叔母からの手紙

宵埜白猫

叔母からの手紙

 叔母は東京でマンションを管理しているすごい人だ。

 彼女の存在は、片田舎で暮らす私の誇りでもあった。

 新幹線の上等なクッションに背中を預けて、叔母からの手紙にもう一度目を通す。


「よかったら来週内見に来ない?」


 関東の方では、住宅の内覧のことを内見と言うらしい。

 それを知った時には飛び跳ねて喜んだ。

 そして、すぐに荷物をまとめて東京行きの新幹線に飛び乗ったのだ。

 本当は先に叔母に一方入れておきたいところだったけど、彼女は少し変わり者で携帯はおろか固定電話も持っていない。

 それでどうやってマンションを管理しているのかと思うけど、いまだに絶滅危惧種の公衆電話を愛用している。

 そういえば叔母と最後に会ったのっていつだっけ……。

 そんな疑問も、新幹線の心地よい揺れに掻き消されていった。


「危うく寝過ごすとこだった……」


 車掌さんに叩き起こされて新幹線から降りると、そこは憧れの大都会。

 一つのホームにワンマン電車が交互に行き交うド田舎から、見たこともない数の電車と人。

 駅を歩いているだけでも満足してしまいそうなほど、広々と発展した空間だった。

 同じ国とは思えない。


「えっと、ここから山手線に乗って……まず新幹線のホームから出るんだっけ?」


 ふらふらと徘徊していると、SNSでしか見たことないようなお洒落スイーツのお店が眼の前に現れた。


「お土産ついでに何か一つ……」


 と財布に手を伸ばして、止めた。

 サンプルの前に立てられた値札が目に入ったからだ。

 奥歯をぐっと噛み締めて、これから私はここに住むんだからと揺れる心を納得させる。

 駅の案内板を頼りに、なんとか目当ての電車に乗って伯母のマンションの最寄り駅に辿り着いた。

 マンションはここからそう遠くない。

 親切なことに、手紙には地図も同封されていた。

 歩いて5分くらいらしい。


「ここ?」


 東京のマンション、というからもっと派手なところを想像していたけど、眼の前にあるのは灰一色のコンクリート造り、4階建てだ。

 見たところオートロックもない。

 地図と照らし合わせても、やっぱりここに真っ赤なマーカーが引いてある。

 さっきまでの高揚感は徐々に萎んでいき、それと反比例するように不安は膨らんでいった。


「叔母さん?」


 恐る恐るエントランスに入るが、人の気配は無い。

 玄関すぐ横の管理人室を覗き込む。

 そこにもやはり誰も居ない。

 その代わり、私に宛てた置き手紙が置いてあった。


「少し留守にします。よかったら先に上がっていて下さい。427号室です。鍵は開けてあります。」


 427、と言うことは4階だろうか。

 叔母が居ないのは心細いけど、今はすぐに中を見てできるだけ早く帰りたかった。

 あれほど楽しみにしていた理由も、よく思い出せない。

 そもそも、私はあの田舎の暮らしに不満なんて持っていない。

 階段を登る。

 2階は暗かった。

 叔母から手紙が届いた時だ。

 あの時から急に、都会への憧れが生まれた。

 階段を登る。

 3階は重たい空気だった。

 というか、叔母って誰?

 私に叔母さんなんていた?

 階段を登る。

 その足が止まった。

 4階は目前だ。

 頭上では廊下の明かりが煌々と輝いている。

 ……おかしい。

 振り返る。

 先程までと同じ、暗闇が広がっている。

 私はその暗闇に向かって、駆け出した。



「今日未明、東京都〇〇区にある現在は使われていないマンションの一室で、女性の遺体が発見されました。足元には遺書のような物が残されており、――」


 テレビから聞こえるその音を、私はこの静かな田舎町で聞いている。

 あの時、あと一歩踏み出していたらどうなっていたのだろうか。

 そもそも、なぜ私なのか。

 疑問は絶えないけど、今はそれどころじゃない。

 母の叔母さんが無くなったとかで、葬儀の準備で忙しいからだ。

 

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叔母からの手紙 宵埜白猫 @shironeko98

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