マリとマリン 2in1 アルバイト
@tumarun
第1話 すってんころりん
石膏ボードに真新しい壁紙が貼られている。接着剤であろう独特の香りが、ここが新築の家であることを示している。
「お前は、ここの部屋の掃除を頼むな」
「はい、親方」
「親方なんて呼ぶな馬鹿野郎。所長と呼べ。所長っと」
恰幅が良くて顔の線も厳つい。眉も濃いし太い。意志の強さが表れている目を見れば、どう見ても親方と呼ばずにはいられない。
「わかりました。親方!」
「〇〇う! 仕事しろう」
「了解であります」
日向翔は返事をして与えられた仕事を始める。彼は完成間近の新築の家に来ている。この新築住宅の内見会を控えてのクリーニングとして来ているんだ。
翔はアルバイトととして雇われている。連れの茉琳から紹介されたんだ。真新しい制服に着替えて専用のクリーニングペーパーを使ってフローリングの床のゴミを拭きとり、床を磨いていく。
新築であるためか、壁とかは綺麗なのだが、内装工事に伴う壁紙の切れ端とか埃が、どうしても出てしまう。それらを綺麗にしていく仕事なのである。
コーションの貼られた二重ガラス越しに、外で仮説テントが建てられ、宣伝用の登りの設置されているのが見て取れる。テントのカタログやアンケート用紙と準備がなきれ、この賃貸住宅を販売するスタッフが忙しなくうごいている。
「俺もお仕事、お仕事」
翔はひとりごちて床掃除を進めていく。
ふた部屋の床掃除も終わり三部屋目も後少しというところで翔は親方に呼ばれる。
「おーい、日向って言ったっけ。お前にお客さんだぞ」
2階にいた翔は階下に降りて、
「なんでしょう?」
一階のリビングへ入っていくとそこには、1人の女性が立っている。
白いオーガンジーのタートルネックロンT、グレーのソリッドプリーツロングスカートの組み合わせで、どごぞのお嬢様みたいだ。
「へへっ、来ちゃった」
「茉琳か?」
「誰に見えるなり?」
ページュのパケットハットを被っているせいで、普段、目印となっているプリン、染めが抜けて黒髪が露出している部分がなまじ隠れているせいで見違えてしまう。
ただ、ハットに引っ掛けている白いフレームの丸縁サングラスが、がっかり度を高めて彼女を茉琳たらしめていいる。
「よく、俺がここにいいるって、わかったね」
「ふふん、このバイトを紹介したのは、ウチなり。すぐわかったなしね」
ドヤ顔で話して来た。自慢したいのか、少しのけぞり気味になっていたりする。確かに、このアルバイトは、茉琳の親の伝手で紹介してもらった経緯がある。
そのうちに茉琳の仰け反りすぎて、
「あうっちゃ」
バランスを崩してしゃがみ込んでしまう。
「ふう、危なかったなり。それでね、翔がしっかり仕事ができているのか見に来たなりよ」
そこで、翔は、
「して、そのこころは?」
「休みに1人はつまらないなり。一緒に居たいの。構って欲しいなしよ」
言ってから、茉琳はしまったと片手で頬の染まった顔を隠してしまう。
「ははははは」
すると、その場にいた親方が、
「なかなか良いものを見せて貰ったよ。良しわかった」
そして徐に手を振りげると、翔の背中を叩いて、茉琳のそばまで、翔を飛ばしてしまう。
「日向、可愛い彼女に免じて、この真新しい家を案内してやれ」
「可愛い彼女⁈」
「親方ぁ」「所長と呼べって」
翔は、なまじ慌てる。
「見ても良いなりか?」
「ああ、俺が許してやる」
「大丈夫なんですか?」
茉琳の笑顔が炸裂して、親方の相貌が緩んでいく。翔は心配そうに親方に詰め寄っていくのだが、親方は翔に対してかがみ込んでしたり顔で呟いてきた。
「大好きな彼女なんだろ、ちゃんと案内してやれ。別にものを壊すとかしなけりゃ、どうとでもできるからな」
「親方、どうなっても知りませんからね」
「えっ、そうなの」
2人してニコニコとキッチンへ向かう茉琳の方を覗き見てしまう。パタパタとスリッパの音をたてて茉琳はキッチンに入っていく。
この住宅の一階部分はオープンキッチンレイアウトになっていてダイニングとリビングがキッチンから見通せるようになっている。
手前にあるのは広々としたペニンシェラキッチンで、壁にレンジフードがコンロの上に取りつけられ、吊りキャビネットのないレイアウとで天井からシンクを照らすペンダントライトが二つほど降りている。このタイプの収容能力不足を補うため背面カウンタ付きキャビネットや壁にはパントリーも設けられている。
茉琳はカウンターの前に佇み、顎に手を当てて腕を組み思案する。徐に水栓金具のレバーを上げ下げしたりノズルの向きを変えたりしている。そして体をコンロ側へスライドしてエア包丁で何か刻む仕草をした。
さらには、そこから両手で鍋を持ちコンロへ乗せる格好をした。そのまま頭上のレンジフードのコントロールるパネルの操作もしている。
ニコニコと唇を綻ばせ、嬉しそうんしているので、翔は思わず声をかけてしまった。
「茉琳、楽しそうだね。どう? 美味しいものができそうかな?」
「うん、カウンターの高さもちょうど良いよ。なんと言っても壁がないから翔ともお話ししながらお料理ができるのが嬉しいなり」
そう言って、恥ずかしくなったのか赤く染まった頬を、両手で覆い体をモジモジさせている。
「そう、よかったね」
そして、背面のキャビネットや冷蔵庫をを開けたり、足元の扉を開けて食器洗浄機もみている。反対の壁に設けたパントリーにも入り込んでいく。一通り堪能できたのか、ホクホク顔で出てくる。
「食器や食材が置けるって良いなり。こういうのあるって良いなしな」
「良かったじゃないか。将来の参考になったね」
「うん」
そんな茉琳の将来を馳せてのキラキラの笑顔に翔は、胸の音が高まった。茉琳は茉琳で、ハッとして顔を赤く染めてしまう。染まった顔を手で隠すのだけれど指の間から翔の姿をちらっとちらっとと覗き見している。耳まで赤く染まっていた。
「じゃあ、次に行くっちゃ」
恥ずかしさを隠すためか、言葉を口にしつつ、茉琳はリビングから出て廊下に出ると水回りを見学にいく。
トイレでは近づくとセンサーが反応して自動的に開く便器の蓋に感動し、
「やっぱし最近はこうなるなしね」
お風呂では、水の出ないシャワーヘッドを胸元に向けて、
「このシャワー、気持ち良さそうなり」
と想像して綻んでいる。
ウォッシュルームの洗面台では、ミラー越しに自分がフンフンと燥いでいるのを翔に見られていることに気づいて、
「翔のエッチ」
と、尚更、燥いでいく。
そして次は2階を見るということで2人で階段を登っていると、
「おい、日向。ちょっと良いかぁ」
と、翔は呼び止められる。
翔は親方に返事をすると、茉琳には、
「ちょっと言ってくるから、先に行ってて。でも寝室のベッドはさっき、他のスタッフがベッドメイキングをしていたから、悪戯して皺なんか作るなよ」
「ハァイ、わかったなり」
そして翔は階下へ降りていき、茉琳ひとり二階に上がり、早速、件の寝室に入った。
「うわぁ、窓が大きいなり。お日様もたくさん注いで明るいなり」
感動しつつベッドに近づく茉琳。
「このベッドはダブル、違う!これってキングサイズなりか! 広いなリィ」
両手を広げてひとり感動している。
しかし、その時、いきなり茉琳の反応が止まる。口を開けたまま顔の表情がなくなり強張っていく。目も焦点を結んでいない。発作が出てしまった。
彼女は以前、一酸化炭素中毒になり後遺症として意識を失うという後遺症を持っている。いつ、どこで発症するかもわからないのだ。それが出てしまった。
茉琳は頭が振れると、そのままベットに倒れ込んでいく。
ぽふん
前のめりに倒れたのだけれど、スプリング効いたクッションのせいでで仰向けに体の向きが変わる。
バケットハットが脱げてブリーチをして黄色く染められた髪の毛がベッドの上で扇のように広がっていく。
手足が力無く広がりキンクスサイズベッドの上に大の字になって寝てしまう。
そのうちに階下にいた翔が2階に
「茉琳。茉琳何処だぁ」
彼女を探しながら寝室に入って行った。
そこにはベッドに手足を力無く投げたし横たわる茉琳がいた。倒れたままで意識を取り戻していない。
翔はベットまで駆け寄ると意識を失った茉琳の肩を揺らす。
「茉琳、おい!、茉琳」
少し強く肩を揺すっても起きる気配のない彼女へ、翔は仕方なく頬を叩こうと手を振り上げる。すると微かに彼女の瞼が動く。翔は手を振り上げた格好のまま茉琳に近づいてしまった。
かは、
息を吹き返しパチリと瞼を開いた茉琳には翔が襲いくると勘違いしたのだろう。
「きゃあああ』
悲鳴をあげて跳ねおき、ベッドの反対側へ逃げた。茉琳はシーツの上を滑流ようにして彼から離れようした。
「カケルくん、なにを………、うきゃああああああ」
反対側へ避けてスリッパも履いていない靴下だけの足先を床につけた途端、
すってんころりん
擬音がしそうな程、見事に茉琳は転んでしまう。
足は上に投げ出すように壁に立てかかり、背中が床についている。当然スカートは捲れて足の付け根まで晒してしまった。
翔から見ると日に焼けていない、真っ白な素足がベッドから生えているように見えた。
叫び声が聞こえたのだろう、階下から親方が上がってきて寝室に入って来た。
すると茉琳は慌ててスカートを捲り上げるとともに体を起こして床にひら座りした。当然、顔は真っ赤に染まっている。
部屋を入るとともに、その状況を見た親方が、
「日向! なにやっているんだ」
翔が茉琳に不埒なことをしたと勘違いをして激昂する。
「お前なあ、ここは、そんなことする場所じゃねえぞ」あ
「お、俺はやってない」
「おま…」
翔に掴み掛かろうとする親方を、
「やめてぇ!」
茉琳が大声をあげて、止めさせた。
「違うなり。ウチが勝手に足滑らせただけなし、翔くんは関係ないなり」
「お嬢さん」
「茉琳」
茉琳は自分を落ち着かせようと胸元に手を置いて、
「本当なり、スリッパも履かずに動いたウチが悪いんよ。翔は悪くない」
「お嬢さん」
親方は動きを止めて、
「足をついたら、滑ったって言ったね」
「はい」
親方は翔を無視してベッドを回り込み茉琳へ近づいていく。彼女か怯えため目で彼を見ていると
「おわっ」
彼も足を滑らしてバランスを崩す。ベッドに手をついて転ぶことはなかった。
「こりゃ、ワックスが効きすぎてる。これじゃ危ない。やり直しだあ」
親方は呟く。そして茉琳の方を向くと
「お嬢さん。怪我はありませんか?」
親方の話は丁寧になり、口調も優しくなった。それに伴ってマリンの緊張も解れていく。
「大丈夫なり。痛いところもないなしよ」
「良かった。今回のことはこちらに非があります。いずれにしても謝罪さてください」
茉琳は恐縮して、
「別に良いなりよ。勝手にすってんころりんしたのウチだし」
「そういう訳にはいかないのですよ。なまじ、滑りすぎがわかって未然に事故が防げます。謝礼もしないと」
あまりなことに茉琳の方が困惑してしまう。
「だから、大丈夫ですって、謝罪もしゃれもいらないし」
それを聞いて親方も困っていたのだろが傍にいる翔を見て、
「そうだ。こいつをつけましょう。ここはこれからワックスの塗り替えの工事を始めないのいけない。お嬢さんには帰っていただかないといけないのですよ」
親方は翔の肩を持って茉琳に差し出す。
「おかえりにこいつをつけます。荷物持ちでも人垣避けでも、なんなら当たり屋でもさせれば良いから。どうです?」
「ちょっと酷くないです………」
あまりの物言いに翔は抗議をするのだが、
「それでいいです。ウチ、それがいいです。翔をくださいなり」
いきなり、笑顔になって茉琳が食いついて来た。
「ちょっとお、茉琳」
「いいな、日向、このお嬢さんのために死んでこい。いいな」
親方も物騒なことを言ってくる。そうしていると彼は、翔の顔に寄せて、
「彼女を誘ってデートでも行きなって言ってるんだよ。バイト料もイロつけてやる」
ヒソヒソと告げて来た。バイト料はその日払いの現金だったりする。
翔には、資金をくれるならと、渋々了承するしかなかった。
「直に業者が入ってくる。日向、お前は早く着替えてこい。お嬢さんは下のリビングで待っていてくださいな。日向!待たせるんじゃねぞ」
指示とお願いと罵声を見事に分け切って話ができる親方に感心してしまうが、何処かぬに落ちない翔は、流されるように控え室で私服に着替えてリビングにいる茉琳を迎えに行った。
途中にもらった紙袋には本日の支払い明細と増額されたバイト料が入っている。もう、なるようにしかならんと翔は達観した。
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