第3話

 立ち止まった橋の下には、透き通るような水が流れる浅瀬の川が広がっていた。


 『このまま死んでしまおうか』


 そんなことが頭を過ぎった。


 でも、私にはやりたいことがあった。


 続編が決まっているアニメを観ていない!


 アニメ化が決まった作品だって観ていない!


 好きなアニメの聖地巡礼もしていない!


 それに、迷惑かけまくった両親に何も恩返しが出来ていない!


 何より......



「数年後には私のことなんて忘れる奴らのために命を絶つなんて悔しい!」



『何度も言ってるよね!』

『どうしてメモしないの!?』

『メモするよりもすることあるでしょ!?』

『あんた、都合の良いことばかり覚えてるよね?』

『殺すぞ』

『いつになったら、ちゃんと仕事を覚えるの!?』

『あんたの同期はこんなに頑張ってるのに、あんたはまだ新人のままなんだね』

『ねぇ、あんたに何を期待すればいいの?』



 今まで言われてきた先輩達や上司から罵倒が走馬灯のように蘇り、悔しさで手を握り締めた時、不意に手に持っていたスマホに目を落とす。


 勉強がてら勤めている店で買い換えた真新しいスマホ。


 買い換えた頃は、新しいスマホが嬉しくて、早く慣れようと一生懸命使い方を覚えた。


 でもいつからが、そこから聞こえる通知音が怖くなり、文字を見るのも嫌になった。


 すると、あることを思いついた。



「そうだ、スマホを捨ててしまえばいい」



 こんな下らないことで死ぬのは嫌だ。


 でも、あの人達と少しの間だけ距離を置きたい。


 それなら、数日の間だけ連絡手段を絶ってしまえばいい。


 それに、実家に帰れば前のスマホがあるから、それに機種変更すればいい。


『前のスマホを川で落として行方不明になりました』とか言えば、実家近くの携帯ショップで機種変更出来るし、数日連絡が取れなかった言い訳にもなる。


 その上、前のスマホに機種変更するから、機種代金が上乗せされることはない。


 今のスマホの残りの機種代金はお金が纏まった時に一括で返せばいいか。


 我ながら狂っていると思う。


 でも、あの場所から逃げる手段がこれしか無い。



「スマホを捨てたら、荷物を纏めて実家に帰って事情を話そう。そして、会社から連絡が来たらちゃんと話そう」



 スマホケースを外した私は、最後にオールリセットをかけた。


 万が一悪用されても困るし、何よりあの人達に見つかったら洒落にならない。



「って、自分のことで頭がいっぱいな人達がそんなことするわけないか」



 だって、あの人達は優秀だから。


 戦力外通告を受けた時に見た冷たい視線がそれを物語っていた。


 それを思い出して苦笑すると、再びスマホに目を落とす。


 今から行う狂気じみたことに躊躇いも未練も後悔もない。


 ただ、この真新しいスマホに対しては申し訳ないとは思う。



「ごめんね」



 澄み渡る夏空の下、私は眼下にある川に向かってスマホを投げ捨てた。




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