第5話 技術の応用
(い、今のはやばかった……避けなかったら確実に死んでた!!)
見た目は本物の兎のように可愛らしいが、一角兎の攻撃は樹木をへし折るほどの威力を誇り、もしも直撃していたらナイは確実に死んでいた。そして避けた時にペンダントを落とした事に気が付き、ナイは慌てて拾い上げると一角兎に向かって掲げる。
「こ、この!!近寄るな!!」
「キュイッ?」
ペンダントを見せつけられた一角兎は首を傾げ、その様子を見てナイは困惑した。クロウから事前に聞かされた話ではナイが所持するペンダントは、魔物を近づけさせない「魔除け」の効果が付与されているはずだが、何故か一角兎には全く通じない。
別れる前のクロウの言葉を正確に思い出し、彼は「力の強い魔物だけは襲い掛かってこない」と言っていた。それは逆に言えば「力が弱い魔物」には魔除けの効果が通じない事を意味する。
(まさか、こいつにはペンダントの効果は通じないのか!?)
樹木をへし折るほどの力を誇る一角兎だが、魔物の中では「最弱」の部類に入る。だからクロウが渡したペンダントの効果を受け付けない可能性があり、一角兎はナイに目掛けて躊躇なく襲い掛かってきた。
「ギュイイッ!!」
「うひゃあっ!?」
再び飛び込んできた一角兎に対し、情けない悲鳴を上げながらナイは頭を伏せる。間一髪に一角兎の攻撃を避ける事はできたが、今度は一角兎も地上に降り立つと、間髪入れず突っ込んできた。
「ギュイッ!!」
「うわわっ!?」
反射的にナイは「肉体強化」を発動させ、身体を伏せた状態で四肢の筋力を強化して飛び上がる。まるで蛙のように上空に跳び上がったナイに一角兎は意表を突かれ、狙いを外して地面に倒れ込む。
「ギャンッ!?」
「くそっ……こんなの相手にしてられるか!!」
ペンダントをしっかりと握りしめたままナイは駆け出し、急いで一角兎から離れようとした。だが、一角兎は持ち前の突進力を生かしてナイの背後に目掛けて飛び込む。
「ギュイイッ!!」
「わあっ!?」
背後から聞こえてきた鳴き声にナイは取り乱し、足元を滑らせて転んでしまう。それが功を奏して一角兎の背後からの攻撃を偶然にも躱す。だが、一角兎に先回りされてしまい、今度こそナイを仕留めようと一角兎は体勢を整える。
「ギュイッ!!」
「このっ……調子に乗るな!!」
「ギャウッ!?」
転んだ拍子にナイはペンダントを握っていない方の手で地面の砂利を握りしめ、一角兎に目掛けて放つ。予想外の反撃を受けた一角兎はあらぬ方向に跳んでしまい、それを見たナイはある事に気が付く。
(こいつ……もしかして真っ直ぐにしか突進できないのか?)
何度も一角兎の攻撃を見てナイは弱点を見抜き、周囲を見渡して使えそうな物を探す。そして手頃な大きさの石を発見すると、一角兎が飛び掛かる寸前を狙って投擲する。
「ギュイイッ!!」
「そこだ!!」
一角兎が再び突っ込もうとした瞬間、ナイは「肉体強化」を発動させて全力で石を投げつける。狙いは一角兎の額の角ではなく、角で覆い隠されている眉間の部分に石を投げつけた。
自分が突っ込んだ勢いとナイが全力で投げつけた石が衝突した瞬間、一角兎の眉間に強烈な衝撃が走る。空中で体勢を崩した一角兎は地面に転がり込み、身体を痙攣させる。
「ギャンッ……!?」
「……た、倒したのか?」
普段は角に隠されている眉間が一角兎の弱点だったらしく、ナイが投げつけた石の衝撃で脳震盪を起こしたのか、一角兎が起き上がる様子が無い。どうにか危機を乗り越えたナイはその場で尻餅を着き、安心したせいで全身の力が抜けてしまう。
「はああっ……し、死ぬかと思った」
運良く反撃が成功して一角兎を戦闘不能に追い込めたが、もしもナイの行動が一瞬でも遅ければ一角兎の角で串刺しにされていた。肉体強化を覚えてたお陰で反撃に成功したが、解除した途端に筋肉痛に襲われる。
「いてててっ……くそっ、しばらくは動けそうにないな」
肉体強化は一時的に身体能力を上昇させる反面、体力の消耗が激しくて肉体に負荷も掛かる。だから一度発動させればしばらくの間は休まなければならないのだが、ナイの背後から嫌な鳴き声を耳にした。
「ギュイイッ……!!」
「えっ……」
聞き覚えのある鳴き声を耳にしたナイは振り返ると、そこには真っ白な毛皮で覆われた一角兎が立っていた。ナイが昔に読んだ魔物図鑑によれば黒の毛皮の一角兎は雌であり、白の毛皮の一角兎は雄である事を思い出す。
どうやらナイが倒した一角兎は仲間がいたらしく、倒れた仲間の姿を見て白の毛皮の一角兎は怒りを露わにする。しかも雌よりも雄の一角兎の方が角が長く、先端も鋭く尖っていた。
(やばい!?)
ナイは咄嗟に駆け出そうとしたが、先ほどの肉体強化の反動で身体が上手く動かず、足元に力が入らなかった。その隙を逃さずに一角兎は全力で飛び掛かってきた。
「ギュイイッ!!」
「くぅっ!?」
突っ込んできた一角兎に対してナイは逃げ切れないと判断し、一か八か肉体強化を発動させて両腕を交差させる。一角兎の狙いはナイの顔面だったが、交差した両腕に角が突き刺さり、ナイは絶叫した。
「ぐああああっ!?」
「ギュイッ……!?」
両腕を角で貫かれてしまったが、一角兎の攻撃を顔面で受けるのは回避できた。肉体強化を利用してナイは両腕の筋肉を凝縮させ、まるで鉄のような硬さにまで変化させる。それでも両腕を犠牲にしてどうにか一角兎の攻撃を防ぐのがやっとであり、あまりの痛みに肉体強化を解除しそうになる。
(痛い痛い痛い……けど、耐えろ!!)
自分自身を叱咤しながらナイは両腕を振りかざし、角が突き刺さった状態のまま一角兎を傍に生えていた樹木に叩きつける。予想外の反撃を受けた一角兎は悲鳴を上げるが、何度もナイは力の限り叩き込む。
「うおおおおっ!!」
「ギュイイッ!?」
樹木に幾度も叩きつけられた一角兎は悲鳴を上げ、耐え切れずにナイの両腕から角を引き抜くと、恐怖のあまりに逃げ出してしまう。
「ギャインッ!?」
「はあっ、はあっ……ざ、ざまあみろ!!」
逃げ出した一角兎に対してナイは引きつった笑みを浮かべるが、両腕に激痛が走ってその場に座り込む。どちらの腕も血が止まらず、しかも肉体強化の反動で身体が上手く動かせない。
碌に身動きも取れない状態でナイは倒れ込み、このまま怪我を放置すれば確実に死んでしまう。どうにか傷口を塞ぐ方法がないか考えるが、生憎と手持ちの道具の中で治療に役立ちそうな物は持ち合わせていない。
(このままじゃまずい……どうにかしないと)
地面に横たわった状態でナイは必死に頭を巡らせ、最初に思いついたのはクロウに助けを求める事だった。どうにか火でも焚いて狼煙を起こし、クロウが駆けつけるのを待つべきか考えたが、両腕がそもそも動かせない状態で火など起こせるはずがない。
(師匠、助けて……死にたくない)
徐々にナイの意識が薄れていき、このままでは気絶してしまう。瞼が重くなって目を閉じた瞬間、ナイは自分の身体の中に流れる魔力を感じ取る。そしてこれまでクロウから学んで事を思い出す。
(魔力……生命力……操作……俺は、使いこなせていない?)
クロウから言われた言葉を思い出し、ナイが使用する「肉体強化」はあくまでも筋力だけを強化して身体能力を上昇させているに過ぎない。それならば別の使い道なら怪我を治す事ができるのではないかと考える。
(師匠に回復魔法をかけてもらった時を思い出すんだ。あの時の感覚を思い出せば……)
山でクロウと二度目の再会を果たした時、ナイは回復魔法で怪我を治療してもらった。怪我を治して貰った時はまだ魔力感知の技術を覚えていなかったが、今思い出せば全身の魔力が高まった時と似たような感覚だと思う。
肉体強化とは文字通りに肉体の機能を強化させる技術であり、決して身体能力を上昇させるだけの単純な技ではない。使い道によれば筋力を強化させるだけではなく、肉体の「自然治癒力」を高める事で怪我の治療も行える。
クロウが使用した回復魔法も他者に魔力を分け与え、その魔力で肉体の再生機能を強化させる。つまりは原理さえ理解できればナイも自分の魔力を利用して怪我の治療を行う事ができるはずだった。
(怪我をした箇所に魔力を集中させるんだ……頼む、上手くいってくれ)
体内の魔力を感じ取りながらナイは肉体強化の応用で魔力を操作し、やがて両腕の傷口に異変が生じる。一角兎の角で貫かれた傷が徐々に塞がり始め、やがて完全に傷口が閉じると両腕の痛みが消えていく。ナイは目を見開くと、腕の傷は完璧に塞がっていた。
「や、やった……本当に治った」
クロウの回復魔法のように自力で怪我を治せた事にナイが唖然とするが、これで両腕は自由に動かせる。空を見上げると既に日は暮れ始めており、クロウとの約束を思い出したナイは急いで山小屋へ向かおうとした。
「早く師匠の所に帰らない、と……?」
しかし、起き上がった途端に立ち眩みに襲われ、立っていられずに再び地面に倒れてしまう。何故か身体が言う事を聞かず、全身の魔力が弱まっている事に気づく。
(しまった……魔力を使いすぎた)
怪我の治療の際に魔力を想像以上に消耗したらしく、ナイは意識を失ってしまった――
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