第6話 ゴブリンとの戦闘
――意識を失ったナイは瞼越しに強い光を感じ取り、堪らずに目を開くと視界に光り輝くペンダントが映った。
「ま、眩しい……何処だ、ここ?」
目を覚ましたナイは辺りがすっかり暗くなっている事に気づき、自分がどうしてこんな場所に倒れているのかを思い出すのにしばらく時間が掛かった。だが、すぐに夕方の出来事を思い出し、自分が気絶した事を思い出す。
「しまった!?もう夜になってる……師匠との約束守れなかったのか、くそっ!!」
太陽は既に沈んでおり、時刻は完全に夜を迎えていた。クロウとの約束を果たせなかった事にナイは落ち込むが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
(そういえこの山の魔物の大半は夜行性だと師匠は言ってたな。ということは……夜を迎えた今は凄くやばい状況じゃないのか?)
魔物の大半は夜行性であるため、明るい時間帯では大人しかった魔物も夜を迎えると活発的に動き出す。ナイは周囲を見渡して魔物がいない事を確認すると、自分が所持するペンダントに視線を向けた。
「……もしかしてこのペンダントを灯りの代わりに使えってことかな?」
クロウから受け取ったペンダントはまるでランタンのように光輝き、この光に晒されたお陰でナイは意識を取り戻した。祖父が所持していた時はペンダントが寄るに光り輝いたはなかったが、恐らくはクロウがナイに渡す前に何らかの魔法を施し、夜を迎えるとペンダントが光るように細工していたのだろう。
ペンダントの光を頼りにナイは周囲を照らし、意識を失う前に自分に襲い掛かった一角兎達を探したが姿は見えなかった。どうやら気絶させた一角兎も既に逃げ出したらしく、気絶している間に襲われたのは不幸中の幸いだった。
「はあっ……こんな物を渡すという事は、師匠は俺が夕暮れまでに戻って来るなんて思ってなかったのか」
灯りの代わりに光り輝くペンダントを見てナイはため息を吐き、最初からクロウは約束の時間までにナイが山小屋に帰って来るとは考えておらず、暗闇を照らす道具を渡していた事にナイは悔しく思う。
(俺、師匠に期待されてないのかな……いや、今は落ち込んでいる場合じゃないか)
気を取り直してナイは山小屋へ帰るため、まずは現在地の確認を行う。一年の間にナイはクロウと共に山の中で生活していたため、山の全体図は頭に叩き込んでいた。
クロウの魔法でナイは山の麓まで転移したが、山小屋までは徒歩で移動しても数時間は掛かる。しかも時刻は夜を迎えたせいで視界は暗く、灯りで道を照らさなければまともに歩くのも難しい。
(昼間よりも嫌な雰囲気だな……魔除けのペンダントも当てにならないし、急いで帰った方が良いな)
魔除けのペンダントは「力の強い魔物」は追い払うが、一角兎のように弱い魔物は効果は通じない。いくら魔物の中では弱い部類でも、今のナイでは油断すれば命を落としかねない危険な相手である。下手をしたら一角兎以外にも魔除けの効果が通じない魔物が現れる可能性もあった。
(用心して進まないと……ん?)
道を歩いている途中でナイは後方から物音が聞え、即座に振り返ってペンダントの光で照らすが、光が届く範囲には生き物の姿は見えない。
(気のせいか?いや、何だか嫌な予感がする)
物音が聞えたのは確かであり、ペンダントを翳して周囲を照らすが魔物の姿は見えない。だが、どうにも落ち着かない気持ちを抱いたナイはゆっくりと後退る。
(何処に隠れている?くそっ、せめて昼間だったら……)
暗闇に覆われた山の中でナイは精神的に追い詰められ、今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抱く。だが、下手に動けば隠れているはずの「敵」の思うつぼであり、どうにか心を落ち着かせる。
(焦るな、落ち着くんだ……眠った事で魔力も回復している)
目を閉じてナイは体内の魔力を感じ取ると、ひと眠りしたお陰で魔力も元に戻っていた。だが、目を閉じた途端にナイはこれまでは感じ取れなかった「別の魔力」を感知した。
(何だ?この感覚……まさか!?)
自分の魔力を確かめるためにナイは「魔力感知」の技術を使ったが、別の場所から自分とは全く別の魔力を感知する。何時のにかナイは自分だけではなく、他の生物の魔力も感知できるようになった。
魔力を感じる場所はナイの傍に生えている樹木の上の方からであり、即座にナイはペンダントで樹木を照らすと、そこには枝に掴まった人型の魔物の姿が見えた。
「ギィイイッ!!」
「こいつは……ゴブリン!?」
猿のように枝にぶら下がった魔物の正体は全身が緑色の皮膚に覆われ、身長は一メートル程度で痩せ細った体型をしており、餓鬼を想像させる恐ろしい形相であり、刃物のように尖った牙を生やしていた。その姿を見ただけでナイは「ゴブリン」と呼ばれる魔物を思い出す。
ナイが昔読んだ魔物図鑑に記載された「ゴブリン」という魔物は山岳地帯のみに生息する人型の魔物であり、魔物の中では力は弱いが反面に知能は高く、人間のように道具を製作して戦う狡猾な魔物だと記されていた。
(こいつはまずい!!)
ゴブリンはナイのペンダントの光に照らされると、枝から手を離して地上に飛び降りた。そして腰に括り付けていた「石斧」を構える。どうやらそこらに落ちている木の枝と石と植物の蔓で制作した武器らしく、ペンダントを所持しているナイに躊躇なく襲い掛かってきた。
「ギィイイッ!!」
「くそっ!?」
一角兎と同様にゴブリンもペンダントの「魔除け」の効果が通じないらしく、ナイに目掛けて武器を掲げて突っ込んできた。だが、相手が自分よりも小柄で一角兎と比べたら動きも遅く、冷静にナイは足元の石を拾い上げてゴブリンの顔面に投げつける。
「喰らえっ!!」
「ギャインッ!?」
顔面に石を叩き込まれたゴブリンは悲鳴を上げて地面に転がり込み、それを見たナイはすぐに逃げ出す。既に一角兎との戦闘を経験していたお陰でナイは魔物を見ても恐れず、冷静に対処する事ができた。
(図鑑にはゴブリンは群れで行動する魔物だと書かれてた!!こいつを倒しても、きっと仲間が近くで隠れているはずだ!!)
図鑑で学んだゴブリンの生態を思い出しながらナイは駆け抜けると、起き上がったゴブリンは怒り心頭で人差し指と親指を口に咥えると、口笛を鳴らした。次の瞬間、森のあちこちからゴブリンの鳴き声が響き渡る。
「ギィイッ!!」
「ギギィッ!!」
「ギィアッ!!」
「うわっ!?」
あっという間にゴブリンの群れが集まり、ナイは完全に取り囲まれてしまう。ゴブリン達はそれぞれが武器を所持しており、石斧ではなく「石槍」を手にしたゴブリンもいた。
周囲を取り囲まれたナイは冷や汗を流し、この状況で下手な行動を取れば命取りになりかねない。逃げ切れないのならば残された選択肢は一つだけだった。
(こうなったら……戦うしかない!!)
武器が手元にない状態でナイが頼れるのは己の肉体のみであり、一か八か「肉体強化」を発動させてゴブリンの群れとの戦闘に挑む決意を抱く。いくら魔力が戻ったとはいえ、複数隊の魔物を相手に勝てる保証はないが、何もしなければ殺されるのなら選択肢は一つしかない。
覚悟を決めたナイはペンダントを失くさないように懐にしまおうとした時、ペンダントの放つ光を見て妙案を思いつく。ナイがゴブリンに見つかった理由はペンダントの光で姿を晒したのが原因であり、それならばペンダントの光を一時的に消す事ができればゴブリンの群れは自分を見失うのではないかと考えた。
(こんな単純な手に引っかかるか?けど、試してみる価値はあるかも……よし!!)
ゴブリンの群れに囲まれた状態でナイはペンダントを両手に収めると、全力で握りしめて一切の光が漏れないようにする。するとペンダントの光がナイの両手に収まったせいで消えてしまい、暗闇に紛れたナイにゴブリンの群れは混乱する。
「「「ギギィッ!?」」」
「……そこだ!!」
光が消えた瞬間、一瞬だけゴブリンの群れはナイの姿を見失う。その隙を逃さずにナイは肉体強化を発動させて駆け抜けると、ゴブリンの頭上を跳び越えて包囲網を突破する。
「逃げるんだよぉおおっ!!」
「「「ギィアッ!?」」」
自分達の包囲を抜け出して逃げ出したナイにゴブリンの群れは慌てて後を追いかけ、ナイに目掛けて手に持っていた武器を投げつける。だが、それこそがナイの狙いであり、まんまと武器を手放したゴブリンの群れにナイは反撃を繰り出す。
(ここだ!!)
逃走の際中にナイは足を止めると、ゴブリン達が投げつけた武器を躱す。この際にゴブリンが手放した石斧を一つだけ掴み取り、まんまと追いかけてきたゴブリンの顔面に叩き込む。
「うおらぁっ!!」
「アガァッ!?」
「「「ギィアッ!?」」」
まさか獲物の方から立ち止まるとは思わず、ナイの反撃を受けたゴブリンの一匹は顔面が陥没した状態で地面に倒れ込む。肉体強化を発動したナイは身体能力を限界まで引き出し、ゴブリン程度の魔物ならば一撃で仕留められる。
ゴブリンの一匹目を倒したナイは奪い取った石斧を振りかざし、今度は遅れて駆けつけた二匹目のゴブリンの頭上に叩き込む。
「そいやっ!!」
「ギャアアッ!?」
「ギギィッ!?」
「ギィイッ!!」
仲間を二匹もやられたゴブリン達は慌てて足を止めると、ナイから距離を置く。そんなゴブリン達に対してナイは血塗れの石斧を振りかざし、大声で怒鳴りつける。
「次はどいつだ!?」
「「「ギギィッ……!?」」」
ナイの迫力に気圧されたゴブリン達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、その様子を見届けるとナイは全身から冷や汗を流す。彼が呼んだ魔物図鑑ではゴブリンは狡猾な生き物だが、同時に酷く臆病な生き物であるため、仲間が殺されると恐れをなして逃げ出してしまうと書かれていた。
どうにかゴブリンを撃退したナイは石斧を地面に落とし、身体の震えが止まらなかった。もしも残ったゴブリン達がナイに襲い掛かっていた場合、為す術もなく殺されていた。クロウの教わった魔法の技術と、図鑑で覚えた知識のお陰で辛うじて生き延びる事ができた――
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