お隣さんは自由無責任党

プロ♡パラ

第1話

 もとはかつての偽帝戦争の折、復辟を果たした皇帝が帝都攻略戦での功績の褒章として家臣に与えた屋敷のひとつだという。

 古いながらも壮健な造り、品の良い様式の庭園──塀を越えて高々と放物線を描き投げ込まれた空き瓶が、植え込みに突き刺さった。追って隣家なら沸き起こる下卑た歓声、怒声。

 よく見てみれば、庭園の片方の塀の側には、向こうから投げ込まれた廃棄物が転がり、よく手入れされたこの家の景観を汚していた。

「ご時世ですからね」と、この屋敷を任されている家宰は苦々しい顔でいう。

 内見に訪れていた若い男──自由都市の新興商人を名乗る身なりの良い若者は、首を伸ばして隣家の方を伺った。

「あちらは?」

「もとはイオキア伯爵家の筋のお屋敷の一つだったんですがね……ほら、イオキア伯爵家は皇帝派の筆頭でしたから」

「なるほど」

「ならず者が大挙として押し寄せてきて屋敷を乗っ取っても、共和派は助けちゃくれません」

 家宰は、声を潜めて続けた。

「隣の連中、無政府主義政党の『自由無責任党』をなのっちゃいますがね。ようは山賊が山から降りてきたやつです。共和派が政治活動の自由だのなんだのを言い出したもんですから、ああいうやからも現れるんです。……いや、まあ。つまり、この家を売りに出しているのは──」

「なるほど、相場よりもだいぶ安く売りに出されている理由が理解できました」商人は頷いた。「しかし、気に入りました」

「本当ですか」

「ええ、これはお互いに利益のある取引になるでしょう。貴族派であるあなたがたは、土地を処分して肩身が狭い上に危険な帝都から引き払い、所領に戻ることができる。そしてわたしはその優れた立地の屋敷を割安で入手できる。……自由都市は共和派と取引があり、庇護があります。隣の連中もおいそれと手は出せないはずだ」

「それはおおいに結構! ──して、この屋敷をどうするおつもりで?」

「どう、とは?」商人は、この問いに面食らい、怪訝そうにした。「用途が取引条件にあるとは聞いていませんが」

「いえいえ、条件というものではなく、良識の話で……たとえば、まさかこの屋敷を置屋にでもするつもりじゃあありますまいな。それではあまりにも我々の名声に関わります。程度を追われた上に女衒に屋敷を明け渡したとなれば──」

 商人は押し黙りじっと家宰の顔をみたが、やがて破顔した。

「──とんでもない! この屋敷は、工場用地にするつもりですよ。お屋敷は事務所として使いますが、庭に工場を建てるんです。近代的で、進歩的な投資です」

「なるほど、それならばよかった」

 家宰は満足げに頷いた。

 結果、この取引は成約となった。


 俺が商売女の息子だと言ったらあいつはどんな顔をしたんだろうな、と商人は思った。  

 なにが名声だ! 世の中に貴賤というものがあるとすれば、賤しいのは、何も生み出さないくせに人様から物を奪うお前ら貴族のほうじゃないか!

 奪い尽くしてやる、と彼は思った。買い叩いてやる。貶めてやる。所領に逃げようと無駄だ。共和派の革命はいずれこの帝国すべてを、大陸すべてを覆い尽くす。逃げ場を失ったお前らを、最後には──

「──よう、兄ちゃん」

 声をかけてきたのは、隣の屋敷の塀から上体を乗り出した男だった。いかにもガラが悪く、暇を持て余しているから通行人をいじめてやろう、というふうだった。

「いいおべべ着てるじゃねえか。俺たちはな、おめえみたいなやつが嫌いなんだ」

「そうか」商人はひとつ頷いた。抑揚のない声で続ける。「おれは、お前みたいなやつはきらいじゃないぜ」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お隣さんは自由無責任党 プロ♡パラ @pro_para

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説