中へと運び始めた。

 幸太郎が洋館の玄関を潜ると、天井が吹き抜けとなった大きな空間が広がっていた。

 一行はそこに荷物を次々と置いてゆく。

 どうやらここがロビーのようじゃ。

 ロビーの奥には、茶褐色の手摺りがある幅の広い階段があり、すぐに2階へ上がれる構造となっていた。

 床には赤い絨毯が敷かれ、入ってすぐの所に、受付カウンターがあった。

 天井や壁には、幾つかの間接照明が取り付けられており、丁度よい明かりで、このロビーを照らしているところじゃ。

 壁が白く塗られているのもあり、よく光も反射しておる。

 外の色褪せぶりとは裏腹に、中は意外と綺麗じゃった。電気もバッチリ来ておるわ。

 今見た感じじゃと、手入れがそこそこ行き届いておるので、最近まで宿泊施設として営業しておったのかもしれぬのう。

 人里から離れた洋館じゃが、なかなか快適そうじゃ。

 おっと、それはそうと、幸太郎達じゃった。

 一行は程なく、荷物を降ろし終え、今は北条の説明を聞いておるところじゃ。


「ではこれより、スタッフ用の部屋に移動します。女性陣と男性陣とで2部屋ありますので、そちらに自分の荷物を置いたら、またこのロビーに集合して下さい。吉川君と手島さんは作業用の服に着替えてきてね。では、戻ってきたらイべント準備を行いますので、よろしくお願いします」


 北条の言葉を皮切りに、幸太郎達は行動を開始した。

 その後、各自が自分の荷物を部屋に置き、会場準備へと取り掛かったのである。

 会場準備は洋館班3人と、洞窟班3人の2班編成で行うようじゃ。

 幸太郎は洞窟班で、メンバーは北条と北島である。

 さて、よりにもよって洞窟とはのう。

 幸太郎も洞窟班と聞いて、少し嫌そうな顔をしとったわ。大変じゃな。

 これは理由があるのじゃよ。

 なぜなら、濃いおぬの気に慣れておる幸太郎は、本来見えてはならぬモノも見えてしまうからじゃ。

 濃い陰の気とは即ち、幽世かくりよに通ずるモノでもあるので、幸太郎も苦労しているのである。

 つまり、幽霊という奴じゃ。

 中には話しかけてくるモノもおるので、幸太郎はウザがっておるのじゃよ。

 しかも今回は、伝え聞くところによると、嘗ていくさがあった場所じゃと聞く。

 たぶん……出るんじゃろうのう。

 この世の者じゃないモノが……。

 特に洞窟のような陰気な所はのう。ほほほほ。

 さて、そんな幸太郎じゃが、今は北条の案内で洋館の地下室へとやってきたところであった。

 見たところ物置のような感じじゃが、はてさて。


「2人共、ここがさっき言ってた地下室よ。ここから更に地下へ降りるのよ。ちょっと待っててね」


 北条はそう言うと、床に敷いてある絨毯を捲った。

 するとなんと、床に両開きの扉が現れたのじゃった。

 ほうほう、そういう事じゃったか。

 どうやらこの洋館は地下室で、旧海軍の地下基地とやらに繋がっておるのじゃろう。

 続いて北条は、慣れた手つきで、その扉を開いた。

 扉の向こうには、北条の言う通り、下へと続く金属製の階段が伸びていた。

 じゃが、この下には、良くない陰の気が漂っておるのが気掛かりであった。

 むぅ……これは楽しみじゃ。


「この階段を降りると、地下の海軍基地跡に行けるのよ。ちょっと陰気だけどね。さて、それじゃあ2人共、電灯の設営に協力お願いね。そこに設営用の電灯器具とケーブルが置いてあるから」


 北条はそう言って、地下室の一角にある電線の束を指さした。


「へぇ、ここから地下道なんですね。了解しました」


「はい、頑張ります」――


 幸太郎達は、電線や電灯器具を持って、地下へと続く階段を降りて行った。

 先頭を進む北条の懐中電灯を頼りに、3人は地下道を進んでゆく。

 じゃが、思ったほどは暗くなかった。

 地下道の所々に、外の明かりが差し込む穴があるので、真っ暗ではないのじゃ。

 それにしても、戦場の基地だったというだけあり、人の手がよく加わっておった。

 我は洞穴のようなモノを想像しておったが、その実はコンクリートのようなモノで造られた要塞じゃった。

 ふむふむ、昔とはいえ、なかなか凄いモノを造ったものじゃのう。

 我が生きていた頃は、このような文明はなかったと記憶しておるが……ん? そういえば、我はどの時代に生きておったのじゃろうな……ま、今はどうでもよいか。


「さてそれじゃあ、三上さんはケーブルを引いてもらえますか? 向こうの大きな空洞とこちらの通路の端までお願いしますね」


「了解しました」


「北島さんは私と一緒に、電灯器具を付けていきましょう」


「はい、わかりました」――


 3人は作業に取り掛かった。

 しかし、幸太郎は嫌じゃろうの。

 目にしたくないモノが、やはりいるからじゃ。

 さしづめここは、浮遊霊の通り道といったところじゃな。

 旧日本軍の兵士みたいな格好のモノや若い女子達、その他の様々な時代の老若男女霊が彷徨っておるわ。陰気じゃて。

 さてさて、そんな事を考えておるうちに、設営もだいぶ終わっておった。

 それもこれも、幸太郎が頑張って働いたからじゃな。

 こ奴、周囲の幽霊に関わりたくないので、とっとと終わらせたいに違いない。ほほほほ。


「三上さん……手も足も凄く早いですね。要領も良いですし。もう終わってしまいましたよ」


 北条もこれには少し驚いていた。

 予定では、もう少し掛かると考えてたんじゃろう。


「まぁこういう作業は慣れてるんですよ。学生時代はよくしてましたから」


 北島も同様じゃった。


「本当ですよね。三上さんて、結構頼りになる男性なのかも」


「そうかい? まぁそれはともかく、これで終わりですかね?」


「ええ、これで終わりです」


 そこで北島が手を挙げた。


「は~い、質問です。お……じゃなくて……ここってどういう所なんですか?」


「ここはどういう所と言われても……私も旧帝国海軍の基地としか知らないわよ。北島さんは気になるの?」


「ええ、少し気になりました……初めて見るので」


 北島はそう言って地下道を見回した。


「ここは多分だけど……第二次大戦中の末期に、人間魚雷の回天を格納していた基地の近くかもね。俺もそういう記録を目にした事があるから。この空洞を進んで行くと……もしかすると、そう言うところに繋がったりしてね」


 と、幸太郎。


「人間魚雷……」


 北島は生唾をゴクリと飲み込んだ。

 

「冗談ですよ。まぁでも、ここは立地条件考えるとトーチカの一種だろうけどね」


「トーチカ?」


「こういう強固な場所から、重火器を使って迫りくる敵を狙い撃つ、防御陣地の事だよ。そこに砲台の穴や、銃窓が幾つかあるからね……ん?」


 幸太郎はそこで何かの気配に気付いたのか、地下道の奥に視線を向けた。

 すると程なくして、こちらに向かって歩いてくる若い2人組が現れたのじゃった。

 この2人、見覚えがある。

 空港で幸太郎が気にしておった輩達の仲間じゃろう。

 相変わらず、幸太郎は良い勘しとるのう。


「あら? 観光客の方ですか? 申し訳ありませんが、ここは今、イヴェントで使うので部外者は立ち入り禁止なのですよ。役場にも許可は取ってありますので」


 北条は輩達にそう告げた。

 するとそいつ等は、ニヤニヤしながら、お構いなく近付いてきたのじゃ。

 両方共に半袖シャツを着ており、そこから露出している腕には、刺青が見え隠れしておった。


「知ってますよぉ……ここで何かあるのは。だからぁ、来たんですよ」


 まぁはっきり言って厳つい輩じゃが、体格はそれほどでもない。

 2人共、顎や口に髭を生やし、鳥のような面白い髪型をしとるが、幸太郎の方が全然強そうじゃった。

 そういえば以前、幸太郎が言っておったのう。

 この国では、自分を護る為の威嚇用途で、刺青を入れる輩もいると。

 ついでに、刺青している者は、民達の間で狼藉者という共通認識になっているとも。

 つまり、こ奴らは、虎の威を借る狐なのじゃろう。 

 ほうほう、これはまた面白い展開になりそうじゃ。

 輩達はこちらに来ると足を止めた。


「さて、それはそうとアンタ……北条明日香さんかい?」


 北条はギョッと目を見開いた。


「そ、そうですが、何か?」


 2人組はそこで、更に北条へと近づいた。


「アンタに用があんだわ。北条さんよ、ちょっと来て貰えるかな」


「用? 何か知りませんが、い、行きません!」


「んじゃ、しゃあねぇな。おい……」


 輩の1人はそう言って、顎で合図を送った。

 するともう1人の輩が、幸太郎と北島に視線を向けたのである。


「おい、お前ら、何見てんだよ。向こう行けや!」


「何ですか、あ、あなた達は!」


 北島はそう言い返したが、完全に腰が引けていた。

 輩は眉根を寄せ、北島に睨みを利かすと、顎を突き出しながら威嚇してきた。


「あ?……おい、ネェちゃん、しばくぞ。外には他に仲間もいんだ。マワされたくなかったら、引っ込んでろや!」


 北島は後退さる。


「ヒッ!」


 そして北島は、慌てて、幸太郎の後ろに隠れたのじゃった。

 幸太郎はそこで北条に視線を向けた。


「北条さん、この方々はお知り合いですか?」


「い、いいえ、知りません」


「なんだてめぇ、喧嘩売ってんのか、オイコラ。ちょっとばかし体鍛えてるからって、イキッてんじゃねぇぞ。ボケが!」


 輩が凄んできたが、幸太郎は意に介さず続けた。


「あ、そうだ、北条さん。俺、催眠術得意なんスよ。やってみて良いですか?」


「え? さ、さいみん……」


「催眠術?」


「は? 何言ってんだ、オメェ……」


 突然の幸太郎の提案に、この場にいる者達は皆、ポカンと口を開けていた。

 ま、こうなるじゃろうの。


「さ、催眠術? よ、よくわかりませんが……どうぞ」


 北条は動揺しながらも、そう答えた。


「ではッ」


 その刹那、幸太郎は電光石火の如く、ポカンと佇む輩達の額に、指先から陰の気を打ち込んだ。

 するとその直後、輩達は気を失い、崩れ落ちるように、その場に突っ伏したのであった。

 ほほほほ。幸太郎の奴、陰の呪術の扱いが上手くなったのう。

 おうおう、グーグーとよう寝ておるわ。

 この流れについてゆけぬのか、北条と北島は尚も、開いた口が塞がらない様子じゃった。

 ま、無理もないのう。

 ちなみにこれは、我が教えた陰の呪術じゃ。

 その名も……何だったじゃろうか。

 確かあった筈なんじゃが、まだ思い出せん。

 なんじゃったかのう……うぅん、わからぬ。完全に忘れておるわ。

 幸太郎はそれならと、不幸流陰気呪術ふこうりゅうおぬきじゅじゅつ・ちょっと睡魔閃すいませんとかいう、わけわからん名前を付けとったが……そんな名前ではないのは確かじゃ。

 まぁ所詮は名前じゃし、どうでもいい事じゃがの。


「えっと……こ、これは一体……」


「な、何したんですか、三上さん……」


 北条と北島は、熟睡している輩を呆然と眺めていた。

 その表情は、かなりの驚いてる風じゃった。

 ま、無理もない話じゃて。


「催眠術です。暫く目を覚ましませんので、安心して下さい」


「催眠術って……いきなり寝てるんですけど……い、一体何をしたんですか?」


 北島はそう言って、幸太郎と輩を交互に、動揺しながら見ていた。

 

「気にしないでください、これが三上式催眠術なんですよ。貴方は眠くなる~の過程を端折った催眠術なのです。でも、秘伝ですので教えることは出来ませんよ。なので、質問はナシでお願いします」


「……」


「……」


 2人は言葉を失っていた。

 幸太郎も言い方が悪いのう。

 まぁかと言って、本当の事は言えぬから、これが精一杯か。

 しかし、初日じゃというのに、面白い事が起きるのう。これは楽しみじゃ。

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