一難去ってまた一難
翌日。
あろうことか、俺は二日連続でバッティングセンターを訪れていた。
ひとえにバッティングの魅力に気づいたから……ではない。
「はぁ……カッコ良すぎて鼻血出そうです。ナツ先輩が推しすぎてやばい」
「ありがと。でもちょっと落ち着こうか」
鼻息を荒くしながら、パシャパシャと大量の写真を撮る紬ちゃん。
これまで紬ちゃんとは色々な場所に出かけてきたが、バッティングセンターは一緒に行ったことがない。紬ちゃんは俺と行ったことのない場所をなくすという壮大な目標を持っているため、こうして昨日に引き続き訪れている次第だった。
「バット持ってるナツ先輩が絵になりすぎます」
「そ、そうかな」
「ヘルメットも似合うとか最強すぎます」
「あんま似合ってる自覚ないんだけど」
「全然バットに球を当てられないところも最高でした」
「それもう馬鹿にしてない?」
恍惚とした表情で俺を見つめる紬ちゃん。
俺の運動神経はそう簡単に改善されないため、昨日に引き続きロクに球に当てられていない。多少は幻滅されるかと思ったが、杞憂だったみたいだ。
紬ちゃんはどんな俺でもきっと肯定してくれる。その気持ちは嬉しい反面、そこまで俺のことを好きでいてくれていることに罪悪感に似たものを感じてしまう。
「次、ウチもやっていいですか?」
「もちろん。でもやるなら80kmくらいのがいいと思うよ」
昨日、美鶴は100kmの球を軽々と打っていた。
それでつい対抗心みたいなものが芽生えて俺も100kmでやっていたが、初心者のうちはもっと遅い球でやった方がいい。なにより紬ちゃんは中学生の女の子だ。
「でもウチもナツ先輩と同じ条件でやってみたいです」
「まぁ紬ちゃんがいいならいいけど」
お金を入れてバットを構える紬ちゃん。
紬ちゃんは初球から見事にかっ飛ばしていた。
「……ま、まじか」
「あ、結構楽しいですねこれ」
ニコッと明るく笑みを咲かせて、こちらに振り返ってくる紬ちゃん。
そうだった。美鶴と一緒で、紬ちゃんの運動神経も抜群にいいんだった……。
その後も軽快に球を飛ばしていく。
彼氏として不甲斐ないなと軽く落ち込む俺。すると、背後からトンと肩を叩かれた。
「あれ。今日も来てるんだ?」
「え? ってお前──」
軽くパーマをかかった茶髪の男。
昨日、しつこく美鶴をナンパしてきたやつだった。ここで出会うのはまずいな……。
「
「俺がいいって言うまでちょっと黙ってて」
「は? 黙る?」
「いいからっ」
ナンパ男あらため渋谷の腕をガシッと掴む。睨むように視線をぶつけると、渋谷は唇を引き締めた。
俺は冷や汗を蓄えつつ、バッターボックスに立つ紬ちゃんに目を向ける。
「ごめん紬ちゃん。知り合いに会ったから少し席外していい?」
「……? あ、はい。どーぞ」
紬ちゃんは、渋谷のことを一瞥する。
男だと確認するやいなや、すぐに了承してくれた。
俺は渋谷の腕を引っ張りながら、紬ちゃんの視界から外れる位置まで移動する。
「はぁ、危なかった」
「…………」
「ああ、ごめん。もう喋って大丈夫」
「いきなりどういうことかな。僕、ちょっと状況が掴めないんだけど」
半開きの目でジトッと俺を睨む渋谷。
昨日、俺と美鶴が一緒にいたことを渋谷は知っている。
紬ちゃんの前で余計なこと言われると面倒だ。どんな展開が待っているか考えたくもない。
「というか、さっきいた子……誰?」
「なんだっていいだろ。とにかく俺に関わってこないでほしい」
「君、名前は?」
「は? 言う必要を感じない」
「僕だけ名乗って君が名乗らないのはフェアじゃない」
「そっちが勝手に名乗ったんだろ」
「じゃあ君の言うことは聞けないな」
「……山岡夏樹だ」
少しぶっきら棒に名乗る俺。
さっさと追い払って紬ちゃんの所に戻りたいが、スムーズにいかないな……。
「じゃ、夏樹くん」
「いきなり名前呼びか……」
「あ、僕のことも翔平でいいよ」
「で、名乗ったしいいだろ。どっか行ってくれないか」
俺は肩をすくめる。
渋谷は眉根を寄せると、俺との距離を一歩詰めてくる。
「む、つれないな。でさ、夏樹くん」
「なんだよ?」
「君、もしかして二股してないよね?」
渋谷は、俺と美鶴が付き合っていると思っている。昨日、俺が彼氏のフリをしたからだ。
この展開が予想できたから関わりたくなかったのだけど、思い通りにはいかないな。少し時間はかかるが、こうなったら一から説明して……。
「二股ってどういうことですか?」
──トン、とあえてこちらに聞かせるような足音がした。
熱のこもっていない声で、渋谷の言葉を反芻したのは紬ちゃんだった。
「紬ちゃん……なんでここに」
「ウチ、ナツ先輩の人脈は頭に入っている自信があります。けど、その人のことは知りませんでした。だから気になって後をつけてみたんです」
たらりと冷や汗が頬を伝う。
紬ちゃんは俺の制服の袖をクイッと掴むと、下から見上げるようにして。
「ねえナツ先輩? 昨日は、パパと一緒に来たんじゃなかったんですか?」
強烈に感じる口渇感。
だくだくと無尽蔵に湧き出す汗によって、俺の身体は急激に冷やされていた。
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