住めば都、都に住まれば、そこに不動産バトルあり(ない)

オドマン★コマ / ルシエド

『平和な世の中でこそ、大切なもの』

 からんからんと、軽やかな音が鳴った。

 扉に吊り下げられたベルの音だ。

 すなわちそれは、お客さんの来店を意味する喜びの音である。


 店の主は、カウンターの向こうに置かれた、じんわり涼しい、溶けない氷の椅子から立ち上がる。

 蜥蜴革作りの革靴が木造建築の床をこつ、こつと叩いて、店主と客が対面した。


「らっしゃーせー。『レヴアレフ不動産』にようこそやんなー、お客さん」


 客は、清涼感と清楚を擬人化したような女性だった。年頃は20前後だろうか。

 サラサラで腰まで伸ばした金の髪、翠の瞳、尖り気味の耳に、丸みを帯びながらもほっそりとしたスタイルは女性なら誰もが憧れるものだろう。


 薄緑と薄茶と白を合わせた地味ながらも女性らしいファッションコーディネートは本人のセンスの高さを感じさせるが、それゆえにあまり見られない尖り気味の耳が印象に残る、そんな女性。


 それは、街を歩いていたら少しばかり目を引くが、常に注目を集めるほどに特別奇怪でもない、『混じりもの』らしい容姿であった。


 店主の声かけを聞き、客は振り返る。

 そして店主の容姿を見て驚いた。


「!?」


 店主の容姿は、整った美形の顔つき、腰辺りまで届く赤混じりの黒髪、そこまではいい。

 おそらくは身長170cmと少し、バストも170cmと少し。身長と胸周りの数字が並ぶ異様な身体バランス。胸相応に尻も大きい。でも腰は細いのである。


 とんでもないスリーサイズは圧巻だが、そのスリーサイズを許容するゆったりとした服の灰色布を、大量の黒革ベルトが支えている。

 遠目に見ると、まるで網で縛られる塩漬け肉のようにすら見えるだろう。


 ベルトによってギチギチに抑え込まれた身長170バスト170の暴力的スタイルが、見る者に「これ現実? 夢じゃない?」と眼前の光景を疑わせるほどの理性破壊力があった。

 性欲が強めの男性ならば、この店主を目にしただけで人生が破壊されてしまいかねない。


 それは、街を歩いていたら目にした誰もが一度ぎょっとして、二度見してもう一度ぎょっとする、『混じりもの』の中でも格別目立つ容姿であった。


「すみません、ここって爆乳専門SMクラブとかそんなんだったりしますか?」


「うんにゃ不動産屋やでー。爆乳SMクラブはよく言われる。週3で言われるやんな」


「あ、良かった、合ってた……週3はまあまあ多くないですか」


 店主の異様なスタイルと服装に気圧される客をよそに、店主は口元に手を添えて上品に笑った。


「これなぁ、よう勘違いされるんやけどマゾヒスト大歓喜のロープとかそういうのやないねん。よう見ると珍しゅう繊維を織り込んだベルトやねん、ほれほれこのへん見てみほれほれ」


「あ、本当ですね。何かの術式でしょうか」


「伸び縮みして姿勢補強したり、この邪魔くさい胸支えたりしとるねん。こん胸めっちゃ重くてなあ。一族みーんな前かがみで姿勢悪ぅなって、腰痛めるわ、育ち悪くなるわ、重心ズレてよーコケるわでええことないねん!」


「うわぁ」


「『何故こんな風に私を作った! 何故産んだ! 誰が産んでくれと頼んだ!』とか人造生命体みたいなこと言いたくなるねん。ウチのこの服はこのベルトが連動して、体のあちこち吊って、重量分散する効果があるんや」


「……切実だぁ……」


 店主は苦笑して、客を商談用のテーブルと椅子へと誘った。


「うちはレヴアレフ、よろしゅう。ここでレヴアレフ不動産をやっとる。始祖アレフ様ん一族の家……いや見りゃ分かるかもしれへんけど。うちの家系の娘っ子、全員牛みたいな乳しとるしなぁ」


「……話は聞いたことがあります。何十代か前の当主が、乳房が頭より大きいタイプの異民族に惚れ込んで妻に迎え、その異民族の遺伝子があまりにも強力だったため血が一向に薄まらず、女の子が生まれる度にスタイルが凄いことになっていると……」


「ウチは姉妹の中やと貧乳の方やで」


「これでですか!?」


 かつてない強敵に『私は四天王最弱だ』と言われたような気分になって、金髪の客は驚いた。


「私はアリスベットと申します。始祖ベト様の子孫にあたります。今のベトの当主の長男の三女です。今日は一人暮らしをするにあたって、物件について相談を聞いてもらえると聞いて来ました」


「うむ、ウチの出番ちゅうわけやんなー」


 かつて、この国を、ひいては世界の行く末までもを救った者達が居た。

 1なる勇者と、22人の騎士達の子孫。

 勇者の子孫は王となり、騎士達の子孫は大貴族となり、この国『セムラセム王国』を回している。


 セムラセム領土の所有権は本来22の騎士の子孫が分割して所持しており、今は平民が権利を持つ土地も多いが、元々の所有者である貴族血縁者の方が不動産関連はずっと強い。

 特に大昔から広い土地を牧畜に活用し、時代が移り変わっても土地管理で財産を築いたアレフの一族は不動産市場の屋台骨である。

 レヴアレフもその一員であった。


 現代において22の一族は代々の当主が家の持つ領地を丸々受け継いでおり、(時代の流行もあって)次男以降・次女以降の子らは王都『アブ=ジャード』で一人暮らしを始めることが多い。

 そして貴族をカモにする悪徳業者に引っかからないように、22の一族に血縁がある、信用のある不動産業者を頼るのだ。

 アリスベットもそんな客の1人だった。


「絵本に出てくる妖精騎士ベトちゃんなー、可愛くて素直で仲間思いでウチめっちゃ好きやねん! 子孫のアリスちゃんもめちゃかわやん、遺伝子しっかり仕事してて万々歳やんけぇ! ぬへへ」


 アリスベットの笑い方はニコニコと可愛らしく柔らかく、レヴアレフの笑い方はニヤニヤとしていて親しみやすい。


「遺伝子がバッチリ仕事してるのはどっちかというとレヴアレフさんの方だと思いますけど……」


「それは……確かにそうやな……」


 レヴアレフのニヤニヤとした笑みが、悩ましい思案顔へと変わった。


「それに、私はどちらかというと家の落ちこぼれの方なんですよ。妖精騎士の子孫と言っても血に少し妖精の力が混ざってて、出てる特徴も耳が尖ってるとかそのくらいのものですし。私には妖精も見えないんです。次か次の次の当主はお兄さんかお姉ちゃんになるんじゃないかな……」


「奇遇やねえ。ウチも姉妹の中だと落ちこぼれなんよ。おっぱいも姉ちゃんや妹ちゃんほど大きゅうならなくてなぁ。気持ち分かるわ」


「こんな釈然としない『気持ちわかるわ』は初めてです。謝罪してほしいという気持ちすらあります」


「ぬはは」


 ちょこんと椅子に座るアリスベットが見やすいよう、レヴアレフはテーブルに各書類をばっと広げて並べていく。


「ほんじゃま、初手の世間話はこんなもんとしておいて。商売の話しましょーか?」


 客の肩の力が抜けて、緊張がどこかへ行って、冷静な判断で高い買い物ができるようになるまで待つ。いつだってそうする。それがアレフの一族の不動産女、レヴアレフの商売のやり方だった。






 かつて、戦乱の時代があった。

 他国に攻め入り、領土を奪い、未開拓の土地へと踏み込み、魔獣を倒して土地を得る。

 そうして自分達が生きていく領域を広げようとしていく、戦いで世界が回る時代があった。

 勇者と騎士の時代である。


 そうした時代が終わりを告げると、人は誰かから奪うという選択肢を一度捨て、強大な奇跡で新たな土地を作り出すことに執心し始めた。

 『神の天地創造を真似ることはできないのか』

 『奇跡論に可能性を感じた』

 『天空に城を。そんな夢を見たんだ』

 『理想郷は探すんじゃなくて、創るものだ』

 夢と研究の時代である。


 やがて、夢も終わっていく。

 人には何ができて、何ができないのか、その輪郭がハッキリ見えてくると、まばゆい夢は世界からするりと抜けていく。

 そうして人は、限り有る土地をどう使うか、どんな建物を建てるか、人が住む場所をどういう商品にするか、そういった思考を進め始めた。

 それが今、不動産の時代であった。


 今、この世界に広がる現代という名の新時代は、地に足つけて地に価値つける、そんな時代。


 異民族を撃退する英雄的な将軍よりも、土地を転がす大手の不動産の方が年収が多くなるならば、伝説の騎士の子孫も不動産屋を始めるというもの。現代はまさしく、新時代である。






 レヴアレフに連れられ、硬葉の船でゆらゆらと王都を横切る川を下って、しばし大通りを歩き、アリスベットは無数の四角形を組み合わせたような形状の大型住宅に辿り着いた。

 目的は一つ。

 候補物件の住宅内見である。


 楽しい道中だったと、アリスベットは忖度なしにそう思う。


「まぁずっと実家暮らしならこの辺の店とか全然知らんやろ? サービスで裏情報教えたるで~。あの辺の市場で食材買うと安いでー、無税市場やから税金かかっとらん分安いねん。ほんでな、市場から北に伸びとる商店街で毎日10万買い物してお金を落とすと理想の恋人ができるっちゅう伝説が……」


「それもしかして商店街の人達が売上のためにでっち上げた架空の伝説なんじゃ……」


「せやろか……せやな!」


 物件まで案内する道中、役立つ情報を語りながら、面白おかしく会話を回して客を飽きさせない。

 そんなレヴアレフに対し、アリスベットは出会って間もないにもかかわらず、既に好感を持ち始めていた。


 アリスベットは年上を前にすると身構えて堅くなってしまうタイプの、ちょっとばかり堅物の──会話で他人がボケると全部拾ってしまうような──生真面目な女性であったのだが、2つ3つ年上であるはずのレヴアレフと話していても、何故か緊張を感じることはなかった。


「ここな、今回一番オススメやねん! オーナーさんの家賃設定ちと高いんやけどもアリスちゃんは予算ぎょーさんあって問題無しやと思てなぁ」


 大型住宅の前で道の掃除をしていたオーナーの老人に会釈して、レヴアレフとアリスベットは大扉を開けて建物に入っていく。


 老人がバルンバルン揺れるレヴアレフの爆乳をガン見していたことにアリスベットは気付いていたが、それを口にしない気遣いが彼女にはあった。


「綺麗ですね。歴史を感じる建物というより、とにかく新しくて綺麗な廊下って感じで……」


「せやろー? 貴族出の子って大体そういうところを気に入るんや。みーんな歴史と風情がある屋敷暮らしが長いから新鮮なんやろなぁ」


「そこそこの大きさの部屋を一箇所に集めて、連なる形にして、儀礼的な意味も持たせてるんですね。雰囲気に古典神学っぽさもあって落ち着きます」


 セムラセム王国では『蜂の宿』と呼ばれるこの形式の建築は、隠居した大貴族などがオーナーとして建物の権利を持っている事が多く、オーナーが知己の不動産屋に賃貸契約を任せがちである。


 この建物も然り。

 所有者である老人はレヴアレフに契約を任せており、レヴアレフが案内をして、アリスベットが気に入れば、今日からでも部屋に住めるだろう。


「市場も近いんやけど、図書館や貴族院も近いのが便利やねん。アリスちゃん奇跡論の研究のお仕事に就くんやろ? こういうとこに住まいを構えとくと便利なんやないかなって思うで」


「はい。入れると思ってなかったんですけど、学園で出した論文がある研究室の目に止まったみたいでして……」


「ええなぁー。よー知らんけど、その辺の研究すると冷蔵庫とか便利なもんぎょーさんできるって聞いとるで。仕事してて楽しそうや」


「あはは……研究者と開発者は違うと思いますけどね。私の仕事は世界の法則を見つけることで、その法則をどんな道具にするかはまた別の人の仕事かなって思います」


 就職が決まって、一人暮らしできる家を探して、そこに住んでからの日々をイメージする。

 それだけでなんだか楽しくて、アリスベットはちょっとワクワクしてしまう。


 どこか楽しげなアリスベットを見て、レヴアレフもまた楽しそうにしていて、レヴアレフはアリスベットに貸す予定の部屋の細身の扉を開ける。


「ここが一番オススメなんわ他に理由もあってなぁ、公園も植物園も歩いて行ける、近くの建物の配置もあって窓開けてても向かいから男に覗かれるなんてこともあらへん、騎士団お気に入りの飯屋も近場にあるもんやからゴロツキとかコソドロとかがあんま近くに来な……」


 そして、部屋に入ろうとしたレヴアレフの大陸のような胸が、微妙につっかえた。

 レヴアレフは無言で部屋に入ろうとするが、靴箱の上に置かれていた花瓶が爆乳と衝突事故を起こし、吹っ飛んで壁で跳ね返って来た花瓶をアリスベットがダイビングキャッチした。


「チッ……狭いカスの建物が……」


「一番オススメの物件じゃなかったんですか!?」


 不動産屋、突然の辛辣。


「ウチはな、誓ったんや。世の中からいつか狭い建物を全て無くし、遠心力でブンとリーチが伸びるこの駄肉が巻き込み事故を起こさないような、広い建物だけの世界を作るんやって……」


「二重の意味で大きな夢……!」


「この世の狭い入り口・倒れる家具・乳が挟まる窓の全てを根絶せんとウチは……ウチは……!」


「不動産業を不快建築の殺し屋だと思ってらっしゃるんですか?」


「そう思って5年。無理やなという結論に至った」


「そりゃそうでしょうよ!」


 アリスベットは、昔からいくら食べても太らない体質なのもあって、そもそも『狭くて通れない』と思ったことが人生で一度も無い。

 生まれた時からずっと細く軽い人種だ。

 直球で女子の理想のスタイルをしている。


 だから、ドアを引いた時、引いたドアが自分の目の前をすっと通らず、胸に衝突してしまうために、【ドアノブに近付く→ドアノブを引く→引いたドアが胸にぶつかる→一旦ちょっと後ろに下がる→ドアが胸の前を通過する→次の部屋に入る】という地味に面倒臭いアクションをこなしているレヴアレフの姿に、涙を禁じ得なかった。

 ありきたりな建物の構造が、ただそう在るだけで、こんなにも爆乳に厳しい世界。


「レヴアレフさん……いつか世の中の建物みんな、レヴアレフさんに合わせたスペースを保有できるようになりますよ! きっとそうなります! その時こそ、苦労してきたレヴアレフさんも報われるんだと思います!」


「や、無理やろ。建物は人のために造られるんであってウチのために造られるもんやねんで。人が量産品の住居に合わせて生きるのは普通やねん」


「あ、諦めちゃダメですよ!」


 にじみ出るアリスベットの"いい子感"に、レヴアレフはなんとも言えない気持ちで苦笑した。

 ただ、心配されて応援されていることに、悪い気はしていないようであった。


 レヴアレフが部屋のあれやこれやを懇切丁寧に説明していくと、アリスベットは冷蔵庫や光灯からケーブルが伸びていないことに気がついた。

 レヴアレフが胸で弾き飛ばした花瓶と同じく、どことも繋がっていない状態で立っていながらも、それ単体で動き続けているように見える。


「……ここ、家具がケーブルでどこかに繋がってないんですね。動力は……」


「お、気付くの早いなぁ! 流石奇跡論の研究者さんやん。ウチは家具の方はよう仕組み知らんのやけど、こん建物は環境的には最高の立地なんや」


 アリスベットが、部屋の隅の冷蔵庫の横蓋を開け、目を閉じて集中する。

 部屋に満ちる『力』が、そこから冷蔵庫に流れ込み、動いているのをアリスベットの肌が感じ取った。


 アリスベットが蓋を戻し、カーテンを開ける。

 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ますと、少し尖った耳がぴくりと動き、金色の髪がふわりと浮かぶ。

 天空に溜まり、霊山にぶつかって下るように流れ、王都に流れ込み、王都中央の王城を通過して、部屋に流れ込む清流のような不可視の『力』の流動を、アリスベットは理解していく。


「地図使って説明してええかな?」


「よろしくお願いします」


「王都周りの霊山がここ。魔力溜まりがここ。地脈構図がこうで、王都に流れる見えへん魔力の流れが図に書くとこんなで……」


 地図を指差しながら『力』の流れを解説するレヴアレフの説明を聞きながら、アリスベットは疑問を口にしていく。


「地図のこことここで流れが強く歪んでるのは何故なのですか?」


「ヨドの家の屋敷とメムの家の屋敷があるとかそんなんやったはずやね」


 唇を指でなぞり、アリスベットは少しばかり思案する。


「ああ、22家の中でもこの分野の研究に熱心な貴族の方々がいらっしゃいましたね。じゃあ何か実験とかしてるんでしょうか……あんまり表沙汰になってませんけども、そこにある冷蔵庫などもメムの一族の方が発明したもののはずですし」


「え、そうなん!? へー、初めて知ったわ。んまぁ王族の皆様の考えなんてウチらには推し量りよう無しって感じやけども、王族に話通してないってことはないやろ、王都の魔力の流れに影響出ることやし。気にせんでええんとちゃう」


「そうですね……」


 アリスベットは納得した様子であった。


 現代における高級家具は、周囲の空間に流れ込んでいる力を汲み上げ、それを使って稼働する仕組みを持っている。

 食品を冷やす冷蔵庫がそうで、自動で空気を取り込んでふかふかになるソファーもそうで、部屋を明るく照らす光灯もそう。


 汲み上げる力は微々たるものであるため冷蔵庫を1万個並べたところで『力』の流れに影響はないが、家具を稼働させるために一定以上の『力』の濃度が必要で、それを確保できる王都の建物は限られていると言えるだろう。

 そう、たとえば、この部屋のように。


 で、あるならば。「空間に流れ込む力を使うだけで高級家具をずっと無料で動かし続けられる」という圧倒的な利点が、この賃貸には存在するということである。


 魔力。

 気。

 龍脈。

 自然力。

 様々な呼び方があるが、それぞれの業種や学閥によって呼び名が違うだけで、本質は同じ。

 家具はそれらを吸い上げる。


「ウチは詳しくないんやけども、ここなら専門の研究機材とか持ち込んどっても、流れ込む力を使って機材動かして部屋で研究できるんとちゃう?」


「あ……このくらいの濃度があれば全然できると思います。わぁ、素敵……いいですね!」


 この世界には「神の天地創造を真似て人が生きられる場所をもっと増やせるんじゃないか?」という、現行の不動産業の全ての祖にあたる思想から飛躍的に発展した、『奇跡論』という不思議なテクノロジーと、そこからこぼれ落ちた様々な技術が存在し、それが便利な家具を動かしている。


 だが、便利であるからこそ、それを人の生活に役立てるには専門の知識が必要になる。

 たとえば王都の『力』の流れを把握している不動産屋などがそれにあたる。

 現代不動産とは、高等教育機関で環境神秘学を履修していなければ務まらない。


 『内見に来てよかった』と、アリスベットは誰に向けるでもなく頷く。


「相場より高めなのも納得しました。その上で、この条件だと格安までありますね。レヴアレフさんはこれで大丈夫なんですか……?」


「全然損あらへん、心配せんでええよ。気を使う子やなぁ。お客さんやのに」


「レヴアレフさん、いい人ですから。私のせいで損するかもって思ったら心配しますよ」


 レヴアレフはきょとんとして、目を丸くして、機嫌良さそうに含み笑いをした。


「ええねん、ええねん。この参考に使っとる霊脈の地図表、ウチは誰から貰ったと思う?」


「? ええと……普通に考えると、土地管理や道路管理に携わっている人、あるいはそういう人達の報告をまとめている人でしょうか……?」


 アリスベットが小首を傾げ、レヴアレフが頷く。


「うんうん、アリスちゃんは聡いなぁ。これなぁ、国土交通の王命を拝したシンの一族のおじちゃんから貰っとんねん。あ、違法なもんやないで?」


「シンの家から、なるほど……」


「そのおじちゃんの家な、ウチが手配しとってな。そのお礼っちゅうことで定期的に送ってきてくれるんや。助かること助かること」


「いい人だったんですね」


「せやろ? ええ人やねん。ウチの経験上な、いい人には優しくしとくと、後でごっつ助けてもらえるんや、ありがたい話やね」


 にやにや笑うレヴアレフの視線が己に向けられていることに気付き、アリスベットは言われる前に彼女の言いたいことを理解した。


「何か見返り欲しーみたいな話やないんやけども、ええ人には優しくしとくと後で助けてもらえることが多い、ってのがウチの信条やねん。あと、ええ人と話してる方がストレスなくて楽しいやんな」


 それはそうかも、とアリスベットは心中にて納得する。


「ウチにできることはそう多くないんやけども、それでもええ人にええ家を紹介するくらいならできそうやん? これがウチの生業ってわけや」


「いい商売をなされてるんですね、レヴアレフさんは。貴女を頼ってよかったと思います」


「ぬへへ、もっと褒め~もっと褒め~」


 いつかの日に優しくしたお客様に、いつかの未来で助けてもらえる不動産。そこにある善意の循環を、アリスベットは好ましく思う。

 そして今、アリスベットもその循環に足を踏み入れようとしているのであった。


「レヴアレフさん。私ここにします」


「まだ別の物件もあるんやで? 色々候補見てからの方が後悔せんと思うんやけども」


「いえ、好きになったらすぐ決めます! もう気分的にはここしかない、くらいの気持ちです。レヴアレフさんのオススメですし、ここに決めます」


「おお~、やたら嬉しいこと言ってくれるやん! ほな契約書を……」


 和気藹々と平和に、部屋が決まる……と、思われたその時。バン、と力強くドアを開く音がした。


「!」


 ドアの向こうにから現れたのは、2人の男女。


 片や、赤混じりの黒髪のオールバックの男。

 筋骨隆々としていて、身長は190前後はある。

 白シャツに黒スーツ、黄金色の虫を乾燥させて鎖で繋げたアクセサリーが威圧感を強めている。


 もう片方は、育ちが良さそうなピシッとした立ち姿をした女性。いや、少女であった。

 まだ歳は10代半ばを過ぎた頃だろうか。

 綺麗に手入れされた薄緑色の髪は丁寧に編まれ、膝下ほどまで伸びている。

 この薄緑色の髪が一本でも抜ければ、おそらくひと目で分かるだろう。

 服装は一般市民の着るワンピースに似ているが、仕立てと布地が良く、ひと目で安物ではないことを窺わせる。


 男は裏社会の底で幅を利かせていそうで、女は貴族の系列の者が素性を隠しているような印象があり、アリスベットは思わず身構えた。

 男は、クックッと笑っている。


「あきまへんなぁ……レっちゃん……あきまへんでえ……勝手しちゃあ……」


「げっアーレフトのおじさんやんけ!」


「そうだぞおじさんだぞぉ」


「あっ親族の方でしたか」


 が、アリスベットの緊張をよそに、実際のところはレヴアレフの知己であったようだ。


「ウチのおとんの弟さんや」


「おっととお客さんもいらっしゃったんか! こりゃ失礼! ワイはレヴアレフの叔父のアーレフト言いますねん! うちの子がお世話になっとりますー! ささ、気軽に話しかけてどうぞ!」


「成人しとる女に『うちの子』はないやろ!」


「せやなガハハ! この前までこーんな豆粒みたいにちっちゃかってん、こんな大きなってなぁ……おじちゃんは嬉しいで!」


「……明るい叔父様ですね」


「素直に思ったことそのまんま言うてええんやでアリスちゃん。『親戚に居てほしくない絡み方がひたすらダルいタイプのオッサン』やって」


「……あ、あはは」


「おおーん! そないなこと言われたらワイ傷付くやんかー!」


 アリスベットは、レヴアレフはともかく、アーレフトとはノリが合いそうになかったため、とりあえず沈黙を選んだ。

 アリスベットがアーレフトと一緒に居たお嬢様らしき女性に視線を向けると、女性が軽く会釈してきたため、アリスベットも会釈を返す。


 アリスベットが視線を走らせると、少し離れた場所にしょんぼりした老人が居る。

 先程建物に入る前に彼女とすれ違った、この建物のオーナーだという老人だ。

 確か22家『門の守護騎士』ダレトの子孫にあたる一族の人だ、と、アリスベットは記憶と擦り合わせを行った。


 アリスベットは唇を人差し指でなぞり、今の状況に対する推論を組み立て始める。


「アーレフトおじさんー、なんやー、何言いに来たんやー、何しに来たんやー、嫌な予感しかないんやー、はよ言いー」


「あそこのジジイの処刑案件でんがな~」


「……ああ……やっぱそうなん……?」


「あんジジイ、この部屋はワイに任せる言うとったんや! ……まあ念書取っとかんかったのはワイが悪いんやが……あんジジイそん事すっかり忘れてレっちゃんに任せとったんや!」


「うわぁヤバ。下手打ってたら不動産の二重売買で重めの犯罪になっとたやつやで。アリスちゃんと契約する前に気付けとって良かったなぁ」


「せやで。あんエロジジイ、微妙にボケとるくせにレっちゃんを喜ばせるためならなんでもやるっちゅうんから救いようがないねん!」


 アリスベットは、大体の事情を理解した。


 ここの土地と建物を所持しているのは、22家の一つダレトの一族、その一人であり、レヴアレフの胸部をガン見していたあの老人である。

 ここの部屋を借りる人間が契約を交わすのは厳密にはあの老人であり、家賃はあの老人に払われる。老人はその収入から貴族から王家への上納金義務を履行する、そういう形。


 あの老人をオーナーとして、不動産屋は諸々の手続きを全て代行する。

 客集めから、物件紹介、契約締結までだ。

 今回の場合は、アレフの一族から叔父のアーレフトと、姪のレヴアレフが委託されていた。

 そして今日、オーナーである老人の適当な口約束のせいで、二重売買が行われる寸前だったことが発覚したのである。


 レヴアレフはアリスベットに、アーレフトは廊下から部屋の中を覗いている女性に、それぞれここを紹介しようとしていた。

 貸せるのはどちらか一人となる。


 本来老人が十割悪いのだが、レヴアレフもアーレフトも「ここまで足を運ばせた上で酷い不義理を働いてしまった」として、客に対する負い目を大いに感じてしまっていた。

 アーレフトが、老人を引きずって来る。


「オラッジジイ! なんか言い訳してみんかい! オラッオラッ」


「儂の目の前でレヴアレフちゃんの乳が揺れ、気付けばアーレフトとの約束を忘れ、レヴアレフちゃんに部屋を任せてしまっておったんじゃ……そう、揺れた乳が元凶じゃ……それこそ、硬貨を紐で揺らす催眠術のように、の。儂もまた、催眠術にかけられ操られた被害者なのかもしれんのじゃな……」


「ほざくんやないぞエロボケジジイ、うちの姪っ子に次セクハラしたらぶち殺したるからな」


「ヒエエ~」


 アーレフトは大窓を開けて、そこから老人を投げ捨てた。重いものがドコッと落ちる音がする。

 アリスベットはびっくりしたが、投げ捨てられた老人がカサカサ音を立てながら建物外壁を四つん這いで駆け上がって逃げていくのを見て、びっくりの二度打ちを真っ向から食らう。


「なんで伝説の聖騎士ダレトの子孫があんな性欲強いエロジジイなんじゃ……『門の守護騎士』言うたら騎士の理想を体現した清廉の化身だったんとちゃううんか……まあええわ、先祖は先祖、子孫は子孫。レっちゃんと……それと、お客さんのお嬢さん。ちと話さんか? お茶淹れるで」


「あ、私がいれます。レヴアレフさんと……アーレフトさんは休んでてください」


「あー待ち待ち、ウチはこの手の調理技能には自信あるんや。ウチに任せとけば安心安全ウワーッ茶葉入れが胸に弾き飛ばされて床にィーッ!!」


「レヴアレフさーん!」


「乳の内輪差には気を付けろとワイ前にも言うたやろがい! まったくこれやからうちの一族の女子達は……」


 舞う茶葉。

 真緑になった床。

 部屋に立ち込める茶の香り。

 てんやわんやの大混乱。

 そこに、箒を持った──まだ名乗りもしていない──アーレフトの客であるお嬢さんがやってくる。


「あの……わたくし、箒を持ってきましたわ」


「自己紹介より先に掃除が始まってしまった……」


 まだ名も分からないそのお嬢さんは、田舎育ちが多いアレフの一族の"ちょっとした品の無さ"のようなものをまったく感じさせない、ちゃんとした貴族らしい振る舞いを身に着けていた。






 実を言うと、アリスベットはその女性に心当たりがなくもなかった。

 話したことはないが10年ほど前、社交界デビューしてすぐの頃の彼女を、ちらりと見た覚えがあったのである。


 その女性の家名はペー。

 かつて1人の勇者が従えた22の騎士の一人『半真語り』ペーの子孫にあたる、王の代行者として外交を司る貴族の家系だ。

 外交手段の一つとして料理などにも長けており、今代のぺーの当主は、セムラセム王国の観光客を増やすほどの新作料理をいくつも趣味で創出したという話である。


 土地と牧畜の『アレフ』のレヴアレフ、妖精と諜報の『ベト』のアリスベット、そして外交と料理の『ペー』の少女。


「ご迷惑をかけて申し訳有りません。わたくしはペーの裔、ペーネロパルと申しますわ」


「私はアリスベットと申します。始祖ベト様の子孫にあたります」


「うちはレヴアレフ、よろしゅう。家はアレフやな、言わんでもええかもしれへんけど」


「ワイがアーレフト。同じくアレフ。若い子に囲まれてると若返った気分になれてええなあ! あんじょう仲良くしたってや~」


「儂は始祖ダレト様の子孫、ダフレクトじゃ! 普段は年に1回もここには顔を出すことはないんじゃが、美女とお話するチャンスのためなら他の仕事を投げ捨てでも駆けつけ」


 アーレフトが、いつの間にか部屋に居た老人をノータイムで窓から投げ捨てた。


「いつの間にか戻って来よって……!」


「アーレフトおじさんも女性から見た発言の不快度はまあまあ高いで」


「えっ?」


「マジやで」


 アーレフトは部屋の隅に行き、座り込んでしょぼくれてしまった。


「すまんなぁペーネちゃん、こっちの不手際で不快な思いとかせえへんかった? 不満あったらウチがどーんと聞くで」


「いえ、思うところはありませんわ。元より、わたくしは皆さんに助力をお願いしている立場です。心配こそすれ、苛立つことなどありませんわ」


「はー。若く見えるのにしっかりしとるなぁ。ウチの妹らにも見習わせたいわぁ。……それにしても家出るには若すぎるんとちゃう? この辺は学生さんが部屋借りるような地区やないで」


 レヴアレフが柔らかい雰囲気を纏い、軽い口調から話しやすい空気を作り、とりあえずの探りを入れるような流れを作ったのを、アリスベットはなんとなくに肌で感じていた。


「わたくしは今、王都の様々な店に頼み込んで働かせてもらっています。全ての店の全てのメニューを知るために。家を出てもそれを続けるために、どこか拠点がほしかったのですわ」


「流行りの名店の老人店主が過去の武勇伝で語ってそうなエピソードやな……」


「そうしたらアーレフト様が、『ここなら空間魔力を使って消臭家具を動かせば、臭いの強い食材を使った料理研究も部屋で出来るし、普通に捨てると下水を詰まらせる油と脂も処理できる』と言って連れてきてくださいまして……」


「あーなるほどなるほど、悪くない考え方やな……流石おじさんってとこやろか……」


 レヴアレフが納得したように頷く。

 ペーネロパルの手が、服の裾をギュッと握る。

 うっすらと、ペーネロパルの言葉に、強い決意と覚悟が滲んでいた。

 ペーネロパルの瞳を、アリスベットが覗き込むように見つめる。


「若い内から頑張っていらっしゃるんですね。やっぱり夢は目標があるんですか?」


 その決意と覚悟に、少しばかりアリスベットの興味が向いた。ちょっとした好奇心だろう。

 ペーネロパルは言葉を選び、口を開いた。


「……お爺様の店が、悪く言われていました。それがわたくしには、ショックだったのです」


「ペーネロパルさんのお爺様、というと……」


「今のペーの当主の父親やな。今は領地を現当主に任せて、東の街でレストランやってるみたいな話は噂に聞いとるけど、それ以上は知らんなあ」


 ペーネロパルは、悲しそうでは無かった。辛そうではなかった。ただ、強い決意があった。


「『道楽炊き出し』という揶揄を、お二人はご存知でしょうか?」


「……あー、察するわ。なるほどなぁ」


「私は聞いたことがないですね。ええとレヴアレフさん、炊き出しと言うと、魔獣氾濫で土地を失った難民などに振る舞う、あの……?」


「あーちゃうちゃう。アリスちゃんは育ち良さそうやから知らんやろけどな、道楽炊き出しっちゅーのは悪口で、揶揄なんや」


 レヴアレフは少し話しにくそうにしつつも、アリスベットのために単語の補足をする。


「貴族、特に役割がハッキリしとる22家の人間は、家督を譲ったら暇になるねん。せやからそっからレストラン開いたりするんやな。そういう店は貴族の資本があるもんやから、経営に余裕あって、赤字でも余裕で続けられて、学校の近くで開店して学生のための格安メニューを提供したりしとるんや」


「いいことじゃないですか。レヴアレフさんの説明を聞いている限り、ペーネロパルさんのお爺様のお店に、悪く言われるようなところはなさそうですけど……?」


 服の裾をギュッと握って、ペーネロパルは真剣な面持ちで語る。


「はい。わたくしはそんなお爺様に憧れました。損得抜きで美味しい料理を振る舞うお爺様。わたくしの学友を皆笑顔にするお爺様。お金に余裕がない人達に尊敬されるお爺様。そんなお爺様のようになりたくて、料理の道に入ったのです。お父様も料理という文化を見せつける外交を、手段として模索していらっしゃる方でしたし……」


「素晴らしいお爺様だったんですね」


「せやな。確かに……立派に見えるやろな」


「はい。わたくしにとっては、この世で誰よりも立派な、尊敬できる御方だったのです」


 レヴアレフとペーネロパルの言葉には含みがあった。どこか、歯に挟まったものがあるような物言い。


「しばらくして、その地域では、昔からあった外食店舗の閉店が相次いだそうですわ。わたくしはそれを、だいぶ後になってから知りました」


「閉店……? ……あ」


 そして、アリスベットもここで気付く。


「アリスちゃん、ほんま聡いなぁ。貴族の店やから赤字でも余裕。慈善事業で信じられんほど安く振る舞える。味は貴族の舌基準やから高級品相当。たまに入った高級食材を日替わり定食に使う。ほんなら、そういう貴族の道楽が続けば続くだけ……」


「……他の店に対する需要が、低下する……」


 貨幣100カナンで食べられる1000カナン相当の店に慣れれば慣れるほど、人は500カナンで食べられる500カナン相当の店に興味を無くしていく。


 貴族が道楽でやっている店など、所詮一軒分の存在でしか無く、既存店舗を一掃するほどの影響力を発揮することなどありえない。

 ただし、現地の需要と意識には間違いなく影響を与えてしまう。


 市民が経営するただの店には、貴族由来の資本などなく、対抗馬が強敵なら経営基盤が弱い店から消えていくのは明らかである。

 客が一ヶ月あたりに使える外食費用が固定であるならば、その金はよりコストパフォーマンスが優れている方に流れるからだ。


 どこに店があるか。

 どこに建物があるか。

 どこにどんな人間が居着いているか。

 どの街のどこに何があるか。

 それによって、その『場』そのものの価値が時に高騰し、時に暴落する。


 そんな荒れ狂う価値の荒波の中で、動き続ける価値に対して『不動』と皮肉なる名称をつけ、荒波を泳ぎ切る職種のことを、人は不動産業と言う。


「やから『道楽炊き出し』やねん。貴族が道楽でやっとる、炊き出しみたいな飯どころっちゅう揶揄や。食いに来る客はずっと感謝しとるけど、潰れた店の店主とかはずっと恨んでるってことやね」


「それは……レヴアレフさんとペーネロパルさんのおかげで理解できましたが……逆恨みと言うものなんじゃないですか? 同情はできますけども、ペーネロパルさんのお爺様は貧民を救い、学生を助け、皆を笑顔にしているだけで、誰も傷付けているわけではありません」


「ん、せやな」


「それでペーネロパルさんのお爺様が責められる謂れは無いと思います。ペーネロパルさんが気に病む必要はもっとないと思います。完璧でなければ善人は名乗れないのですか? 私はそうは思いません。たくさんの人を笑顔にした人として、胸を張ってふんぞり返っていて良いんですよ」


 アリスベットの素直な感想に、レヴアレフは好感混じりに苦笑した。


「ぬへへ。ま、そういう面もあるなぁ。同情できる逆恨み、まあそんなとこやね」


 ペーネロパルもまた、アリスベットの語り口に引っ張られるように、肩の力が抜けていく。


「子供のようだと笑われるかもしれませんが、でも、わたくしにはショックなことだったのですわ」


「ペーネロパルさんも、そのお爺様も、何も悪くないと思いますよ?」


「はい。そう言っていただけで嬉しいですわ。でも、わたくしは……」


 人には、人生を決める瞬間がある。

 その瞬間から、人は歩き始める。

 職を得て、住まいを得て、日々を必死に駆け回る人生がスタートする。


 そんな人達の第一歩は、時にとてつもなく地味で、たとえば住宅の内見から始まったりするのだ。


「わたくしは、お爺様の『私は客の笑顔が見たいだけだよ』という言葉が好きでした。尊敬していました。そうなりたいと思っていました。けれど、祖父の慈善が不幸にしている人々が居ると知り……わたくしは、自分が信じていた正しさが揺らいでしまったのです。だから家を出て、学び直そうと思ったのです。人を笑顔にする食というものを」


「それで、色んなお店で働いているんですね。……とてもいいことだと思います。応援します」


「ありがとうございますですわ! わたくしはまだ、どうするのが正しいのかさえ分かっておりません。でも、必ず見つけてみせますわ。憧れた祖父よりももっと先に進んだ、誰も取りこぼさず全員を幸せにするお店を、この手で作ってみせます!」


「あっついなぁ。そんでもってかっこええわ。夢追う若者のエネルギーで若返ってまう~」


「レヴアレフさん、先程の叔父様と似たようなことを言ってますね」


「ヴッ」


 三人は、会話を通して、互いのことをなんとなくに理解しつつあった。会話とは人類最高のコミュニケーションツール。この雑談は最終的にこの部屋をどうするか、というものではあるのだが、その過程にも意味が無いわけではない。

 交渉には、理解が必要であるからだ。


「アリスベットさんも何か目標があって家を出たのですか? 研究室に招かれた方だと先程お聞きしましたわ。やはり何か目標となる大業が?」


「私ですか? 私はペーネロパルさんほどちゃんとした理由で家を出たわけじゃありません。ただ……なんというか、家にあまり居たくなかったんです」


 声色に一瞬、隠しきれない寂しさが混ざったのを、レヴアレフは聞き逃さなかった。


「家族と仲が悪かったのですの?」


「いえ、家族は優しくしてくれました。ただ……ベトの家は、妖精を見て、妖精の家との契約を通して、妖精の力を借りる家系なんです。だから、私みたいな落ちこぼれにはできることがなくて」


「落ちこぼれ……」


 ベトの一族は妖精混じりである。妖精が見え、限定的に妖精の恩恵を得ることができる。だが、彼女にはできない。一族の落ちこぼれの彼女には、少し尖った耳くらいしか備わらなかった。


 妖精の家を感じられず、生まれた家で劣等ゆえの疎外感を覚え、拭い去れない寂しさを抱えながらも、アリスベットは自分の家を持とうとしている。

 新居とは、人生の区切り、人生の節目に置かれるものである。

 ここから始まるものもあるだろう。


 ペーネロパルが祖父への憧れからの離脱のため新たな家を得ようとしたように、アリスベットが実家を離れ自分の人生を歩み始めるために家を求めたように、此処が彼女らの人生の区切りとなるかもしれないのである。


「私は耳が尖ってるくらいで何の力も持っていません。それでもできることを探したくて、そうしていたら認めてもらえた、それだけなんです」


「凄いことですわ。最先端の研究に必要な人材だと認められたのでしょう? わたくしよりずっとお国に貢献できる技能だと思いますわ」


「単純に上下が決められることじゃないと思いますよ。私もペーネロパルさんもです。私もほら、美味しいご飯を食べに行くのは大好きですから」


「ふふふ、そうですわね。そして、そんな料理を可能とさせたのは冷蔵庫やコンロの存在で、それらを生み出したのは貴女のような素晴らしい研究者の方々であると、わたくしは思いますわ」


「なんや、仲ええやんお二人さん」


「そうですか?」

「そうですの?」


「めっちゃ息合うやん」


 よっこらしょと、レヴアレフは椅子から立った。その時、意図せずして胸が下からカチ上げる形でテーブルをぶん殴る。

 レヴアレフはひっくり返りそうになったテーブルを慌てて押さえ、恐る恐るテーブルを離れ、玄関へと向かった。


「ウチ、ちょっと飲み物買ってくるわ。茶葉は全部ダメんなってもうたけど、話し合いが長引くようなら喉が渇く前に飲み物欲しくなるやんな」


「あ、私もお手伝いします」


 アリスベットも席を断つ。ペーネロパルも箒を握った。


「ではわたくしは茶葉を捨ててきますわ。だいぶ埃も混じっているようですし、外に捨てて来た方が良さそうですわね」


「頼んだで、ウチの罪を……」


「ただのゴミになった茶葉ですわよ」


「頼んだで、ウチのゴミを……」


「会話中にふざける才能をヒシヒシと感じ、いっそ尊敬しそうになりますわね」


「それはちゃうでペーネちゃん。そこで入れるべきツッコミは『いつまで茶番を続けるんですか、茶葉だけに』やで!」


「……ハッ! 確かにそうですわ! 会話の流れを正しく汲み取れないわたくしの未熟を恥じるばかりです……」


「ええてええて、こっからこっからや」


 レヴアレフは得意げで、ペーネロパルは感心していて、アリスベットはふざけているレヴアレフにちょっとばかり呆れていた。


「飲み物買いに行くって言ってるのにいつまでふざけてるんですか、レヴアレフさん」


「ごめんごめんて」


 レヴアレフは平謝りしながら、近所で評判のいい飲食販売店へとアリスベットを案内していった。






 楽しく話していたため、アリスベットが少し忘れかけていたことがある。


 今回の案件はレヴアレフ・アリスベットと、アーレフト・ペーネロパルによる物件競争であり、勝ち取れるのはどちらか片方。

 つまり、レヴアレフとアリスベットにとって、ペーネロパルは競争相手であるということだ。


 レヴアレフは飲み物を何本か買いつつ、このあたりのことをしっかり考え、それによって頭を抱えてしまった。


「あかん。ウチはウチの職務上、この部屋の契約をなんとしてでもアリスちゃんのもんにせなならんのに、ペーネちゃんにもまあまあ感情移入してしまっとる……! 不動産屋失格や!」


「そんなこと考えてたんですか!?」


 つまるところ、ずっとのほほんとした思考で動いているアリスベットより、『客を全力で満足させないと』という職務意識を持っているレヴアレフの方が、ずっと本気であの部屋を取りに行こうとしているのであった。


「言うたやろ、あそこが一番オススメの物件やって。アリスちゃんにも気に入ってもらえたんや。アリスちゃんに最高の新社会人生活スタートを切って欲しいねん、ウチは」


「……レヴアレフさんって、第一印象からは想像もつかないくらい責任感強い人ですよね」


 アリスベットが、ふっ、と笑む。春風のような微笑みだった。


「あるんは責任感やない。職務意識や。ウチは家族との約束まあまあ忘れてブッチしたりしてまうねん……でも仕事で忘れ事したことはないんや。やから職務意識やと思う。仕事限定やねん」


「あ、では、私とレヴアレフさんが友達になったら、仕事で関わってる意識が抜けてしまって、色々忘れてしまったりするんですか?」


「友達?」


 思わぬ言葉に、レヴアレフは虚を突かれたような表情になり、やがて悪戯っぽい笑みを見せる。


 それは、遠回しで知的な確認だった。


「……せやな。友達との約束なら、まあまあ破ってまうかもしれへんなあ」


「わぁ、怖いね。ふふっ」


「おっ敬語取れたやん。ようやく客は偉そうにしてなんぼっちゅう基本を学んだんか?」


「もー、ああ言えばこう言うんだから」


「ええやん、友達は軽口叩き合うもんやで」


「ん。そうだね」


 確認は通り、レヴアレフが応え、アリスベットが喜び、関係が少しだけ変化した。


 そうすると、二人の会話もちょっとばかりぶっちゃけたものへと変わる。


「1つの物件は1人にしか勧められんのが難しいところやなぁ、土地も建物もハイ増やしました~とはいかへんもんやから。ペーネロパルちゃんの夢もウチが応援したる~ってなるし。おじちゃんの顔もできれば潰したくないという乙女心やね」


「大変だね、レヴちゃんも」


「大変なんや。足取り重く、責任も重く、そして胸も重く……」


「それは言いたかっただけだよね?」


 他人と友達の違い。それは話題だ。

 他人には話せないことがあって、友達には話せることがある。


 客と店主という関係から始まったこの2人だが、意外と気が合うことに気付き、さらりと友達になって、話題も変わって、それまで話していなかった話題も話すようになって……そうしていく内に、また関係性が変わっていくこともある。

 たとえば、親友などに。


「あのアーレフトおじちゃんがなぁ、ウチに商売のイロハを教えてくれてなぁ。ウチの不動産屋のやり方はあのオジンの丸コピのアレンジやねん」


「レヴちゃんのお師匠様でもあるんだ」


「せやでー。先祖伝来のテクもぜーんぶ教わってなぁ。あれで面倒見ええねん、無神経やけど」


「やっぱり無神経なんだ……」


 四人分の飲みものを抱え、語りながら歩く内、怪しくなってきた空模様から水滴が降り落ち始める。待機中に流れる魔力と雨が混ざって、雲越しの太陽光を受け、きらきらと七色に輝いていた。


「いかん! 小雨が降って来とるやん! アリスちゃん、ウチの乳の下で雨宿りするんや!」


「乳の下で!?」


 笑い合いながら、2人で並んで走る。

 屈託なく、子供のように。

 なんとなく気が合う人となら、話しているだけで楽しく、一緒に走っているだけで楽しい。

 人の心は、きっとそういう風に出来ていた。






 『蜂の宿』と呼ばれるその形式の建物は、入り口からエントランスに入り、廊下や階段を通って各部屋の入り口に行く内部形状を持っている。


 建物に入ってすぐ、エントランスで雨に濡れた2人を出迎えたのは、ペーネロパルだった。

 令嬢らしい長い髪をかき上げ、ペーネロパルは2人の帰還に気付き、タオルを手渡す。


「これ、わたくしの私物ですけど、未使用なのでよかったらどうぞ。風邪を引いたら大変ですわ」


「ありがとさん。良妻賢母の才能を感じるで」


「ありがとうございます、ペーネロパルさん」


 会話の音を聞きつけてきたのか、アーレフトもエントランスへと降りてきた。


「おー、おかえりちゃんやで」


 4人が揃った。

 "なら、ここでいいかな"とアリスベットは考える。元より、そういう考えは彼女の頭の片隅にあった。ただ、それを選ぶ大きな理由がなかった。

 今は、そうする理由がある。


「アーレフトさん、ペーネロパルさん、お話があります。たぶんこれから話し合うつもりだと思うのですが、私はあの部屋の契約を辞退します。ペーネロパルさんに契約を結ばせてあげて下さい」


「!?」

「!?」

「!?」


 真っ先に反応したのは当然、一番のオススメ物件を友達のものにしようとバリバリ気合いを入れて来ていた、レヴアレフである。


「ちょ、ちょ、ちょ、待ちぃや! もうちょっと時間くれたらこの部屋の契約アリスちゃんのもんにしたげるから! だから待ち!?」


「でもそれだと、レヴちゃんが満足する結果にならないと思うんだよね。私がこの部屋貰っちゃったら、レヴちゃんはペーネロパルさんやアーレフトさんに負い目ができちゃうでしょ?」


「……そりゃそうなんやけども!」


「譲ろうよレヴちゃん。一番良い物件を私に渡そうとしてくれたその気持ちだけで、私は嬉しい」


「せやかてなぁ」


 むむむとなっているレヴアレフに対し、アリスベットは春風のように微笑んでいる。


「レヴちゃんが『いい人に優しくすればいつかいいことがある』と思っているのと同じように、私も……そうだね。『人に譲ればいつかいいことがある』と思ってるんだよ」


「!」


「それに、レヴちゃんが勧めてくれる物件なら、きっとどこもいいところじゃないかな、そうでしょう? なら、ここを諦めても次の素敵と出会えるはずだよ。それでいいと思うんだよね」


「アリスちゃん……」


「一つ譲ることで皆がいい気持ちで締めくくれるなら、それが一番素晴らしいことじゃない?」


「……それは、確かに、そうかもなぁ」


 アリスベットの柔軟な懐柔に、レヴアレフが折れた形になった。


 くっくっと、アーレフトが楽しげにあごひげをいじり、愉快そうに笑っている。


「せやったか。なるほどなぁ。アリスベットお嬢さんからすれば、『レヴアレフは本当に信じられる』と思った時点で、一番気に入った物件を諦めても、別にどうってことないんやな。ワイもちょっと人柄を見誤っとったか」


「はい、そうなります。ここを気に入ったのも本当で、ここに決めたかったのも本当ですが、今の私にとってこの物件は、レヴアレフちゃんのオススメの1つ目でしかありませんから」


 くっくっと笑うアーレフトをよそに、アーレフトに依頼を出した当人のはずのペーネロパルは、心底申し訳なさそうにしている。


「申し訳ありません、アリスベット様。わたくしは貴女の好意に甘えて、先に譲らせてしまいました……あの、今からでも、わたくしが譲ることで、アリスベット様がここに住むのが……」


「いいんですよ、ペーネロパルさん。これは私が決めたことですから。ここには貴女が住んで下さい。貴女の夢、私も応援してます」


「でも……」


「……それでも、ペーネロパルさんが申し訳ない気持ちを捨てきれないと言うのなら……」


「言うのなら……?」


 一拍、呼吸を置いて、言葉が続いて。


「ペーネロパルさんがいつか開いたお店に、私と、レヴちゃんと、アーレフトさんを招いてご馳走して下さい。その時、今日の事を思い出しながら皆でお話しましょう。"ああ、そんなこともあったね"なんて言いながら」


「───!」


「ペーネロパルさんの理想のお店が出来た未来で、お話しましょう」


 "貴女の夢が叶うと信じている"という言外の意を込めて、アリスベットはそう言った。


 アーレフトは感心した様子で頷いている。

 レヴアレフもうんうんと頷いている。

 此処に居る三人は揃って、レヴアレフの願いが叶った未来で集まる日が来ることを、信じているのだ。


 ペーネロパルの胸の奥が、震えた。

 それは感動であり、感謝であった。

 この瞬間に感じた想いをペーネロパルが忘れなければ、どんな夢だって叶うだろう。

 それほどまでに、強い想いの熱があった。


「はい。絶対にお呼びしますわ」


「ありがとうございます。私達、その日のことを楽しみに待っていますね」


「はい!」


 そしてアリスベットは、手を差し出す。


「私、ペーネロパルさんともお友達になりたいです。真っすぐで、熱量があって、願う場所がハッキリとしていて、顔も知らない人達の幸せを願っていて……私と、お友達になりませんか?」


「……はいっ! 喜んで! わたくしがお友達に相応しいか分かりませんが! 是非!」


 その手をペーネロパルが取って、彼女らしくもない礼儀作法の無さで、ぶんぶんと上下に振った。


 ペーネロパルとアーレフトが契約の書類を書き始め、手持ち無沙汰になったレヴアレフが「はぁ」と溜め息を吐く。その隣に、静かにアリスベットが腰を下ろした。


「振り返ってみると、内見に来た意味がまるであらへんやんけ……そのまま次の物件行くんならここに何しに来とんねん、ウチらは……」


「何言ってるの。お友達が増えたじゃない」


 予想もしなかった返答が、何も考えず本心を言っているアリスベットから帰ってきて、それがレヴアレフの好みの返答だったから、何も言えなくなってしまって。


 レヴアレフはまた、「はぁ」と溜め息を漏らした。


「……あーあー、まったく。ウチの負けやウチの負け。アリスちゃんの方が正しい考え方してるんやって思いたくなった時点でウチの負けや」


「勝ち負けなんてないでしょ、こんなことに」


「気分の問題や気分の! 客と不動産屋の約束は果たされるべきで……」


「友達同士の約束だから一回二回は破ってもいいんじゃないかな」


「……連敗する! 連敗してまう!」


 レヴアレフのチョップが、ぺしぺしとアリスベットの額を叩いた。


 そうして、彼女らの最初の『住宅の内見』は終わる。そして今日から、もしくは明日から、次の住宅の内見が始まるだろう。

 最初の内見は、客のために。

 次からの内見は、友のために。

 レヴアレフはずっとにこにこしているアリスベットを見て、俄然やる気が湧いてくる。


 アリスベットがここを諦めたのは、本人曰く、レヴアレフに負い目が出来ない結末を求めたため。

 彼女の選択は、友であるレヴアレフのため。

 で、あれば。

 ここからレヴアレフがアリスベットの住まいのために全力を尽くすのは、友として当然のことだろう。少なくとも、レヴアレフにとってはそうだ。


 それで全力を尽くさずして、どうしてアリスベットの友達を名乗れるだろうか。


「こんな疲れる住宅内見、そうそうないで……」


「楽しければいいんじゃないかな。やっぱり世の中のあれもこれも、楽しいのが一番だよ」


「それでええんか? ほんまに?」


 2人の雑談に、横合いから声が飛んで来る。


「アリスベット様! レヴアレフ様! アーレフト様! リクエストはありますか! わたくし基本的に流行りの料理なら何でも作れますわよ!」


「ワイが買い出し行って来るでえ! こんな雨ん中、かわゆい女子を外に出すわけにはいかんのや! おじちゃんに任せとき!」


 雑談が終わり、そうして、また、次の雑談が始まった。その雑談が終わればまた雑談が始まって、そのまた次の雑談も始まる。


 そうして連なる雑談はずっと軽妙で、ずっと楽しげで、ずっとずっと続く喜びの輪の中にあった。











 かつて、蜂の大魔獣が居た。

 蜂の大魔獣は長く生きる内に人に並ぶ知性を身に着け、長らく人間と争っていたが、大昔に起きた大洪水で地上が洗い流されそうになった時、逃げ遅れた人間達を自らの巣に避難させた。

 気まぐれか、情か、何かの企みだったのか。

 真実は分からない。


 全ての人間を巣に避難させた蜂の大魔獣は、巣の部屋の全てが人間で埋まっているのを見届けて、自分が入る部屋がないことを受け止め、巣の外で大洪水に飲み込まれ、溺れ死んだ。

 死体は流され、人々は蜂を葬ることもできなかったが、東の果てに蜂の墓を立て、感謝の花の種を撒いたという。


 セムラセム王国ではそんな伝説に倣い、1つの建物に多くの部屋があり、そこに多くの人間が住まう住宅を、『蜂の宿』と言う。


 誰かを助け、誰かに助けられ、そうして人は生きていく。蜂の宿にて、群れを成して。


 人は自分の知っている世界しか知らない。

 だからこそ、自分の知っていること、自分の持っているもの、それらを持ち寄り、1人では辿り着けない彼方を目指すもの。


 誰かが拓いた土地に、誰かが家を立て、誰かが『力』の流れを地図にして、誰かがそれをレヴアレフのような人間に教え、教えられた者がまたアリスベットのような他の誰かに住まいを案内し、アリスベットのような誰かがペーネロパルのような誰かにそれを譲って、ずっと連なっていく。


 人々の繋がりを創るのが場所。

 場所を保つのが町。

 町に人を住まわせるのが住まい。

 親しくしろという命令はなく、仲良くしろという使命もなく、誰もが他人同士のまま、思うまま、望むまま、好きな距離感で他人と繋がっていく。


 この世に生きている限り、生きとし生ける全ての人は、どこかで誰かと繋がっている。


 きっと誰もが、1人ではない。


「炒めもの全部おあがりですわよぉー!」


「うおっ、うまっ、うめっ、ワイになんちゅうもんを食わせてくれたんや……これと比べれば王室料理すらカスや……」


「レヴちゃん、これ美味しかったよ」


「せやったか。半分ちょーだいな」


「おかわりもありますわよぉー!」


 1人ではない。


「ところでわたくし、出会った当初からレヴアレフ様の……その……胸が凄いなと思っておりまして……失礼なのは承知ですが! その……ちょっと触ってみてもよろしいでしょうか!?」


「今言うんかそれ!?」


「あははっ」


「おじちゃん外出てるから終わったら呼んでな。気持ち良くなっちゃあかんで、我が姪よ」


「なるかぁ!」




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住めば都、都に住まれば、そこに不動産バトルあり(ない) オドマン★コマ / ルシエド @Brekyirihunuade

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