第2話 嘘、優しい嘘

 

 リビングに入っていくと茉琳は周囲に笑顔を振り撒いている。幸せのオーラが半端ない。


「茉琳、行こか」

「うん」


 まさに満面の笑みで応えて、茉琳は翔についていく。まだ、仕事が残っている販売スタッフの憧憬と怨嗟に押されるように、新築賃貸住宅を2人は出て行った。

 しかし玄関を出ていくらも立たないうちに茉琳の様子がおかしくなっていく。落ち込んで思い悩んでいる感じがしている。

 あれだけ幸せいっぱいだったのに密かにおかしいと翔は考えている。それでも何食わぬ顔でも横に並んで歩いていたりする。


 翔が帰りのタクシーを頼んだところ、貸走り依頼が殺到しているようで配車に小一時間はかかるとのことで、仕方なく公共機関を使うことにした。そのバス停まで、2人は並んで歩いている。


 徐に、


「ねえ、翔。みた?」


 茉琳が翔に聞いてきた。彼女はバケットハットを深く被り、表情が伺えない。


「ん? なに」

「ウチがベッドから落ちた時にスカートが捲れて」


 翔は、然も今思い出したというように、


「ああ、あれね。真っ白な御御足でしたよ。日焼けもしてなかったなあ」


 茉琳の肩が微かに振れた。体もこわばっていく。半目になり、隣にいる翔をじっと観察していた。


「でも残念でな、俺の場所からだと、ベッドが邪魔して膝から下がほとんど見れなかったんだよなあ」

「翔のエッチ」

「それはないでしょ。叫び声が上がったとおもったら、ベッドから生足が2本ニョキだよ。シュールったらありゃしない」


「でも、残念なり」

「んっ、なにが?」


 茉琳はいきなりスカートを摘んで上に上げていく。


「付け根のとこまで見えていれば、見つけられたなりな」

「えっなにを?」

 

 

 彼女をさらに膝が見えるほど引き上げた。


「タトゥー」

「えっ」

「ハートとローマ字でkakeruって描いてあるの」

「本当に?」


 茉琳は翔の問いに質問を返した。


「翔は刺青をしている子ってどう? 嫌い?」

「嫌いっていうより、驚くかなあ。今まで身近にいなかったからね」

「で、どうなの?」


 茉琳は探る様な目で翔を見ている。


「俺って自分は古いって自覚はある。だから、どっちかっていうと嫌かな。茉琳は俺に会った時は鼻にもピアスしてたでしょ」

「してたよ」


 少し前、事件に巻き込まれて茉琳が最寄りの病院に担ぎ込まれた。

そこで翔に出会い、声をかけた経緯がある。

 その時の茉琳は鼻だけでなく、舌や耳にまでボディピアスをしていた。当時付き合っていた男へ愛を伝えるためにしていた。


「でも、今は外している。なんか、その方が素の茉琳が見れていいなあって思ってた」


 ピアスを外したとしても跡が残ってしまう。消えるのには時間がかかるものだ。


「傷は残っているみたいだけど、可愛いって思ってるよ」

「本当なの?」

「ああ」


 茉琳は、摘んでいたスカートを手放して元に戻した。


「嬉しいな。翔がそういうふうに見ていてくれてたなんて」


  そして、


マリンの声が震える。目に涙も滲んできた。


「ごめん、ごめんなさい」


 泣き出した茉琳を見て翔は狼狽した。


「どうしたの。なにに誤っているの?」

「ごめんなさい。“kakeru“なんて、肌に刻んでないの。嘘なの。試す様なこと言ってごめんなさい」

「え、嘘。そうなんだ、良かったよ。あれって掘るのに凄く痛いって聞いてた。そんなのしなくて良いからね」

「うん、うん」


 茉琳は翔の手を取り、ぎゅっと握る。其の儘、顔のところまで引き上げると頬摺までしだした。


「ちょっと、茉琳どうしちゃったの」

「お願いしていい? しばらくでいいからこのまま」


 翔は苦笑しつつもバスが到着して2人が乗り込むまで続けるさせた。


 さらに彼女は、バスに乗り込んでからも翔と手を繋いでいた。




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