契約したい

 土曜日、日曜日と休日を一人で過ごし、月曜日を迎えた。

 来週にはクリスマスが控えているため、どこかしかも電飾が飾られている。夜道に通ればライトラップされて幻想的な空間に様変わりするだろう。


 そんなことを考えながら信号待ちをしていると、トンと背後から肩を叩かれた。


「お、おはよ。なっくんっ」


「おはよう」


 美鶴はこめかみを掻くと、申し訳なさそうに切り出す。


「ご、ごめんね。私が、なっくんをバッティングセンターに連れてったりしたせいで……なんていうか」


「事情は知ってるの?」


「まぁなんとなくだけど」


「そうか。でも美鶴が責任を感じる必要はないよ」


 あれは美鶴のせいではない。あえて明言するなら、俺と紬ちゃんの価値観が合っていなかったのが原因だ。


 例えば、俺は、紬ちゃんが他の男子と遊びに出掛けてもいいと思っている。もちろん、浮気に該当することはダメだけど、一緒にカラオケ行くと言われたら、楽しんできてと返すと思う。

 でも、紬ちゃんは正反対。俺が他の女子と遊びに出かけると言おうものなら、瞬間的にヒステリーを起こす。それどころか、直接その女子の元に出向いて、「ウチの彼氏にちょっかいかけないでください!」と啖呵を切るだろう。


 価値観がまるで違うのだから、俺と紬ちゃんの交際関係が崩れるのは必然だった。決して美鶴が責任を覚える必要はないし、覚えないでほしいとすら思う。


「もう、紬とは別れたって認識なの?」


「わからない。けど、もうやり直すのは無理だと思う」


 別れたとは言い切れないが、紬ちゃんの彼氏だと言い張れる自信もない。


「そう、なんだ。……私でよかったら間を取り持つっていうか……伝言役くらいにはなれると思うんだけど……なにか、紬に言いたいこととかない?」


「どうだろ、言いたいことあんのかな。……何言ったらいいと思う?」


「それ答えるの荷が重すぎるんですけど……」


「だよな、ごめん」


 俺自身どうしたいのか、結論が出せていない。

 紬ちゃんとまた元の関係に戻りたいか、このまま破局していきたいのか、もう一切口を聞きたくないのか、昔みたいな関係に戻りたいのか。


 自分で自分がどうしたいのかわからない。

 ただ、不思議とポッカリと胸に空いた空虚感だけは確かに自覚していた。



 ★



「──とまぁ、そんな感じなんだけど。俺、どうすればいいと思う?」


「多分それ、僕に聞くことではないよね……」


 放課後。

 俺はバッティングセンターを訪れていた。ココに渋谷はいるだろうと当たりをつけたのだ。木曜、金曜と出会したからな。目論見通り、渋谷を捕まえることができた。


「無関係な第三者の意見を聞きたいんだよ」


「だとしてもなんで僕なの?」


「なし崩し的にだけど、渋谷は俺と紬ちゃんの痴話を聞いてただろ。だから俺が心置きなく話せる」


 渋谷との関係値は極めて薄い。その割に俺の内情を知っている。

 相談をする相手としては気負う必要がなく、最適だった。


「一つ確認したいんだけど、僕が一目惚れした子は夏樹くんのカノジョではないってことだよね?」


「ああ、美鶴はただの幼馴染だよ。あの時は渋谷がしつこかったから彼氏のフリしただけ」


「そう割には、彼女の方は随分と君を慕っていた気がするけど……」


「は?」


 顎に手をやりブツブツと呟く渋谷。


「ううん、なんでもない。その、美鶴ちゃんのことを、夏樹くんはどう思ってるの?」


「どうって?」


「な、なるほど……なんか僕、わかった気がする。夏樹くんって察し悪いでしょ?」


「鈍感とはよく言われる」


 渋谷はジト目で俺を睨み、ため息をこぼした。


「羨ましい限りだね……。なんか僕、ムカついてきた。久美子もあれからずっと夏樹くんにご執心だし」


「ご執心?」


「まさか忘れたの? 僕の妹。夏樹くんに興味があるみたいって言ったでしょ」


「忘れたわけではないけど、あれマジで言ってたの?」


「大マジだよ。君は久美子の気持ちを弄んだ責任があるってこと忘れないでね」


「いやそんな人聞きの悪い言い方……」


 酷い言われように戸惑う俺。

 と、不意に人影が差し込んだ。この前と同じゴスロリファッション(目元に眼帯)に身を包んだ女の子だ。


「ちょうどよかった。ほら、夏樹くんがいるよ。久美子」


「……違う。京宝院神影きょうほういんみかげ


 渋谷の妹──久美子ちゃんは、不満げに唇を尖らせる。


「あ、うんそうだったね。えっと、改めて紹介するよ。僕の妹の……京宝院神影。神影って呼んであげて」


「えっと、神影ちゃん?」


 躊躇い気味に厨二病ネームを口にする。

 久美子ちゃんはボワッと一瞬で頬を紅潮させ、渋谷の背中に身を隠した。


「ご覧の通りだよ。久美……神影は本当に君にご執心なんだ」


 彼女が俺に好意を持ってくれているのは、どうにも事実みたいだ。


 久美子ちゃんは、渋谷の制服の袖をクイクイッと引っ張る。


「我が眷属。空腹、死ぬ」


「お腹すいたの? でも僕、今なにも持ってないよ」


 俺はバッグにチョコが入っていたことを思い出し、久美子ちゃんに差し出した。


「これでよかったら食べる?」


 久美子ちゃんは目をパチリと見開くと、コクコクと首を縦に振る。

 小さく口を開けて無防備な顔を寄越してきた。


「食べさせてほしいみたいだよ」


「ま、マジですか……」


 チョコを久美子ちゃんの口元に運ぶ。柔らかい唇が俺の指を掠めた。


 久美子ちゃんは、渋谷にそっと耳打ちをする。

 渋谷は頬をヒクつかせながら、久美子ちゃんに言われた内容を俺に伝えてきた。


「神影が、夏樹くんと契約したいって言ってる」


「契約?」


「現世でこの姿を維持するため、我と共鳴する者が必要。不滅の契りを結び、永遠に生きる盟友になってほしい……だそうだよ。よくわからないけど、”好きです付き合ってください”って意味じゃないかな」


「ひぁ、ちょっと兄さん! おかしな意訳をしないでください!」


 久美子ちゃんはただでさえ赤い顔をさらに染め上げると、ポカポカと渋谷の背中を叩き始めた。目尻には涙が浮かび、俺と目が合うと恥ずかしそうに逸らしている。


「でもそういうことじゃないの? 夏樹くんは鈍感だからわかりやすく言わないと伝わらないと思うけど」


「うううっ……」


 久美子ちゃんは下唇を噛み締める。

 気まずい空気が流れる。兎にも角にも俺は告白をされているみたいだ。



 さて、どうしよう……。

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