ギスギスした姉妹の会話 その3

 ウチ──八重川紬は都内の中高一貫校に通う中学二年生だ。


 中学校と高校は少し離れたところにあるので、昼休み以外でナツ先輩と会うのは難しい。本当は授業と授業の合間の休み時間のたびに会いたい。けど、それができないこと強いストレスを感じている。なによりウチの彼氏であるはずのナツ先輩が、この気持ちを理解してくれていないのが不満だった。


 ナツ先輩の写真を眺めながら、肩をすくめる。


 ナツ先輩……ホントにウチのこと好きなんだよね? 


 紆余曲折あったけど、結局、ナツ先輩から告白してくれたし。

 好きだって言ってくれた。アレは嘘だったの? 違うよね? 


 ウチはこんなにもナツ先輩が好きなのに、どうしてナツ先輩は応えてくれないんだろう。だから今日もつい、ナツ先輩には色々と文句を言ってしまった。


 けど、ナツ先輩が悪いんだ。ウチのことだけ見てくれないから。


「ねえ紬、ちょっといい?」


 トントン、と扉をノックされる。

 ウチはスマホを机に置いて、身体ごと振り返った。


「いいけど、なに?」


 部屋の扉が開く。

 お姉ちゃんは、腰に手をついて仏頂面を浮かべていた。


「紬。あんた、なっくんのこと束縛しすぎ。恋人だからって自由奪っていいってことではないでしょ」


「は? いきなり意味わかんないんだけど。ウチは束縛なんてしてないし、自由も奪ってない。どうしてお姉ちゃんにそんなこと言われなきゃいけないわけ?」


「自覚ないならもっとヤバいから。言っとくけど私は紬のためを思っていってあげてるんだからね」


「なにそれ。ありがた迷惑なんですけど」


 ウチは首をあさってに向けて、ツンとした態度を取る。


 お姉ちゃんは頬をヒクつかせながら。


「ごめん、やっぱ訂正する。なっくんのために束縛やめて。このままじゃなっくんが壊れちゃう」


「適当なこと言わないで! ていうか、散々酷いこと言ってナツ先輩にメンタル病ませてたお姉ちゃんがそういうこと言うんだ? 何様なわけ?」


「それはちゃんと反省、してる。だから私は身を引いて……って、今はそれ関係ないでしょ!」


「大アリだから。お姉ちゃんの分際でナツ先輩のことに口出さないで。お姉ちゃんはナツ先輩にとって害なんだから引っ込んでてよ!」


 ウチの棘のある言葉に、お姉ちゃんの表情が更に軋む。


 お姉ちゃんは拳をグッと握りしめて、奥歯を噛み締めた。


「今、なっくんにとっての害は間違いなく紬だよ」


「ば、馬鹿なこと言わないで。ウチはナツ先輩のカノジョだから! ウチが害なわけない!」


 ムカつく。

 ムカつくムカつくムカつく! 


 ナツ先輩を傷つけたお姉ちゃんに、どうしてそんなこと言われなきゃいけないわけ⁉︎


「私、忠告はしたから。じゃーね」


「あ、そ。聞いてもないご忠告ありがとっ」


 ピリついた空気の中、お姉ちゃんはウチの部屋を後にする。


 あーもう、お姉ちゃんのせいで最悪の気分。


 あ、そうだ! 

 こう言う時こそ、彼氏の声を聞くべきだよね。


 ウチはイヤフォンを耳にあてがい、ナツ先輩に電話をかける。


『……もしもし』


 低くてカッコいいナツ先輩の声が聞こえる。


「あ、ナツ先輩。ちょっと聞いてくださいよ。さっきお姉ちゃんが急にウチの部屋にきて〜」


『ごめん、紬ちゃん。少し後にしてもらっていい?』


「どうしてですか?」


『今、宿題してるんだ。終わったらこっちからかけ直すから』


「あーそうですか。どうせ、あとで寝落ちしちゃったとか言い訳するやつですよね。ナツ先輩の手の内はわかってますから。ウチ、カノジョなのにナツ先輩と電話もできないんですね。そうですかそうですか」


『いや落ち着いてよ紬ちゃん。宿題終わったらちゃんと掛け直す。寝落ちしたりしない。約束する』


「ならビデオ通話にしてください。ナツ先輩が宿題してる様子をこっちで見てますから。音声はオフにしてもらっていいので」


『そんな監視された状態じゃ集中できない』


「とかいって、ホントはウチに見られたら困るものでもあるんじゃないですか」


 鋭い指摘を飛ばすウチ。

 ナツ先輩は「はあ」と大きな息を吐くと、ビデオ通話へと切り替えた。


『何も隠してない。ほらいつもの俺の部屋だろ。これで満足?』


 ぐるりと一周、部屋の中を映してくる。


『じゃあ切るから』


「あ、ちょっ、ナツ先輩!」


 通話が切れて、ウチは下唇をグッと噛み締めた。


 どうしてそんな冷たいのナツ先輩……。

 ウチは四六時中、ナツ先輩と一緒に居たい。恋人ってそういうものじゃないの? 


 ウチばっかり、ナツ先輩のことを好きみたい。

 そう思ってしまうから余計に心配になる。幸せなはずなのに悩み事ばっかりだ。


「ナツ先輩……」


 ウチは窓ガラス越しに、明かりの灯ったナツ先輩の部屋を眺める。

 こんなに近くにナツ先輩がいるのに、すごく遠い存在に感じた。

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