ナンパ男と厨二病

「全然当たんねぇ……」


 600円使ったが当たったのは4回。それも掠っただけだった。

 球は目で追えているが身体がそれについていかず、まともなヒットを打てずにいる。


 美鶴は簡単そうに打ってたのにな。

 俺の運動神経がいかに劣っているか思い知らされる。


「しかし美鶴のやつ遅いな」


 トイレに行くとは言っていたが、それもだいぶ前の話だ。

 俺は一度バッターボックスを出ると、美鶴を探しに行くことにした。




 美鶴が戻ってくるのが遅い場合、男に絡まれている確率が非常に高い。

 何事もなければいいのだけど……。


「邪魔だからさっさと退いて! アンタなんかに構ってる暇ないから」


「退きたくない。こんな気持ち初めてなんだ。このまま諦めるなんてできないよ」


「チッ……ウザ。じゃあハッキリ言ってあげる。アンタは私のタイプじゃない。だから諦めて」


「じゃあどういうタイプが好きなのか教えてくれないかな。君のためなら僕はいくらでも努力できると思う」


「……っ。いい加減に──!」


 パチリと美鶴と目が合う。

 どうやら俺の予想通り、ナンパに遭っていたようだ。


 すかさず割って入ると、美鶴は俺の背後に身を隠した。


「嫌がってんだろ。しつこく言い寄るのはやめろ」


「横槍入れないでくれるかな。僕は今、彼女と話したいんだ」


 ナンパ男は恨めしそうに俺を睨んでくる。


 美鶴はボソリと俺にだけ聞こえる声で。


「ごめん、なっくん。彼氏のふりでもして追い払って」


 小さく頷いてみせる俺。

 肩の力を抜くと、俺はナンパ男を睨み返した。


「この子は俺のカノジョだ。付け入る隙はないから諦めてくれ」


「彼氏、だと……。くっ、じゃあ今すぐ別れてくれないか。後生だ」


「あ、頭おかしいのか?」


「僕にとって彼女が初恋なんだ。簡単に踏ん切りつけられないよ」


 初めてのパターンだな……。


 彼氏登場となればナンパはさっさと身を引く。

 しかしこの男は諦めないどころか、別れろと懇願してくる。


「アンタなんかと付き合うわけないでしょ。私にはこんなにカッコいい……か、彼氏がいるんだから……!」


 美鶴は俺の背中に隠れながら、強気に言い放つ。


 ナンパ男は眉根を寄せると、心底不思議そうに首を傾げた。


「カッコいい? 彼が?」


「失礼だなお前!」


 容姿に自信があるわけではないけど、初対面で言われるのはムカつく。しかし今更気づいたが、この男、相当なイケメンだ。モデルと紹介されたら疑いの目は働かないレベル。


 美鶴はあからさまに機嫌を崩すとナンパ男に突っかかった。


「は? アンタ目腐ってんじゃないの? なっくんよりカッコいい男子とかこの世に存在しないんですけど」


「それは君の視野が狭いだけだと思う。僕をちゃんと見てほしい」


「だから、全くタイプじゃない。アンタと付き合うとか死んでもあり得ない」


「うぐっ……でも、そういう気の強いところも嫌いじゃないよ!」


 だいぶハートが強いようだ。

 このナンパ男を振り切るのは面倒くさそうだな。


 ふと、俺はずっと気になっていたことに触れてみることにした。


「ところで、その子はいいの? お前の恋人じゃないのか?」


 ナンパ男の隣にはゴスロリファッションの女の子がいる。


 格好が格好だけに近寄りがたい雰囲気があるが、かなりの美少女だ。

 亜麻色のツインテールに、アイドル顔負けの愛らしい見てくれ。会話には参加していなかったが、ずっとナンパ男に引っ付いていた。


久美子くみこは僕の妹だよ。気になる? 久美子は可愛いから気持ちはわかるけど──ん? どうしたの?」


 耳打ちして、ナンパ男に何かを伝えている妹。

 ナンパ男は少し困った表情をしながら。


「彼女……きょ、京宝院神影きょうほういんみかげは僕の妹だ」


「なんで言い直すんだ?」


「妹は重度の厨二病で本名で呼ばれるの嫌がるんだ……って、そんなことはどうでもいい。あ、そうだ。僕と勝負するってのはどうかな。勝った方がその子の彼氏ってことで!」


「は? 待て、勝手に決めるな」


 滅茶苦茶な勝負を持ちかけてくるナンパ男。


 美鶴はいよいよ堪忍袋の尾が切れたのか、拳をグッと握りしめた。


「私、自分よがりな男、大っ嫌いなんだけど! 人の気持ち無視するとか最低! 今すぐ私の前から失せて!」


「う……!」


 ガクッと膝から崩れ落ちるナンパ男。

 妹はこっちには聞こえない声量で、なにかブツブツ呟き出した。


「ああ、優しいね久美子は。もうお兄ちゃんはお前さえいれば……は? 今なんて?」


「……から…………」


 耳をすましてみるが、あの子が何を言ってるか聞き取れない。


「嘘、でしょ。久美子、あんなやつのどこがいいの?」


「…………ない……」


「ごめん。神影ね、神影。久美子って呼ばないから叩かないで。で、それを伝えればいいの? ……うん、わかった」


 コクコクと首を縦に振る妹。

 ナンパ男は少し気まずそうな表情を浮かべながら、俺に視線を合わせてきた。


「あ、えっとなんていうか……妹が君に興味があるそうだ」


「は?」


「僕だって困惑してる。けど、そう伝えてくれって……」


 俺の頭上に大量の疑問符が浮かぶ。

 あまりの急展開に、脳が処理できずにいると、美鶴が俺の前に立ち塞がった。


「ふざけたこと言わないでよ! なっくんは私の、か、彼氏なんだから!」


 ムキになって応戦する美鶴。


「もう行こっ、なっくん!」


「あ、ああ」


 呆然とする俺の手を握り、美鶴は踵を返す。

 勢いそのままにバッティングセンターを後にした。


 紬ちゃん以外の子に好意をぶつけられたのは初めてだ。モテ期でもきてるのか、俺は。 


 何はともあれ、この一件は情報の整理に時間がかかりそうだな……。

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