第2話

 入社して4ヶ月後、出勤して先輩達が前日の後処理をしている間に、私はいつものように1人で開店準備。


 この頃の私は、毎日のように先輩方や上司に怒られているお陰で、最初の頃のやる気はすっかり無くなり、お客様がいるにも関わらず泣くことが多くなった。


 本当は泣きたくなかった。


 だって、泣いたら負けたようで悔しいから。


 でも、怒られるだけで勝手に涙が出てしまう。


 それでも、先輩達や上司は励ましてくれない。


 むしろ、『大人なんだから泣くな!』と更に怒らせる。


 仕方ない。だって、ノルマを達成出来ない自分が悪いのだから。


 優秀な人達がいる店に働かせていただいているだけでもありがたく思わないと。


 そう自分に言い聞かせ、何が悪かったのか反省し、次に活かそう考えるけど、上司から『突っ立ってないで接客して!』とインカム越しに怒られ、慌ててカウンターに入り、ポカをして先輩達や上司に怒られる。


 この頃は、メモしただけでも怒られていた。


 結果、私は何を反省して、何を次に活かせばいいか分からないまま仕事が終わる。


 そして、仕事が終わって家に帰り、最低限のことを済ませると、大学ノートを取り出してその日1日の反省をする。


 これは、上司から『あんたは自分に都合の良いことしか覚えないから、少しはノートに書いて反省しなさい』と言われて始めたこと。


 でも、中々筆は進まない。


 だって、ポカすることがあまりにも多すぎたから。


 仕方ない、今日は眠よう。明日も仕事だから。


 そうしてベッドに入るが中々寝付けない。


 そんな日々が私の日常になっていた。


 最初の頃は自炊していたけど、この頃にはコンビニ飯で済ませることが多くなった。

 休みの日は趣味の時間を無くし、最低限部屋の掃除をして、それ以外は全て接客のための勉強をする。


 でも、全く活かされない。


 接客しても怒られる。


 事務仕事しても怒られる。


 休みの日でもグループLINEに気づかなければ怒られる。


 最初の頃に抱いていた思い上がった考えはもう無い。


 そして、接客に対する楽しさも無くなった。


 誰かと話す度に涙が出そうになる。


 正直、辞めてしまいたかった。


 でも、認めてもらえると信じて頑張るしかない。



『一体、私は何のために仕事をしているのだろう?』



 そんなありきたりな疑問が、いつの間にか胸の奥を支配していた。


 でも、ここで頑張れば、いつか先輩達に認められる!


 そう思っていた頑張っていたのだが、それが叶わない瞬間が訪れた。





「もう帰っていいよ。お疲れ様でした」



 開店して早々、上司から言われた言葉。


 その時も私はポカをしてしまった。それも、今まで何度も注意されたもの。


 待って、私はまだやれます!


 見捨てないで! 頑張りますから!



「ちょっと待ってくだ......」

「いいから帰って。お疲れ様」

「っ!」



 困惑するお客様がいる前で言われた戦力外通告。


 そして、他のカウンターで接客をしていた先輩達から向けられた冷たい視線。


 その時、ようやく私は気づいた。


 この場所には私の居場所が無いことを。


 ポンコツでお荷物な私には、この店にいる資格が無いことを。


 そして、優秀な上司や先輩達はとっくの昔に私を見限っていたことを。



「......かしこ、まりました」



 上司からの戦力外通告に、静かに涙を流した私は、インカムを外すと言われた通りに店を出た。


 その瞬間、私の中で大切にしていた何かが壊れ、何だかどうでもよくなった。


 上司や先輩達の顔を伺って接客することも。


 上司や先輩達に認められようと努力したことも。


 全部、全部無駄だった。


 真っ直ぐ家に帰るのも嫌になり、ただあてもなくふらふらと歩いていると、ふと橋の真ん中で立ち止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る