三つの選択肢
人には3回モテ期が訪れると聞いたことがある。それが事実なら、うち1回は間違いなく今、消費していることになるだろう。
俺は戸惑い気味に、疑問に思っていたことを訊ねてみることにした。
「えっと……俺のどこが好き、なの……?」
久美子ちゃんは渋谷に耳打ちをする。
兄というスピーカーを使って、答えてくれた。
「ビビビッてきたんだって」
「ビビビ……」
ピンとこないけれど、何か俺に感じるところがあったらしい。
ともあれ俺は今、フリーなのか、恋人がいるのかどっちに与するんだろうな。
仮に紬ちゃんとの交際関係は途切れたとするなら、久美子ちゃんの気持ちに応えても問題はない。しかしこれはもっと手前の問題のはずだ。
紬ちゃんの好意に気づいた時、俺は戸惑いはしたけど素直に嬉しかった。
けれど、久美子ちゃんの場合は逆だ。嬉しい反面、戸惑いが勝っている。
俺は彼女のことをほとんど知らないし、好きとか嫌いとか、付き合いたいとか付き合いたくないとか、そういった感情が湧き出ていない。ゆえに俺が考えた末に出る結論は一つしかなかった。
「ごめん。気持ちは嬉しいけど、付き合うことはできない」
久美子ちゃんは悲しげに目を落とすと、再び渋谷に耳打ちした。
「協力者からでもいいって言ってる。友達からどうですかってことじゃないかな」
「友達になるのはいいけど、恋愛に発展するのは無理だと思う……それでもいい?」
久美子ちゃんはメモ帳を取り出しなにか書き連ねると、紙切れを手渡してきた。
「……ん」
「もらっていいの?」
久美子ちゃんはコクコクと首を縦に振ってくる。
手渡された紙には連絡先と思われるIDが書かれていた。
「もし……クリスマス、空いてたら……連絡……ください」
か細い声で、けれど真剣に俺の目を見つめてくる。不覚にもドキッとさせられる俺。
久美子ちゃんは気恥ずかしそうに目を逸らすと、そそくさと立ち去っていった。
渋谷はそんな妹を複雑そうな表情で見送ると、呆れたように肩をすくめた。
「久美子が飾らずに他人と喋ってる久しぶりに聞いたよ。かなりの忖度になるけれど、妹と付き合ってみたらどうかな。案外、夏樹くんの悩みが解決するかもしれないよ」
「そんな自分勝手なことできない」
「じゃあ、あの二人のどっちかと付き合うの?」
「…………」
渋谷は視線をチラッと斜向かいに向けた。
物陰に隠れているつもりかもしれないが、美鶴と紬ちゃんがいるのは少し前から気づいている。結構騒がしかったからな……。
「俺が付き合ってるのは紬ちゃんだよ。美鶴は関係ない」
「ふーん……まぁ僕としてはその方が嬉しいけど」
渋谷は退屈そうに鼻を鳴らすと、ピンと人差し指を立てて続けた。
「取り敢えず二人のところに行ってきたら? 何か思うところがあるから、ああして夏樹くんの様子を伺ってるんだろうし、なにより当事者同士で話さないと何も進まないからね」
「確かに、そうだな。さんきゅ」
俺は軽く深呼吸をしてから、物陰に隠れている二人の元に向かった。
姉妹でワーワーと言い合いに夢中になっているからか、俺が近づいていることに気づいていない。俺はぶっきら棒に声をかける。
「なにしてんの」
「な、なっくん……」
バレていないと思っていたのか、慌てふためく美鶴。
紬ちゃんは美鶴の背中に隠れて、素知らぬ顔を浮かべている。
「まぁ、ちょうどよかった。紬ちゃんに謝りたかったんだ。この間は、感情的になってごめん」
「……っ。べ、別にウチは怒ってないですけど」
紬ちゃんは微かに頬を赤らめる。
彼女の瞳に明るさが戻った刹那、俺は畳み掛けるように続けた。
「でもあれが俺の本心であることには違いないから」
「え」
「紬ちゃんの求めてた彼氏になれなくてごめん。俺じゃ紬ちゃんの希望に添えない」
「ま、待ってください。それって……わ、別れるってことですか⁉︎」
紬ちゃんが俺の制服にしがみついてくる。
「色々考えたけど、それがいいと思う。紬ちゃんもそう思うでしょ」
「ウチ、そんなこと思ってないです。この前は感情的になっただけで、ナツ先輩と別れたくない。あ、えと、そうだ。今後は発言に気をつけます。ナツ先輩がお姉ちゃんとか他の女の子と話してたり、メッセでやり取りしてたり、遊びに行っても文句も言ったりしません。だから別れるのは待ってほしいです……!」
「それじゃダメだよ。我慢するのが俺から紬ちゃんに変わるだけ。また同じ轍を踏むことになる。元々、俺と紬ちゃんは合ってなかったんだと思う」
「ヤダ。……そんなこと言わないでください、ナツ先輩……」
紬ちゃんはポロポロと涙を落としながら、必死に訴えかけてくる。
「さっきのあの厨二病の子に乗り換えるからウチと別れたいんですか。ウチのことは邪魔になったんですか」
「どうしてそんな話になるの?」
「ウチ、変わります。心を入れ替えますからっ。だから捨てないでください。ウチ、ナツ先輩と別れたくないです!」
「そんなこと言われたって……」
紬ちゃんが食い下がってくる。
と、傍観者に徹していた美鶴が、俺と紬ちゃんの間に割って入ってきた。
「やめなよ紬。なっくんの言う通りだよ。無理に交際続けたって仕方ない」
「お姉ちゃんは黙ってて! お姉ちゃんはただウチとナツ先輩が別れて欲しいだけじゃん!」
「そんなことない。なっくんが紬と交際を続けたいと思ってたなら応援してた」
「綺麗事言わないでよ! ウチは別れたくないの!」
胸がキュッと締め付けられる。
でもここで絆されたらまた同じ道を辿ることになるだろう。
「紬。すぐ感情的にならないで。なっくんのことが好きなら受け止めななよ」
「ヤダ。ヤダヤダヤダ! だったら最後にチャンス、くださいっ」
紬ちゃんはそう切り出すと、俺の右手を包むように握ってくる。
「クリスマス、ウチとデートしてください。ナツ先輩の気持ち変えて見せます!」
「いや、でも……」
「来てくれないならその時は別れることを受け入れます。でも、ナツ先輩が来てくれるのウチはずっと待ってますから」
「ちょっと紬ちゃん!」
紬ちゃんは一方的に約束を取り付けると、足早に立ち去っていった。
美鶴が少し苛立った表情で「はあ」と息をこぼした。
「姑息だよね、紬は。ああいう言い方したらなっくんが絶対に来てくれるって思ってる」
「…………」
「でも気にしなくていいからね。下手に温情を与えるのは紬のためにならないから。ズルズルと関係続けるのはなっくんの意にそぐわないでしょ?」
「ああ、そうだな」
一瞬心が揺らいだが、美鶴の言う通りだ。
これで紬ちゃんの誘いに乗ったら、ズルズルと関係が続いてしまう。
「にしても、なっくんモテ期でもきてるの? あの厨二病の子にも言い寄られてたでしょ?」
「ああ。断ったんだけど、クリスマス予定空いてたら連絡くれって言われた」
「ふーん、すごいじゃん。なら、あの子と過ごしたら? 紬の約束を断る理由にもなるし」
「それはできない。余計な期待を持たせることになっちゃうだろ」
気持ちに応える気がないのに、期待だけ持たせるのは酷だ。
美鶴は少し複雑そうに表情を落とすと、ちらりと視線を寄越してきた。
「じゃあ……クリスマスは私と一緒にいる?」
「は?」
「他の予定があった方が約束断りやすいでしょ」
「あ、ああ……そういうことか」
びっくりした。
この流れだから、美鶴からもデートの誘いかと勘違いしてしまった。
「私、紬が心配だからもう行くね。ばいばい」
じゃあな、と俺も手を振りかえしながら美鶴を見送る。クリスマスまであと一週間弱か。ドッと肩が重たくなるのを感じる俺だった。
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