結論

 クリスマスイブ。

 俺のスマホには、三件の新着メッセージが届いていた。


 ギャルゲーの主人公みたいだな、と調子のいいことを呟く俺。そうくらいの余裕を持てる程度には、俺はブレない結論を出していた。


 さてと、行くか……。



 ★



 日が暮れかかった頃。

 繁華街は電飾のカーテンが敷かれ、綺麗にライトアップされていた。


 カップルが比率がぐんと上がり、甘ったるい空気が充満している。


 中央にあるクリスマスツリーは待ち合わせ場所に人気なようで、人でごった返していた。そして俺もその人混みに加わっていた。


 待ち合わせをしている子がココにいるからだ。


 ようやっと彼女を見つけると、彼女も俺に気付いたみたいでとてとてと近づいてきた。


「あ、来てくれたんですね。ナツ先輩っ!」


 紬ちゃんはニコッと華やかな笑みを咲かせ、安心したように息を吐いた。


「もしかしたら来てくれないんじゃないかって思ってました。でも、ナツ先輩のこと信じてよかったです」


 トンと胸を叩き、紬ちゃんは自信満々に続ける。


「今日のプランはウチに任せてください。ナツ先輩に目一杯楽しんでもらえるよう色々考え──」


「ごめん紬ちゃん。デートするために来たんじゃないんだ。改めて言いたいことがある」


 俺は紬ちゃんの声を遮り、控えめに切り出した。


 パチパチと瞼を瞬かせる紬ちゃん。俺の背後から不意に現れた人物を見て、頬を斜めに歪めていた。


「な、なんでお姉ちゃんがいるんですか……」


「俺が連れてきてからだよ」


「意味わかんないんですけど……」


「俺は紬ちゃんとの交際を続けることはできない」


 たくさん考えた。頭痛を覚えるくらい考えたと思う。

 その上でやはり、紬ちゃんの彼氏として俺は適していないと思った。


 キッパリと断ち切らないといけない。でも一方的に押し付けるだけでは上手くいかないことを知っている。紬ちゃんに納得をしてもらいたいから、ココに来たのだ。


「気持ちは変わらないってことですか。もうウチにチャンスはないんですか」


「ごめん。でも紬ちゃんは俺のこと美化しすぎてると思う。そこまで俺にこだわる必要はないよ」


「結局、ナツ先輩が選ぶのはいつもお姉ちゃんなんですね。ずるい。ほんと、ずるい」


 キッと鋭く尖らせた目で美鶴を睨みつける。


 美鶴は少し困った表情を浮かべると、俺に耳打ちしてくる。


「ねえ、早く私を連れてきた理由言ってよ」


 ああ、と小さく首を振る俺。

 美鶴には特に何も言わないまま、ここまで付いてきてもらった。


 俺は、幼馴染二人の目をしっかりと見て、一度深呼吸した。


「俺、美鶴と紬ちゃんがギスギスしてるの嫌だ」


「「え?」」


 姉妹の仲が険悪になっているのは如実に伝わっていた。そしてその原因が俺にあることもそれとなく気づいていた。


「別に無理に仲良くしてほしいってわけじゃないんだけど、なんつーのかな……昔みたいに三人で気軽に遊べるような関係に戻りたい。ダメ、かな」


 色々あったけれど、一回全部フラットに戻したい。

 恋愛とかややこしいものは抜きして、幼馴染として関係を続けたい。


 俺の問いかけを受けて、美鶴と紬ちゃんは目を合わせる。


 紬ちゃんは一度視線を落とすと、ポツポツと消えそうな声で。


「ウチはナツ先輩が好きです。男の人として、好きなんです。この気持ちを持ったまま幼馴染として付き合ってくなんて酷じゃないですか」


「ごめん、なっくん。これは私も紬に同感。恋愛感情持ったまま幼馴染を続けるのって結構キツいと思う」


「そっか……」


 俺は普段より低い声音で呟くと、視線をそっと落とした。


「でも俺だって恋愛感情が消えたわけじゃないよ。紬ちゃんのことは今も好きだよ。女の子として」


「ナツ先輩……」


「それに、美鶴のことも好きだよ。鈍感だから自分の気持ちに気づかなかったけど、中一くらいから多分、好きだったと思う。色々あって一時期は気持ちは冷え込んでたけど」


「ふぇ……な、なっくん⁉︎」


 美鶴はぱっちりと目を見開いて当惑をあらわにする。


 紬ちゃんは頬を赤らめながら、ツンと不満気に唇を尖らせた。


「ナツ先輩、このタイミングでその発言は節操なさすぎませんか。ウチとお姉ちゃんを同時に攻略したいんですか?」


「いやそんなんじゃない。ただ。正直に胸の内は明かさないといけないと思っただけ」


 このまま隠し通すことは簡単だけれど、素直に打ち明けた。

 それは俺は恋愛感情があるのを自覚した上で、恋愛とは関係ない形で彼女たちと付き合っていきたいという意思表示。


「ウチ、多分ずっとナツ先輩のこと好きですよ。それでもいいんですか? 幼馴染としてやっていけるんですか?」


「わかんない。けど、俺は幼馴染としてやっていきたい」


「なんですかそれ。ただの感情論じゃないですか」


「でもそうとしか言えないし」


「もう、仕方ないな……。わかりましたよ、ナツ先輩の提案受けてあげます」


「ほんと?」


「はい。まぁ、好きな人の意思は汲んであげたいですし……。あ、ウチと幼馴染でいるのが辛くなって、やっぱり付き合いたいなって思っても知りませんからね」


 うん、と頷いてみせる俺。

 紬ちゃんは困ったように笑みを見せる。安心したように息を漏らした。


「美鶴は、どうかな」


 風呂上がりみたいに頬を紅潮させている美鶴。

 ビクッと肩を上下させると、キョロキョロと視線を泳がせた。


「お姉ちゃんだけ言わないのは卑怯だよ」


「わ、わかってる。……あ、あのね、なっくんっ!」


 紬ちゃんに何かを促され、美鶴は居住まいを正す。


「私、本当は誰かと付き合ったことない……から」


「は? どういうこと?」


「なっくんって、恋愛に興味ないのかなーって思って……最初はちょっとけしかけるくらいのつもりで意地悪言ったの。でも、それが上手くいかなくて、次第にヒートアップしちゃって、他校の男の子と付き合ったとか嘘吐いたり、恋愛しないなっくんのことを馬鹿にするようになって止まらなくなっちゃった……」


 懺悔するような美鶴の告白に、俺は戸惑いを隠せない。


「で、ね……何が言いたいかって言うと、えっと、私もなっくんが好き」


 畳み掛けるように彼女の口から発せられた言葉に俺の頭は真っ白になる。

 美鶴が俺のこと好き? いやそんなこと……でも、だとしたら色々なことに整合性が取れるのも事実だった。


「ごめん。本当はずっと隠そうと思ってた。隠したまま、なっくんの幼馴染でいようとしてた。ごめんなさい。……それにたくさん、なっくんを傷つけてごめんなさい」


 ポツポツと涙を落としながら、美鶴が心から謝罪してくる。


 俺はハンカチを取り出すと、美鶴の涙を拭ってあげた。


「大丈夫。もう俺は平気だから。な?」


「なっくん……!」


 美鶴が俺の胸に飛び込んでくる。

 紬ちゃんはアッと目を見開くと、美鶴の服を強めに引っ張り出した。


「ちょ、何してるのお姉ちゃん! ナツ先輩に抱きつくなんてズルい!」


「ごめん。ごめんね、なっくん。こんな私だけど、なっくんの幼馴染でいい?」


 涙ながらに訴えてくる美鶴。

 俺は美鶴の頭をそっと撫で、頷いてみせた。


「ああ。俺の幼馴染でいてほしい」


 頬を綻ばせ、美鶴はえへへと破顔する。

 紬ちゃんが強引に俺から美鶴を引っぺがすと、頬にぷっくらと空気を溜めた。


「幼馴染、なんですよね! ベタベタするのはおかしくないですか⁉︎」


「いやこれは不可抗力っていうか」


「ふーん。不可抗力ならいいんですね?」


「う、揚げ足取らないでよ……」


 美鶴はどこか晴れ晴れとした表情をみせると、パンと手をついた。


「よし、せっかくだし今から遊びに行こっか」


「でも今日はどこかしこも混んでないか?」


「あー、ウチ、カラオケなら予約とってますけど」


「なら決まり。行こっ」


 美鶴は、俺と紬ちゃんの手を掴んで歩を進める。

 三人でどこかに向かうのは、本当に久しぶりのことだった。

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