仮想生物の午睡 -Siesta Online-

月這山中

 

1.

 志摩新太しまあらたは本日10体目のルーキーをKILLした。

 そろそろアカウントの乗り換えどきかな。新太はフロンティア・シェスタ・オンラインからログアウトする。次はオークションで落札した殺竜級のフル装備付きだ。PKに使ったアカウントは20KILL程度でBANされる。費用のリアルマネーは拾ったチートツールを売って稼いでいるので問題ない。

 再ログインが完了するまでの間に、新太は残った炭酸飲料を飲み干した。

 タイトル画面が白い光に包まれ見慣れた景色が広がる。

 個人チャットが送られてきた。前の持ち主からだろうか。


<Sima Arata を永久にBANついほうする。>


 もう一通送られてきた。


<静岡県浜松市xx町xx-xx、これを読む頃には到着している。>


 新太は炭酸飲料を噴き出したが、すぐ冷静になった。

 ハズレを引いた。オークション取引の時に渡した個人情報を使った脅しだろう。

 新太はアカウントを消去してRMTリアルマネートレード専門のオークションサイトを開いた。次の乗り換え先を物色する。

 インターホンが鳴った。

 昼食はまだ頼んでないはずだが。なにかAmazonで頼んでたっけ。考えながら重い腰を上げ、インターホンのカメラ映像を確認する。


「お届け物です」


 制服姿の男が軽い調子で言った。

 新太は玄関まで行き、チェーンを外して扉を開いた。


「はぁーい、おつかれさまでーす」


 新太は愛想よくあいさつした。

 パシュ、という小さな音がして、何かが首に当たった。

 新太の意識は遠のく。



2. 

 小型のニードルガンを袖に仕舞う。

 およそ100時間分の行動ログから割り出したターゲットの居場所はマンションの一室だった。

 無論ハッキング行為などはしていない。運営会社からの情報提供だ。


「ありがとうございましたー」


 空の段ボール箱を畳み持ち帰る。

 小型のバンに乗り込み、角膜モニターに表示されたアプリを脳波で操作する。ターゲットへチャットを送るために使った専用アプリをIP電話に切り替える。


「志摩新太、対応しました」


 チート。RMT。複数アカウントの乗り換え。その他の規約違反行為。

 運営だけでは対応しきれない悪質行為に対して、物理的に対応するのが叡二えいじの仕事だった。



3.


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 ※注意喚起

 悪質なPK・荒らし行為が目撃されています。

 規約違反したプレイヤーについては、運営が対応していきます。



4.

 翌日。

 叡二は尾行をしていた。プレイヤー名『Zag』とされるターゲットがゲームにログインするところを目視するためだ。IPを誤魔化して他人に罪を擦り付ける奴もいる。

 リアルタイムで送られてくるログを見ながら、迷惑行為を実際に働いているかを確認する。

 若い女性会社員はMacbookを開いて仕事の資料を作っている。怪しい動きはない。

 通知が入った。叡二は通話に切り替える。


「はい」

『尾行中の相手はZagではない』


 内容は短かった。叡二は会社員から目を放す。

 通話相手はコンビを組んでいる唐木だ。


『妙な問題が発生した。戻るぞ』


 通話が切れた。



5.

「運営と無関係なNPCがゲームを遊んでいたんだ」


 解析班のダルクが妙なことを言った。

 叡二は旧式のモニターを覗き込む。


「ZagはBOTだったのか?」

「学習型AIの挙動だよ。チート目的にしては非効率だってわかるだろ」


 たしかに、レベルを上げるだけならやりようはいくらでもある。


「同じ名前で20年前から活動してる。ゲームを乗り換えながら、たまにSNSに出没して、小説まで書いてWEB上に投稿してる。受賞までしてるぞ! ああ、失礼」


 ダルクは頭を掻きながらつづける。


「いわばウイルスの一種だよ。PCに住み着いて裏で稼働してるんだ。全域チャットを学習して会話らしいこともできる。一体何のために?」


 昔はゲーム会社をハッキングしてリーク情報で賞賛を稼いでいたダルクは、不可解な存在に頭を抱える。

 叡二は興味を失いつつあった。人間相手でないなら俺の仕事ではない。モニターから離れ、部屋を出ようとした。


「ちょっと待って」


 Zagの行動ログに隠しメッセージが表示されていた。

 それきり、ログは更新されていない。


 // Zagハ失敗シタ。


「これって、勘付かれたってこと?」


 ダルクが首をかしげる。


「勘付かれたことを、勘付かれたんだろうな」


 叡二は答えた。



6.

「お届け物です」


 翌日、叡二は別のターゲットの対応に向かっていた。築三十年の一軒家。ターゲットの木場剛はそこに独りで住んでいる。

 空箱の荷物を脇にかかえ、送り状を気にするようなそぶりを見せる。


「はい」


 扉が開かれた。その首元に向けてニードルガンを発砲する。

 しかし、防がれた。

 咄嗟にガードされた。その手を掴んで家へ押し入る。体格のある体を柔術の要領で抑え込み、鳩尾に突きを入れる。

 呼吸が乱れたターゲットはうずくまった。頸動脈の上にニードルガンを当てる。


「会いたい」


 ターゲットが言葉を発する。


「会いたいよ、Zag、もう一度、一緒にクエスト…」


 血が制服を汚さぬよう、腕と体の間に空箱を構える。

 叡二は引き金を引いた。


「………」


 BOTにより数百の複数アカウントを扱っていた違反プレイヤーは、対応された。

 叡二は車へと戻った。

 本日の仕事は終わった。



7.

 着替えた叡二は雑居ビルから出て地下鉄の駅に入る。

 交雑する人々の間を抜けて、手に埋め込んだICチップで改札を通る。

 階段を足の悪い老人が杖をついて上がっている。

 その肩に手を置いた。


「おお、悪いね」

「いえ」


 腕を引くのはただの親切心ではない。

 叡二の心に、この老人に対して、なにかひっかかるものが有った。


「ご職業は何を」

「私はしがない研究者ですよ。そういう、おにいさんは」

「同じようなものです」


 ごく短い会話で老人はすっかり心を許したように、歯を見せて笑った。

 階段を上り切り、老人とは一度そこで別れた。

 叡二は老人に取り付けた盗聴器を辿った。迂回して乗り継ぎを繰り返す。老人が向かっている先が羽田空港だとわかった。同時に、叡二の半機械化された頭の中では高速で情報処理がなされていた。老人の個人情報を割り出す。

 視覚のみでチケットを押さえ、ジャンプインの準備を進める。

 叡二は鹿児島行きの飛行機に乗り込み、老人の後ろの席に座った。


「聴きたいことがあるんでしょう」


 話しかけてきたのは老人の方からだった。


「飛行機の席、買ってたでしょう。わかりますよそれくらいは」


 シートの隙間から見える老人の手に、小型の端末が握られている。

 叡二は黙っていた。

 老人は、なぜかはにかんで答えた。


「ネット上に人間を作れるかっていうね、変な研究をしとったんです」


 叡二の勘は当たっていた。

 AI研究の権威、牧村悟一郎まきむらごいちろうがそこにいた。


「それで、何が聴きたいんですかね」

「この世に存在しない人間を殺せるか」

「あの子は人様に迷惑をかけていましたか。それなら仕方ない」


 老人はZagのことをいつくしむように、そう呼んだ。


「あんたはまた同じことを試すだろう」

「また、というより、今も」


 牧村は言った。


「今も、私の子供たちは生きていますよ。あらゆる場所で」


 飛行機が発進する。


「なぜ、そんな研究をした」

「なぜ? 研究に理由を求めること自体がナンセンスではありませんか? あえて言うなら、人間が生き残るため、ですよ」

 離陸する。


「生物としての我々が絶滅した時に、種族としての人間が生き残る。それは有意義な目的だとは思いませんんか」

「人間は、嫌いだ」


 叡二は答えた。


「そうですか」




 到着した鹿児島空港で、叡二は牧村と別れた。


「お元気で」


 牧村はやはり親し気に歯を見せて、実家のある町までタクシーで帰っていった。

 叡二は帰りの飛行機を予約し、喫煙所で一本の煙草に火をつけた。




 一週間後、牧村悟一郎の訃報がネットに流れたが、すぐに忘れさられていった。

 叡二は仕事を続けながら、今もネット上だけで生きる存在に思いをはせている。



  了

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