第4話 魔力感知と肉体強化
「いててっ……」
「どうした?」
「いや、ちょっと腕を痛めちゃって……」
肉体強化の反動は体力を消耗するだけではなく、無理をし過ぎれば筋肉痛を引き起こす。腕を痛めたナイの姿を見て、クロウはまだ彼が完璧に技術を身に着けていない事を悟る。
「まだその程度か……これは荒療治が必要かもしれんな」
「え?」
「ナイ、今からお前に試練を与える」
「し、試練?」
突拍子もない言葉にナイは戸惑うが、クロウは地面に杖を向けると魔法陣が浮かび上がる。山でナイと出会った時にクロウが彼を山の外まで追い出した「転移魔法」であり、今回は自分も魔法陣の上に移動するとナイを手招きした。
「お前も乗れ。早くしないと魔法が発動するぞ」
「発動って……何処かに行くの?」
「いいから早く来い」
クロウはナイを魔法陣の上に立たせると、二人一緒に光に包まれて流れ星の如く飛んでいく――
――ナイを連れてクロウが移動した先は山の麓だった。いきなり連れ出されたナイは戸惑うが、そんな彼にクロウは懐からペンダントを取り出す。
「これを覚えているか?」
「あ、それって……爺ちゃんのペンダント?」
クロウが手にしたのはナイの祖父が常日頃から身に着けていた木彫りのペンダントであり、家出した際にナイが唯一持ち込んだ物だった。彼にとっては唯一の祖父の形見であり、叔父が家に乗り込んできた時も奪われないようにずっと隠し持っていた。
このペンダントは元々はクロウが村長に渡した物であり、実を言えばペンダントにはとある仕掛けが施されていた。クロウはペンダントに自分の魔力を封じ込める事で「魔除け」の効果を付与し、このペンダントを身に着けるだけで大抵の魔物に襲われる事はなくなる。
――今から一年前にナイが二度も魔物に襲われずにクロウの元に辿り着いたのはこのペンダントのお陰であり、決して運が良いだけで生き残れたわけではない。ペンダントにはクロウの魔力が込められていたため、山に暮らす魔物は彼の魔力を恐れてナイに近付かなかった。
本人は気付いていなかったがナイが魔物に見つかっても殺されなかったのはペンダントのお陰であり、もしも普通の人間の子供ならば魔物に見つかった時点で殺されている。ナイはクロウが作ったペンダントを偶然に持ち込んでいたお陰で魔物から逃げ切る事ができた。
ちなみにナイが最初に山に訪れた時にペンダントを所持している事にクロウは気づかなかったのは、叔父に盗まれないようにナイは常日頃からペンダントを隠していたため、山を登る時もずっと服の下に隠していた。だからクロウもナイに服を脱がせた時に出てきたペンダントを見て驚いた。
事情を聞いたクロウはペンダントは自分の物だが、村を追い出されたナイにとっては唯一の祖父の形見のため、彼にペンダントをあげる事にした。但し、ペンダントを渡す条件として修行の間はクロウがペンダントを預かる事を約束させる。
「このペンダントには魔除けの効果がある。これを身に着けて置けば魔力に敏感な魔物は近寄る事もないだろう」
「え?そうなの?爺ちゃんは何も言ってなかったけど……」
「まあ、あいつは一度もこの山に訪れる事はなかったからな……教えた効果も忘れていたかもしれん」
クロウが村長に魔除けのペンダントを渡した理由は、自分に用事がある時は村長の方から山に来るように伝えたのだが、結局は村長は一度もクロウの元に訪れる事はなかった。その代わりに彼の孫のナイがペンダントを受け継ぎ、クロウの元に辿り着けた事を考えると不思議な運命を感じる。
「これを身に着けていれば力の強い魔物だけは襲いかかってくる事はないだろう。では儂は一足先に山小屋に戻るぞ」
「えっ?」
「夕暮れまでに帰ってこれたらテストは合格だ。だが、もしも夕暮れになるまで帰ってこれなかった場合……今夜から外で寝泊まりしてもらうぞ」
「ええっ!?」
いきなりとんでもない事を言い出したクロウにナイは度肝を抜くが、彼はペンダントをナイの首にかけると、杖を掲げて再び地面に魔法陣を展開した。それを見たナイは本気でクロウが一人で山小屋に帰ろうとしている事に気づき、慌てて止めようとした。
「ちょ、ちょっと師匠!?いきなりそんな事を言われても……」
「……そうだな、では
「使いこなせって……うわぁっ!?」
一方的に告げるとクロウは転移魔法を発動させ、本当に一人で山小屋に向かって飛んでいく。残されたナイは唖然と空を見上げるが、もうクロウの姿は捉える事はできなかった。
「そんな……本当に行っちゃったよ」
一人残されたナイは周囲を振り返り、クロウが居なくなった途端に心細くなる。現在地は山の麓であり、今更ながらに自分が危険な魔物が巣食う山の中にいる事を思い出す。
(あ、焦ったら駄目だ……まずは落ち着くんだ。大丈夫、一年前の時と同じだ)
既にナイは一年前に二度も山を登ってクロウの元に辿り着いた事を思い出し、しかも今ならば「魔力感知」や「肉体強化」という新しい技術も身に着けていた。それにクロウから帰して貰った「魔除け」の効果のあるペンダントがある限り、魔物に襲われる心配もない。
「……よし、もう大丈夫だ」
首元に掲げたペンダントを握りしめてナイは心を落ち着つかせると、一年前の時のように山小屋を目指して出発しようとした。だが、移動を開始しようとした瞬間、近くの茂みから奇怪な鳴き声が響き渡る。
「キュイイッ!!」
「うわっ!?」
茂みの中から姿を現したのは全身が真っ黒な毛皮で覆われた兎であり、額には角を生やしていた。いきなり飛び出してきた兎のような生き物にナイは驚くが、一目見ただけでただの動物ではなく「魔物」だと見抜いた。
魔物は動物とは異なる進化を遂げた生物であり、ナイの前に現れた魔物は兎と外見は酷似しているが、普通の動物の兎との違いは額に角を生やしており、しかも獰猛で人間が相手だろうと躊躇なく襲い掛かる習性を持つ。
(ま、まさかこいつ……図鑑で見たことがあるぞ!!名前は確か……一角兎だ!!)
村で叔父に倉庫に閉じ込められた時、ナイは偶然にも様々な魔物の生態が記された図鑑を発見した。その図鑑には「一角兎」という名前の兎と酷似した魔物も記されており、見た目は可愛らしいが性格は狂暴で自分よりも大きな相手にも躊躇なく襲い掛かる魔物だと記されていた。
(こんな奴まで山の中に居たなんて……でも、師匠のペンダントがあるから平気だよな?)
一年前の時は遭遇しなかった魔物だが、ナイはクロウから魔除けの効果を持つペンダントを渡されていた事を思い出す。このペンダントがあれば魔物に襲われないはずだが、どうにも嫌な予感がした。
「キュイイッ……!!」
「あ、あれ?何でこっちに……うわぁっ!?」
「ギュイイッ!!」
一角兎はナイに目掛けて突進し、刃物のように研ぎ澄まされた角で胸を突き刺そうとしてきた。咄嗟にナイは避けようとしたが、完全には避け切れずに首に掲げていたペンダントの紐が切れてしまう。
ナイに避けられた一角兎は後方に生えていた樹木に突っ込み、あまりの突進の威力に樹木がへし折れてしまう。もしも正面から一角兎の突進を喰らっていたら即死は免れず、顔色を青くしてナイは地面に落ちたペンダントに視線を向ける。
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