ギスギスした姉妹の会話 その4
友達とメッセージのやり取りをしながら、私はテレビを横目で眺めていた。
好景気で株がどうだの、芸能人の不祥事がどうだのと聞き覚えのあるニュースが、聞き取りやすい声で流暢に報じられている。
退屈だなと感じてしまうのは、私の人生に刺激が少ないからだと思う。
外部から受ける刺激にばかり頼っているのだから、当たり前と言えば当たり前。
こういう閉塞感にも似た物足りない時間を過ごしていると、常々、妄想が捗ってしまう。例えば、そう、なっくんと恋人同士になった仮定した淡い妄想だ。少女漫画の主人公とヒロインを、そのままなっくんと私に据え置いた、甘ったるい恋愛ストーリー。思い描いているだけで、自然と口角を緩んでしまう。けど、少ししたら強烈な虚無感に襲われて消えてしまいたくなる。
この妄想は一生、妄想の域を出ることはないからだ。
「はあ」
自然と重たい吐息がこぼれる。
と、タイミングを同じくして玄関の扉が開いた。時間からして、紬だと思うけど、少し妙に感じた。
だって紬は、必ず「ただいま」と口にする。
これはもう習慣みたいなもので、紬が無言で帰宅するのは極めて珍しかった。
(泥棒、じゃないよね?)
思わずそんな疑問が湧いてしまうくらいには、本当に珍しかった。
玄関の様子を伺うと、紬が乱暴に靴を履き捨てているところだった。
「ねえ、靴はちゃんと揃えて置きなよ」
「……っさい」
注意すると、紬は私に聞かせるように舌打ちしてくる。
「うるさいって、アンタね……てか、目赤いけど大丈夫?」
「お姉ちゃんには関係ない」
「関係はあるでしょ。紬の家族なんだから」
「だったらどうしてナツ先輩をウチから奪おうとするわけ」
「え?」
「惚けないで! お姉ちゃん最低だよ!」
紬は獰猛に睨みを効かせると、そのまま二階に上がっていった。
奪う……?
いや何言ってるの? 今更私が奪えるわけないじゃん……。
奪えるならとっくに奪ってる。それができないから諦めたのに。
聞き捨てならないことを言われた私は、感情の赴くままに紬の後を追う。
ノックもせずに部屋に入ると、紬は机に顔を突っ伏していた。
「紬、アンタなんか勘違いしてない? 私、なっくんなんて奪おうとは考えてない」
「じゃあなんで昨日、ナツ先輩と一緒にバッティングセンター行ったの? パパに嘘を吐くようお願いしたの?」
一瞬、頭が真っ白になる私。
完璧なカモフラージュだと思ったけど、昨日のことは紬にバレているみたい。
私は少し罪悪感を覚えたものの、肩の力を抜いて。
「ごめん。それは私が悪いね。でも、言い分はあるから聞いて?」
「…………」
「なっくんが、私とか他の女の子と一緒にいたら、紬は怒るでしょ? なっくん、紬に怒られると凄く悲しそうだし、辛そうだから、嘘を吐くの一番だと思ったの。昨日、ちょうどお父さんと鉢合わせてさ、協力をお願いした感じ。だから、なんていうか悪気があったとかではないよ」
「は? 納得わかんない……要するに、ウチのせいって言いたいの? 付き合ってるのに他の異性と関わるのがまずおかしいじゃん! どうしてナツ先輩もお姉ちゃんも、ウチに責任を押し付けるの⁉︎ 間違ってるのはそっちでしょ!」
ドン、と扉に何かが当たる音がする。
紬が物を投げるなんて相当だ。かなり荒れている。
「危なっ……当たったらどうすんの!」
「知らない、そう思うなら出てけば⁉︎」
「……っ。紬に責任を押し付けてるわけじゃない。でも、なっくんの交友関係を紬が縛るのはおかしいでしょ。なっくん、すごく息苦しいと思う。紬、アンタちょっとは考え方変えないと──」
「なんで、お姉ちゃんがナツ先輩と同じこと言うわけ……」
「は?」
「もう失せてよ。ウチに関わらないで!」
涙で掠れた声。
紬のメンタルが不安定になっているのは見て取れる。
「ねえ、なっくんと何があったの?」
「……どうせナツ先輩はお姉ちゃんが好きなんだ」
なっくんが私を好き? そんなことがあるわけがない。
「ウチみたいに一途に想ってたって無駄。四六時中、ナツ先輩のこと考えてるウチよりも、同じ年に生まれたお姉ちゃんのが好きなんだ」
「そんなことない。被害妄想でしょそれは」
「違う。ウチにしかわかんないよこの気持ちは! ナツ先輩は、いまだにウチのことを妹くらいにしか思ってない。結局、ウチはずっと蚊帳の外なんだ!」
「落ち着きなって。紬の言ってること全然わかんないよ。なっくんは紬が好きだから、紬と恋人になったんでしょ? なっくんから告白されたって嬉しそうに言ってたじゃん」
「違う。違う違う! ナツ先輩はウチのことなんて全然好きじゃない。だから、ウチに秘密でお姉ちゃんと会えるんだ!」
「ねえ、ちょっといい加減に……」
「本当にウチのこと好きなら、ウチのこと一番に考えてくれる! ウチばっか辛い思いしてる! もうヤダ! どうしてウチばっかりこんな目に遭わなきゃいけないの⁉️ ウチはいつもナツ先輩を想ってるのに、ナツ先輩はいつも自分のことばっかり──」
──パシンッ
乾いた打撃音が響き渡る。
紬は何が起こったかわからないと言った顔で、私を見上げた。
私は爪が食い込むくらい強く拳を握りながら、いつになくドスの効いた声で言い放った。
「自分のことばっかなのは紬でしょ! なっくんのこと好きなら、もっとなっくんの気持ち考えなよ。アンタは自分の思い描いている理想のなっくんを、現実のなっくんに押し付けてるだけ! それのどこかなっくんを想っているって言えるの⁉︎」
「は、はあ? ウチは、そんな、こと……」
「なっくんが、アンタに何か押し付けたことある? なっくんに甘えるの大概にしなよ。なっくんが辛そうにしてるの私、見たくない。なっくんを縛りつけるのはもうやめて!」
「……‥っさい。うるさいうるさい、うるさい!」
紬が私の肩を強めに押してくる。
髪の毛を自らぐしゃぐしゃにして、拳を握りしめる。
「ウチは怖いの。ナツ先輩を取られるのが嫌なの! でも、もう無理……」
威勢のいい切り口から一転。
紬はその場で膝をつき、ペタンと座り込む。
「無理?」
「ウチ、ナツ先輩と言い合いしちゃった。恋人関係破綻しちゃった……」
「破綻……って、え? 別れたの?」
「わかんない。けど。明日からも恋人同士だって言える自信ない……」
紬となっくんの間で何があったかはわからない。
けど、もしかするとなっくんの我慢の限界が来たのかもしれない。
私は紬に寄り添い、肩をさすってあげる。
「大丈夫。一回頭冷やして、明日なっくんと話してみよ。ね?」
「無理。絶対無理。もうナツ先輩に嫌われたぁ」
「大丈夫。大丈夫だから。泣かないで」
「おねえちゃあああん!」
相当メンタル弱っているのか、私に抱きついてくる紬。
情緒不安定とはまさにこのことだ。
私は紬の頭を優しく撫でながら、よくない感情を芽生えさせていた。
紬がもしなっくんと別れるなら……その隙を狙えば……。
(ダメダメ! 何考えてんの私!)
首を大きく横に振る。
私は、自らなっくんとの恋愛フラグを折ったのだ。
彼との恋愛の土俵に上がる資格は剥奪されている。
そう自分に言い聞かせるものの、諦めきれない気持ちが残っていることを気づかずにはいられなかった。
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